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 ——閃いたら人形をベースにしたお話を。


「これって——」

「時系列的に考えても」

「うん」


 ラブちゃんがわたしの背中に「どれどれ」と、のし掛かる。鼻先を擽る化粧品の香り。ラブちゃんはカイリ君とわたしの間に顔を出し、パソコン画面を見つめると「読みは当たった」と低く呟いた。お風呂で身を浄めたはずなのに、またぞくっと鳥肌が立つ。


 ——読み。それは昨日の夜の話のことだ。


「人形がこの女に都市伝説を書かせたのは間違いない」


 ラブちゃんの言葉で昨日の夜の話を思い出す。


 ——幼少期、いつかその人形に誘引される種を脳細胞に植え付けられた。そして、ベストのタイミングで惹起の芽が出た。


「人形が幼少期に見たものと同じか確認できるのは、何時?」

「京子には一時に中嶋さんの家ってLINEしてある」

「そう、一時」


 スッと顔を後ろに引きながら「ねぇ、その子は霊感が強い?」とラブちゃんがわたしに聞く。その動きを目で追いながら「え?」と聞き返した。


「その子、霊感が強いかって聞いたのよ。チャンネルが合うとマズイ」

「チャンネル?」

「そう、チャンネル。周波数みたいなものね。怖いと思うチャンネルがその対象物と合致すると、何を見ても怖くなるし、訊こえないはずのものも訊こえてくる。あんただって、そうでしょ? 一度合致してしまえば最後、チャンネルを切り替えることは普通じゃ難しい」

「普通じゃ、難しい——」


 ——だから、記憶を全て消す。


 ズドンとお腹に重たいものが落ちた。記憶を消す。全てを忘れる。出会った人の記憶も、全て。その必要があるのは、わたしが普通の人間だからだ。無意識に下を向く——と、ラブちゃんがわたしをあんた以外の名前で呼んだ。「え?」と、顔を上げる。


「どうしようか迷ってたけど、その様子を見て決めた。あたし、真矢のこと視てもいい?」

「視る?」

「そう、視る。真矢の内側やその背景を。それには真矢の許可がいるのよ。他人が勝手に真矢の内側を覗いたら嫌でしょ? ほら、良くあるじゃない。頼んでも無いのに勝手に占って、ああだこうだ言う輩。あたし、そういうの嫌いなの」


 その言葉に無言で頷く。「あなたには水子の霊が憑いています」と言われ、簡単に信じて新興宗教に嵌った身内——母や祖母——が身近にいる。


 わたしが首肯するのを確認したラブちゃんは、「じゃあ早速」と、頭に巻いたタオルを解き長い髪を手櫛で整えた。赤いジャージ姿のままソファで座禅を組み、胸の前で両手を合わせる。ラブちゃんは長い睫毛をゆっくり伏せて瞳を閉じた。


 瞬間。

 ピリッと部屋の空気が変わる。


 テレビから流れるCMの音。洗濯石鹸のCMがコーヒーのCMに変わり、子供用のおもちゃのCMへと変わっていく。その音量がリモコン操作をしていないのに、だんだん小さくなっていく気がする。


 ——不思議な感覚。世界が別次元になったみたい。


 ラブちゃんは目を瞑ったまま、ゆっくり呼吸を繰り返し、時折なにかと交信しているように肯首している。その様子をじっと見ている。


 ——と、暫く瞑想していたラブちゃんが、胸の前で合わせていた両手を口元まで移動し、「ふう」と静かに息を吹きかけた。ゆっくり瞳を開き、両腕を天井に向けてぐ〜んと伸ばす。伸びをするような姿勢から、「ふぅ〜」と息を吐き手をゆっくり降ろすと、ラブちゃんの両手は両膝の上に落ち着いた。


 ラブちゃんがこちらを向く。その視線にどきっと胸が脈動し、自然と腰が浮いて正座に座り直した。


「お伝えしていいですか?」


 丁寧なゆったりとした声。ごくっと唾を飲み込んで神妙な面持ちで「はい」と答える。ラブちゃんは深い呼吸をしてから話し始める。


「真矢はね、呼び込みやすい体質なの」

「え……?」

「本当は自分でも知っているはず。でもそれを封印して生きてる。違う?」

「いや……、そんなことは——」

「あると思う。なんとなく感じるのは、忌み地が関係ある」


「い、いみち……?!」聴き慣れない言葉。それでもそれが良くない言葉だと舜座に理解して変な音階の声が出る。


「そう。忌み地。呪われた土地と言ってもいいかな。思い当たる点がきっとあるはず。死者の霊魂が留まるような場所が関係してる」


 背筋を冷たいものが落ちていく。

 死者の霊魂が留まる場所——。

 それはもしかして——。

 

「それは真矢ちゃんが葬儀会社勤務だから?」


 隣からカイリ君が口を挟む。ラブちゃんは首を振り「違う。どっちかっていうとそれは、良い影響を真矢に与えてる」と答えた。ホッと肩の力が抜ける。もしも葬儀会社がいけない場所なら、わたしは仕事を辞めなくてはいけない。


 でも、であれば、どこ——。


「多分、幼少期。怖い思いをした場所があるはず」


 幼少期。その単語で咄嗟に思い浮かぶ、母の実家。母の実家は古い旅館で、旅館が建つ前は火葬場だった土地——。


「母の実家、古い旅館で……、いまはもうやってないけど、旅館が建つ前は村の火葬場だったんだって。海から流されてくる身元不明のご遺体も焼いていたとか……。それって、関係ある……?」

「それだね。それが真矢の背景にある。あのね、火葬場の跡地は商売が繁盛するって言われてるけど、全てがそうじゃない」

「全てがそうじゃない?」

「そう。はっきりとは言えないけど、海から漂着した遺体が、例えば相当恨みを持って死んだとか、そこで働いている隠亡さんが村の中で差別されて恨みを持っていたとか。その理由はいろいろあると思う。だから、その怨念や穢れの破片が真矢の背景には視える。その場所に行った時、怖いと思ったことがあるはず」

「うん……。毎回。おばあちゃんの家は怖かった記憶がある——」


 話しながら脳裏に浮かぶ、母から聞いた話とその光景。


 ——この旅館が建つ前ここは村の火葬場でね。波に運ばれ流れてくるどざえもんもここで焼いていたんだよ。オンボさんがひっくり返してひっくり返して。


「屋根があるだけの簡単な火葬場は大きな穴が開いていて、そこで一晩中遺体を焼いて荼毘に付すんだって聞いて、そんな場所に建っているおばあちゃんの家が怖かった……。今でも思い出すだけで嫌な気分になる……」

「小さな頃に植え付けられた恐怖心はなかなか抜き取れないからね。それでも真矢は自分でチャンネルを切り替えて葬儀会社で働いてる」

「え? 切り替えて——?」

「そうだよ。葬儀会場には死体がある。でも、怖いと思って仕事してないはず」

「あ、うん、それは——、そう」


 誰かの大切な人のご遺体を怖いと思ったらあの仕事はできない。だから、どんな酷い事故に遭った方のご葬儀でも、ご遺体に対して怖いと思ったことはない。

 

 なかったけれど——。







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