6.存在としての先輩

「お前・・・ホント何した?」

「そーよ、あの篠塚先輩があんなあからさまな態度とるなんて・・・」

「いや何で私が悪いことになってるの?」


だってー。と、ジローと十和子は顔を見合わせる。失敬な。

一方的な悪意をむけて来たのは向こうの方だ。

あれから先輩は私を避ける。どうしても同じ場に居なくてはいけない時は存在を無視する。

まぁ、それならばそれでいい。なのに。ふと気付くと先輩はこちらを見ていて、私が気付くと眉をしかめ顔をそらすのだ。

ジローの言葉を借りれば、ホント私が何をしたっていうんだ?


でも先輩がそんな態度をとっていようと彼の周りは相変わらずで、私に見せる以外の顔は完璧でやっぱり胡散臭い。

先輩のそんな態度は私にだけで、ジローと十和子に対しても先輩が態度を変えることないが、私と一緒にいることでそれに気付いたようだ。

だからといって私を悪者にするなんてそれでも友達か。

恨む気持ちで二人を睨めばカフェのケーキセット賄賂がきたので許した。


わたしの日常は平和になった。

平和になったのだけれど、少し前までの非日常を目撃していた人は多数いて。それをもたらしたのが先輩であったが為に未だにそれを引っ張る人が後を絶たない。


「おーい、麻宮」


声を掛けてきたのはゼミの先輩。ペコリと頭を下げる。何か用事だろうか?


「ほらこれ、前に言ってたレポート」

「ああ! すいません、忘れてました・・・」

「まぁ、だろうねー」


大分前に頼んでいて思っきり忘れてたレポートをありがたく受けとる。が、何だか含みのあるような返しに少し眉を寄せた。


「『だろうね』って、何ですか?」

「いやー、あれだけ仲良くしていた篠塚と最近は一緒にいてないんだなぁって」

「・・・はい? いや、別に仲良くないですし、好きで一緒にいてたわけじゃないですよ?」


( そんなふうに見えていたのか? )


大体あれは先輩が勝手に絡んでいただけだし、むしろ単なる嫌がらせでしかなかった。

何となく心外で不貞腐れた顔となる。

それをどう捉えたのか、ゼミの先輩は何故か急に嬉しそうな顔をして言う。


「あ、やっぱり奈生ちゃんもアイツが嫌いなんだ!」


( はっ? 奈生ちゃん!? )


嫌い云々はどうでもいいけど、奈生ちゃん?

私の驚きなど気にすることなく目の前の男は続ける。


「アイツさー、確かにあの見た目だし人脈広いし金持ちだし、友達として付き合うメリットは多いんだけどさ、絶対に最後までは踏み込ませないって言うか確実に一線引いてるんだよね。覚めていて周りを馬鹿にしてるって言うか。紳士だとか優しいとか言われてるけどきっと性格悪いよアイツ」


得意そうに「絶対に、間違いない」とそう言い切った。

この先輩は篠塚先輩と仲が良いと思っていたけどそうでもないらしい。

まぁ、『性格悪い』部分には概ね同意だ。だけど前半部分はどうでもいいし、そんなことより勝手に下の名前で呼ぶとかどーなんだ?


「この前だってさー、サークルの飲み会でさー・・・」


私の困惑など気付くこともなく延々と下らない話しを続ける男を据えた目で見る。

そもそもここにいない人の、尚且つ悪意のある話しを嬉々として話す人の性格もどうかと思う。

いや、面と向かって悪意をぶつけてきた先輩もアレだけど。でも影で言うよりは幾分かマシだ。

私の表情には気付かなくても吐いたため息には気付いたみたいだ。


「え、何そのため息? ねぇ奈生ちゃん聞いてた?」

( ・・・奈生ちゃんかぁ・・・ )

「はあ、まあ。何となく」

「何それ? 奈生ちゃんは篠塚が嫌いなんでしょ?」

「いやー・・・」


別に嫌っているわけではない。迷惑だったし理不尽だったし苦手ではあったけど。・・・あれ、これは嫌ってるのか?

や、そんなことはない。嫌うというのは関心があってこそのもの。私にはそこまで先輩への関心なんてない。むしろ嫌っていたのは先輩の方で・・・・・。


先輩は・・・、何で私に関心を寄せたんだろう?



「ホント聞いてる?」

「うわっ、はい!」


耳元近くで聞こえた声に横道に逸れた意識が戻されて、覗き込むような男の近さに咄嗟に身を引く。だけど更に体を寄せられた。


廊下の出っ張りに私は背をぶつけ、男の体が壁となり最後の退路は腕で妨害された。

いや、マジか。

何がどうなってこういう状況!?


「俺ね、ずっと前から奈生ちゃんが気になってたんだ」


突然そんなことをこんな状況で言われても怖いしかない。


「それは・・・、あの、えっと」


見下ろされる色を持った視線から目を逸らす。

いやいやいや、どうしよう?

今いるのは研究棟でこの時間帯はほぼ人がいないのが常だ。

私は完全インドア派の非体育会系。とても力押しで突破など出来ない。


「ねぇ、奈生ちゃんって好きな奴いる? いないなら付き合お? ねえ」

( ひぃぃ、勝手に人の髪の毛触んな! )


ヤバい。どうしよう。叫ぶか。ここは叫ぶべきか。

いや、でもそんなことをしたら変な注目を浴びてしまうし、せっかくの私の平和な日常は崩れ去るだろう。

それにこんな時になんだが、自分の矜持もそれを許さない。

迂闊な自分に唇を噛んだ。


それにしてもここ最近の運の悪さは何だ。

ヤバい状況だというのに何だか段々ムカついてきた。最近ムカつくことが多かったからかもしれない。これも全部先輩のせいだと思えてくる。理不尽には理不尽のお返しだ。心の中で思うだけだからまだ私は健全だし!


ムカつくままに文句を言ってやろうと顔を上げたら、扉が開く音がした。

勢いよく開かれたのだろう扉はバン!と大きく音をたて、奈生もだが男もビクリと一瞬身を竦めた。

私はこれはチャンスとばかりに腕を押し上げて囲いから逃げる。


「あ、おい、奈生ちゃん!? ちょっと!」

「先輩、レポートありがとうごさいます! じゃあ、また!!」


そう告げると急いでその場を離れた。その途中さっきまで閉じていた扉が開いてる。これのおかげか。

誰が開けたのだろうかと、通りすぎ間に覗けば。


「迂闊過ぎるだろ」


呆れたような怒ったような声。

そんなことは自分だって知ってる。

チラッと見えた顔を頭の片隅に追いやって。


「――あっ!? いや、篠塚っ」


背後で聞こえた慌てた声にも気にすることなく奈生は足早にその場を立ち去った。

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私を嫌う理由、彼を好きになる理由 @notou

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