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 一階部分は豪華な階段を取り囲むように部屋が配置されているみたいだった。玄関は吹き抜け構造で広々としている。でも、この先へ進む廊下には窓がなく、石造りの壁は圧迫感を感じる。先を進むカイリ君から漂う浄化の煙が鼻先に触れる。その中に無意識にカビや湿り気のある臭いを探してしまう。ここには誰も住んでいない。廃墟。そんな印象の香りがどことなくする。


 でも——。


 埃が積もってる様子もなければ、蜘蛛の巣ひとつ張っていない。それが逆に気持ち悪い。誰かが定期的に清掃しなければ、埃くらい積もるのでは——。


「この部屋から入ってみましょうか」と、先を行くカイリ君が最初の部屋の扉を開けた。


 入った部屋は洋風の四角い部屋で、壁際に暖炉があった。もちろん火は入っていない。家具のない、ただの四角い部屋。昔の手吹きガラスを使用しているのか、窓ガラスから見える外の景色は歪んで見える。雪で白く濁った外の世界。歪みガラスの向こうとここは次元が違う。そんな気がして目を背けた。壁を伝い、部屋を一周。隠し部屋へ続く扉や仕掛け。そんな感じの物は見当たらない。黒光する床板にもおかしな箇所はない。それに——。


  ——夢で見た三角の部屋は窓がなかった。


「特になにもなさそうですね」

「そうだね。普通の四角い部屋だし」

「次の部屋に行きましょう」


 カイリ君に続き、暗い廊下へ出て隣の部屋、その隣の部屋と見て廻る。どの部屋も特におかしな事はなく。


 でも、しかし——。  


 どの部屋にも埃は積もっていない。それがやはり気になる。四つ目の部屋を出る間際、「誰かが定期的に掃除してないと埃が積もるはずだよね?」と、カイリ君に話しかけた。


「そうですか。誰かが」

「え? だって普通そうじゃない? カイリ君の部屋は埃積もったりしない?」

「僕は綺麗好きですから」

「そっか」

「それにしてもこの煙、凄い効果ありますね」

「え?」


 先に暗い廊下に出たカイリ君が振り返る。扉を閉めながら「感じるの?」と聞いた。わたしはこの煙に救われた。それに自分が『視える、感じる』を受け入れた時から気配を敏感に察知している。カイリ君も同じなのだろうか。


 ちょうど階段の裏辺り。廊下はますます暗くなっていて黒服を纏ったカイリ君の顔がやけに白く、浮いて見える。カイリ君は片頬を軽くあげ「ええ」と微笑んだ。


「凄い効果だなってさっきから思ってますよ」

「カイリ君も感じるんだね」

「もちろん」


「良かったぁ」と胸に手を当て深い息を吐いた。それを聞き、胸を圧迫していた動悸が落ち着きを取り戻し始める。カイリ君はくるりと背を向け、廊下の奥へと歩き始めた。その背中に向かい「わたしね」と、不安だった気持ちを打ち明ける。心臓の鼓動に突き動かされ次々と言葉が出る。


「さっきはどうしようかと思ったよ。だってさ、カイリ君、急に倒れるし。それに子供扱いされたくないだなんて。もう。そんな風に思ったことないよ。いや正直言うと十九歳って知ったときはさ、別の意味で少し思ったよ。年上だと思ってたけど、そりゃ十代なら肌艶が言い訳だってね。でもね、カイリ君はしっかりしていたし、子供扱いなんて今まで一度もしてないよ。それにわたしの場合はさ、カイリ君の家でほら、浄化の煙で燻されて吐いちゃったでしょ? だからもしもカイリ君が同じような目に遭ったらどうしようって、さっき思って不安だった。でも良かったぁ。カイリ君も浄化の煙大丈夫なんだね。ほっとしたよ」

「よく喋りますね」

「うん、なんか胸の不安を吐き出してる。でも、本当に良かったぁ」

「ははは。大丈夫に決まってますよ」

「うん」

「それにこの煙、凄い効果ですよ。駆除しても駆除しても寄ってきた蟲が逃げていく」

「虫?」

「そう、蟲——」


 ドンと頭に軽い衝撃。「え?」と顔をあげると、立ち止まったカイリ君はくるりと向きを変え壁を指差した。


「真矢ちゃん、これなんだと思います?」


「なにって——」と、見た場所は階段の丁度裏辺りの壁で、他とは少し様相が違う。石の壁に嵌まり込んだ木の板。取手のような物は見当たらないけれど、扉と思えば扉だと認識できる。


「これって、もしかして——」

「地下室への入り口、かな」


 ひゅう。浄化の白い煙が微かに棚引たなびく。


「風が、吹いてる?」

「きっとこの板の向こうに空間があるんでしょうね」


 ゾクゾクっと急に寒気を感じ「ラブちゃんを呼ぼう」と提案した。

 でも——。


「言ったでしょ? 子供扱いされたくないって。大丈夫ですよ。僕たちだけで」

「え、でも——」

「少しだけ押してみましょう。開くかどうかも分からないし。それに階段の丁度真下。ただの物置かもしれないですよ?」

「それは、確かにそうだけど——」


 ——でも、もしも地下室ならば。


 頭を降る。


「ダメだよ。ラブちゃんを呼びに行ってくる」と、踵を返したわたしの腕に痛みが走った。刺されるような痛み。全身を駆け巡る痺れるような感覚。振り向く間も無く——


「めんどくさいな、女って——」


 ——カイリ君の声……? なん、で……


 言葉の意味を理解しようとした——、そこで意識がプツリと消えた。






 

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