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「これは数年前、フィリピンのシキホール島で修行をしていた時に聞いた話なんだけどね。
あたしがこの話を聞いた日は、シキホール島にシャーマンが集まる日だったの。まあ交流会みたいなもんね。その参加者の中に中国の奥地で修行している女性がいてね。その人が『リンメイシァオ』のことを話してくれた。
強欲な人々に蠱術師として利用され、家に縛られ生きた、悲しい女の話。
リンメイシァオ。
可哀想な女。
あたしはそう思ってる。
リンメイシァオはひとりじゃない。蠱毒を扱う家族間で継承されていた名前。本当の名前は別にあって、名前と呪術を代々その家の選ばれた女性が継承している。産まれた時から呪われた家で育ち、友達も恋人もいない。隔離され、蠱毒継承者として育てられる。ある時期になると子を産み、時にはその子さえも呪術に使う。
どういう意味って?
そのままの意味よカイ君。
好きでもない男と交わり、身篭り、十月十日胎内で育て、産まれた子を呪術の道具として使うのよ。まさに邪術。蠱毒は
——でも考えてみて?
いくら裕福であっても、産まれた時から邪術を継承することが決まっていて、普通に生きることができない。なんて可哀想な人。あの家は呪われていると、関わってはいけないと蔑まれ生きる家族。それでも人は都合よくリンメイシァオを使う。普段は後ろ指を指しているくせに困った時はお願いする。そういうご都合主義はどこにでも存在する。
真矢、あんたなら分かるんじゃない?
人は一人では死んでいけない。
死ぬ時は誰であっても誰かの手を必ず煩わせる。
産まれてくる時も死んでいく時も、人は誰でもひとりじゃない。
命が尽きた後、死者を葬るのは生者なのよ。
荼毘に伏す為の火葬場で働く人、昔の隠亡さんの話と似たようなものよ。一晩中死体を転がしながら焼いて荼毘に伏す仕事。普段は村の中でも疎外して、隠亡さんに後ろ指を指しながら、自分や家族が死ねばその人の手を借りる。借りざるを得ないのよね。海から漂着した誰ともしれぬ遺体も、同じ村の人も、荼毘に付される時は同じように焼かれる。最後は焼いてもらって骨になり、お寺へ納骨されていく。隠亡さんの仕事は誰もがいつかお世話になる仕事。それと同じことかもね。人は勝手な生き物よ。
でも。
この場合はもっとナンセンスよね。蠱術師を普段は蔑み避けて生きているくせに、都合よく呪いを依頼する。こっそりリンメイシァオの家に行き、金銭を支払い、蠱毒で誰それを呪って欲しいと依頼する。そんな仕事を代々何百年も継承する家の娘、それがリンメイシァオ。
酷い話。
あたしはその話を聞いて、可哀想な人生だと思った。だって、愛を知ること。それこそが、今世この身体で産まれてきた本当の目的だと、あたしは思ってるからさ。
外の世界を知らず、人を呪う為に生きる。
それが当たり前で生きる女。
友達も恋人もいない。
愛を知らない、女。
可哀想な女、リンメイシァオ。
リンメイシァオは、三百年程前に二つに分かれたと、その中国人の女性は言っていた。日本で言えば江戸時代。本家は中国の少数民族の中にあって、もうひとつは日本の豪商に売られたと言っていた。この家の持ち主、林美咲がもしもリンメイシァオならば、何代目かのリンメイシァオになる。
なんで売られたのかって?
馬鹿ね、真矢。
簡単な話じゃない。
人の欲は尽きないのよ。
それも我が儘で理不尽な人ほど欲が深い。
蠱毒は人を病に陥れ死をもたらすだけじゃないの。財産を奪う蠱も存在するってさっき言ったでしょ?
金で買われ海を渡ったリンメイシァオは、主人の為に蠱毒を使い、主人の欲を満たしてきた。ある年齢がくれば子を産み、男児の場合は呪術に使う。女児の場合はその中から子を選び、次のリンメイシァオ継承者として育てる。そうやって受け継いできたと、その話をしてくれた中国人の女性は言っていた。
それと——。
その女性の話によると、リンメイシァオの主人は何代目かで亡くなったという話だった。江戸の終わりか、明治の始めか。もしくは第二次世界大戦中か、いつの時代かは不明。その人曰く、その主人は、呪う相手も欲もつきたんじゃないかって。だから最後は自分が呪われた。もしくはリンメイシァオに恋をしたか。まさか、それはないだろうけれど。
主人を失ったリンメイシァオ。
それでもリンメイシァオは蠱毒師としての生き方しか知らない。だから依頼する人が誰もいないのに、蠱毒を継承し続けているだろうって話だった。子を孕み、産み、育て呪われた邪術を継承し続けていると——。
聞いた話によると、蠱毒、それも小動物を蠱としたものは怨霊や妖怪と同類の存在となり、一年間に必ず一人は呪殺して捧げなければならない。そうしなければ自分の命が奪われる。日本の犬神のように動物霊を蠱にした場合、その蠱自体の継承をやめるわけにはいかないの。そう教えられて育ってきているから、主人がいないのに蠱毒を継承し続けている。
可哀想なリンメイシァオ。
あたしはそれを聞いて胸が詰まった。だって主人がいないのに誰かを呪い続けなくてはいけないのよ。こんな可哀想な人生ってない。誰かを選び、自ら呪い殺して、その財産を奪う。それを代々繰り返す女性、それがリンメイシァオ。
もしもその話が本当なら、むちゃくちゃ馬鹿馬鹿しいわよね。だって依頼主を失って、自由を手にしても自由になれないなんて馬鹿みたいじゃない。あたしみたいに数奇な身体で産まれても自由に生きることができるのよ? それなのに、いつまでも家に縛られてるなんて。
可哀想な、人。
これはあたしの妄想に過ぎないけどね、もしも、この家の持ち主がリンメイシァオだとすれば、あたし、ちょっと良かったなって、いま、思ったな。
なんでって?
真矢、それはね、自由に生きる道をリンメイシァオは選んだってことだと思わない? 蠱毒の呪縛から開放されて自分の人生を選択できたってことでしょ?
カイ君、花ちゃんだってそうだったでしょ?
親に敷かれたレールを踏み外したいお年頃。高校時代の彼女はバリバリのギャルファションで親のデザインするモードファッションの真逆にいたでしょ?
テレビやネットのない時代は知る由もなかったけれど、近代に入り情報が世間に溢れ始めた。もしもその時、次期後継者として育てられたリンメイシァオが家を抜け出して外の世界を知ったとすれば、どう思う?
何代目かのリンメイシァオは気づいたのよ。わたしは自由に生きたいって。そして、外の世界に飛び出した。飛び出したと言っても蠱毒師は家から離れることができないし、受け継がれてきた蠱を手放すことはできない。だけど自分の自由を少しだけ手に入れた。
もしも、男の子の人形を作ったのが何代目かのリンメイシァオ本人だとすれば、人形に蠱を仕込み、誰かに手渡して、それで一年分の呪いを納めていたのかもしれない。日帰りできる範囲で展示会を開き、その人形を誰かが購入すれば、その蠱は買った人のところに移るから。そうすることで、自分の背負っている毒を薄めたのよ。自分に呪いが降りかからないように。もしそうならば、きっと仕方なかった。情の湧かない他人に蠱を分けて、その代わりに自分の自由を少しだけ手に入れた。自分の人生を生きる為に、仕方なく——。
そして、最後のリンメイシァオは、自分を貓に喰わせ、貓の鬼を作って幕を引いた。貓で作る蠱は、最強の蠱だと言われている。その蠱に自分を喰べさせて、代々自分が受け継いできた呪いの連鎖を終わらせた。
この家で見つかった遺体が何代目かのリンメイシァオならば、自分の代で蠱術は終わらせようと子供を産むこともなく、そう選択したのかも知れない——。
——なぁんてね。
あたしが知ってるリンメイシァオの話はこれでおしまい。最後はあたしの妄想がだいぶ入ってる。もしも、リンメイシァオがその選択をしたならば、あたし少し救われるなって話しながら思ったから。だってそうでしょ? 人を呪う邪術の血を受け継ぐ女が、最後は自分で決めた人生を生き、幕を引けたんだから。
でも。
もしもあたしの考えたこの妄想が正しければ、蠱毒の中でも最強と呼ばれる
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