第41話 始まり

 


 ――ドガランブは両手に魔力を宿した。


「......」


 ノワルと比較すれば、例え十分の一という分身体であろうとその莫大な魔力量に遠く及ぶことはなく。


「ノワル。 あんたはこの王都が平和に見えるか?」


「......?」


 ガラガラと瓦礫の落ちる音――


 教会の地盤がノワルの一撃により崩れ、地下が押し潰されようとしていた。


 その歪で、空から暗い此処を射す陽の光が、淡く舞う。


「しってるか......貧困街を作ったのは、王都の富裕層、貴族共なんだぜ」


 ドガランブの両手の魔力が、剣を模る。


「王都の貧困街だけじゃない......この国の各地にはそうした奴らに都合の良い街や村が、里が......いくつもある」


「知ってるよ。 ......で?」


 ノワルは世界を旅し、魔族と人の世を見てきた。そこでわかった事は、両世界は似通っており欲望のままに醜悪な所業をオコナウ輩は決して少なくはないということ。


「俺は被害者だ」


「......被害者?」


「そうさ、被害者......俺はやりたくてこんな事をしてるわけじゃない。 あのガミラーヌの命令で、仕方なくやってたんだよ」


「そうか」


「あー......ダメかぁ。 仕方ねえ、か」


 ドガランブはノワルの情へ訴えかけたが、その瞳の殺気をみて戦いを避ける事が不可能だと悟る。


「いまさら人一人訳ねえよな。 良いぜ、だが......」


 ドガランブはノワルの強さを知っている。しかし、勝率は五分だと考えていた。ティラナがそうだったように。策略次第ではこの強者を倒すことも出来ると。


 最強の勇者が一魔物に殺されたのだから、最強の魔物が一小悪党に殺される事もあるだろう。命を捨てるつもりなら、道連れにも出来る。


 それほどまでに自身の能力に可能性を見ていた。


「タダじゃ死なねえ!!!」


 魔力で出来た身の丈もほどある剣をノワルへと振り込む。それを受けようと腕を上げたノワルだったが、それが悪手だったことにすぐ気がついた。


 ――ギギ


(――! この斬撃、威力が......)


 ブオッ――ズギャッッ!!


 剣をいなし、ドガランブの脇腹へ蹴りを入れる。しかし、ダメージが入っている様子はない。


「!」


「はは、はっ。 楽しもうぜえ」


 ノワルの攻撃は勇者や鬼ですら防ぐ事が困難な威力だ。しかし、ただの人間のはずのドガランブはそれを、耐え続けている。一度ならず、いくつもの致命的な攻撃が全て無効化されていた。


 ノーガード、ドガランブはノワルへと攻撃をくらいながらも何度も立ち向かう。そして――


「――返すわ」


「!!」


 ボグッッ!!!


 ドガランブが手を当てた、ノワルの腹部が破裂した。


「――しっ!」――後は頭を吹き飛ばせば、俺のか......



 ズ......ギュルルルッッ!!メキキキッッ!!



「!? ぐあっ、お......ッ!!?」


 ノワルの破裂した腹部からは触手が伸びドガランブを絡め取り、拘束した。


「......お前のそれ、自身の魔力に衝撃を蓄積させるんだろ?」


「!」


「そしてその蓄積させた力を開放することが出来る。 んで、開放に切り替えたときは蓄積の力はなくなる......予測通りだったな」


 ドガランブの能力、【痛みの子供マジテックスター】はノワルの言った通り、衝撃を「蓄積」し「開放」で溜めた分のダメージを手のひらから放つ力である。


 しかし、溜めたダメージが強力であれば強力なほど早く開放し放出しなければならない。


 出来なければそのままドガランブ本人の体にダメージが入る。


「う、動け......ねえっ! てめえ、一体......なんなんだよっ!?」


「スライムですが?」


「す、スライム!? 勇者を倒したのお前なんだろ!? スライムが......?」


 困惑するドガランブ。ノワルは彼へと告げる。


「まあ、俺が誰で何者かなんてどうでもいいさ。 お前には罪を償ってもらう」


「......殺さねえってのか? はははっ、罪を償う? ウケるね、それ」


 ベキィイッ


「ぐおっ、あ!?」


 ドガランブの両腕が折れた。


「お前の能力、両手が起点になってるんだろ? これでダメージを無効化できない.......」


「ぐっ、く」


 普段からこの能力を駆使し、痛みとは無縁の生活を送ってきた。そんなドガランブはこの激痛に耐えられる事もなく、失神する。が、しかし――


「おい、寝るな」


 髪を鷲掴み、頭をあげ意識を無理矢理覚醒させる。


「かはっ、はぁ」


「今のは白魔道士の分な? まだまだいくぞ......お前がやってきた分、全部返してやるよ」


「や、やめてくれ......こ、ころせ......」


 ボンッッ!!


 エアバレットで脚を撃ち抜く。


「ぎっっっ、ああっ、あーーー!!! ひいいっ、たた、たすけ」


「お前は助けたのか?」


「いてえ、あああ、くそがああっ!!」


「お前は生きる価値はあるのか?」


「......ぐぅあっ、は」


 ノワルの瞳が暗く沈む。あの頃のように。


「ここで終わらそう。 それがお前に蹂躙された人々の命に報いる唯一の方法だ」


「......は、ははっ、おまえだって......そうだろが」


 ノワルは頷く。そうだ、やはりこれしかない。と、蘇る喪失感に理解する。数多の命を奪い、散らしてきた自身の最後に相応しいのは、このドガランブのように惨めに苦痛まみれになりながらの最期。


「俺の最期もきっと碌なもんじゃないさ」


 その言葉に、ドガランブは、今なら死んでもいいかもな、と妙な幸福感を覚えた。それはおそらくノワルと自身の境遇が同じであると何処かで感じたからだろうか。


 二人は語り合う事などしなかったが、どこかで同じ匂いを感じていた。




 ――メキ




「――ごふっ」




 ドガランブの首が、ノワルの触手により締められていく。




 ――ああ、悪いな。俺は......お前の望む英雄になんか、なれなかった。




 最初から無理な話だったのさ。俺の全ては憎悪で出来ている。だからこそ終わりは決まっていた。


 こうして、こいつらの悲しみを取り込んで、果てる。




 それだけが救いであり、俺が終わる方法。




 許されない罰を背負い、背負い切れなくなった時に潰れ消える。




 一、スライムに相応しい死に方だろうさ。




「悪いな、お前は救えない......だから、俺を恨め」




 ――......




「ダメ......ダメだよ、ノワル」




 背後に人の気配。


「......さっさと逃げろ。 もう崩れ落ちるぞ」


「ノワルを置いていけない」


「潰されたくらいじゃ死なない」


「死ぬよ」


「.......」


「心が潰れたら、死んじゃうよ」




 ――ぼんやりと、霞む目に。




「約束、したでしょ」


 笑うミナトが映った。


「帰ろう。 皆無事だから......ノワルがいないと困るよ」


「困る?」


「さびしいよ」


 ノワルはゆっくりとミナトの方へ振り返った。


「悪い」


 ミナトは息を呑む。ノワルの表情には哀しみの色が強く、けれど微笑みを浮かべていたから。


「こいつ、ヒールしてくれないか。 結界はっとくから」


 その言葉にミナトは嬉しくなった。ノワルはまだ英雄となる道を諦めていないという意味に取れたから。


「うん」


 崩れ行く教会の地下墓で、ノワルは別れを告げた。過去の呪縛に囚われていた自分自身と。


「俺、やってみるよ......ミナト」


「......うん。 頑張ろう」




 ◇◆◇◆◇◆




 ――一週間後。


 捕らえられたドガランブからガミラーヌとの犯罪集団との繋がりが認められ、ガミラーヌは聖騎士を除隊された。更には交流戦で毒針の凶器を使用していたことが発覚。それにより生涯牢での暮らしを余儀なくされたが、何者かの手により収監後数日で暗殺された。


 一方、ドガランブはSSS級犯罪者として地下深くの牢獄へと幽閉された。ジョッパーもまた同じく、幽閉される予定であったが、その類稀な巨体は肉体労働に適しているとされ地上での炭鉱作業に従事ることとなった。



「あの、ミナトさん」


「ん?」


 フィナが本を抱えてミナトの元へ駆け寄ってくる。


「ここ、この魔力の循環なんですが」


「ん、ああ......これはね、聖力と打ち消す魔力の質を.......」


 あれからミナトはフィナにヒールを教えていた。フィナはミナトによく懐き、ミナトもフィナをまるで妹のように可愛がっていた。


「おーい、ミナト!」


「ノワルはどこかしら」


 ゴモンとバーラ。二人は交流戦の後に結婚し、幸せに暮らしている。ゴモンは聖騎士にスカウトされ、東区担当となり衛兵デネルとレイド仲間達と共に治安維持に努めている。


「ノワルは多分街にいますよ。 ティラナと買い出しだと思います」


「ああ、そうか......今日だったな」


「あなた達にはホントにお世話になったわね」


「いえ、そんな」


「いやホントに。 ありがとう」


 ノワルに聞かせたかったな。と、ミナトは思う。多分、ここ王都で数え切れないほど言われた言葉だけど、ノワルには必要な言葉だから。


「お、ゴモンとバーラじゃん」「こんちわー」


 買い物を終えたノワルとティラナの二人が見えた。


「おかえり、ノワル、ティラナ」


「ああ、ただいま」「たでまー!」


「これで出発できるね」


「ああ、行けるよ」


「ホントにやっとだよね〜。 あたしはもう出る気ないのかと思い始めてたよ」


 ティラナがにやりと悪戯に笑い、ノワルが慌てる。


「んな、わけねーだろっ! ちゃんとお前の故郷の事は忘れて無かったぞ!!」


「あははっ、ウソウソ」


 するとゴモンとバーラが申し訳無さそうに言った。


「まあ、それは俺らが悪かったからな。 すまねえ、ティラナ」


「ごめんね、ティラナちゃん」


「ぬあっ! ち、違うよ、そーいう意味じゃなくって.......しまった」


「「あはははっ」」


「む、ぐぐぅ.......」


 ミナトとフィナが笑う。先程とは対象的に慌てふためくティラナにホッと胸をなでおろすノワル。


「さて、フィナ。 旅の支度してきて」


「はい!」


「ノワル」


 ゴモンが名を呼ぶ。


「ん? なんだ?」


「今までありがとうな。 本当に助けられてばかりで......返せるものは何もないが、感謝してるぜ」


 微笑むノワル。


「まあ、頑張れよ。 バーラと仲良くな」


「ああ。 また会おうぜ」


「......ん、会えたらな」


「会えたらじゃないよ。 会おうね」


 バーラとゴモンの強い眼差し。ノワルは理解した。その積み重ねが生きる力になるのだと。


「ああ、わかった。 じゃあそん時までに王都より良くしとけよ。 しっかり護っといてくれ」


「ああ、任せろ! お前の帰ってくる場所は必ず俺等で護っておく」


 帰る場所などもうどこにも無いと思っていた。それは違ったらしい。


 王都の巨大な門の前でミナトが手を振り、ノワルを呼ぶ。


 ゴモンとバーラに別れを告げ、門を越えて王都の外へでた。



「......白魔道士、ありがとな」



 不意に口をつき出た言葉。



「んー、聞こえない」




「あ、あー。 ははっ」




 ぽりぽりと頬を指でかき、改めて口に出す。




「......ありがとう、ミナト」




「こちらこそ、ノワル」




 ニコリと微笑む二人。




「んあー! なに二人で良い雰囲気になってるのー!!」


「あはははっ」




 ティラナの叫びとフィナの笑い声が王都の外で響いていた。






 ――そして、四人の長い旅が始まった。







―――――――――――――



◇この物語はこれにて終了です!お読みいただいた皆様ありがとうございました!!


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悪逆非道の勇者に家族や仲間を殺された最弱スライムはスキル【みんなのうらみ】が発動し復讐を誓う〜殺された魔物の数だけ強くなる力で世界最強になり無双する〜「え、助けて?いや今更見逃すわけ無いだろ」 カミトイチ@SSSランク〜書籍&漫画 @kamito1

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