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ラブちゃんは紫煙を長く吐き出してから、「そういうこと!」と、煙草を揉み消し、お顔のメンテナンスに戻る。ふんふん鼻歌を歌うラブちゃんを見て、凄いなと思った。エネルギーが半端ない。それに、綺麗で可愛い女性だと思った。昨日会った男性ともう恋に落ちている——。
「八時ってことはまだ時間はありますよね」と、カイリ君がわたしに声をかけ、テレビに映る時刻を見て、「そうだね、まだ六時半だし」と答えた。
二人同時にパソコン画面に視線を戻す。八時までに何か手がかりを探したい。
パソコン画面には京子の子育てエッセイ、その『近況カフェでおしゃべり冬の陣』が出ている。カイリ君がゆららさん——中嶋さんの娘——のコメントを読みたいと言ったから開いたページ。
「そういえば、なんでゆららさんのコメントが読みたかったの?」
「コメントって、人柄が出るじゃないですか。だから、どんな人だったのかなって思って。ほら、金属工場のおばちゃんに聞き込みした時、言ってたでしょ?」
「ああ」
そういえば——と、カイリ君の話を思い出す。一家惨殺事件の被害者、鈴木啓太さんの不倫相手を調査すべく聞き込みに行った金属工場で、カイリ君が聞いてきた話。
——まるで別人だったと云っていました。化粧は派手でも大人しい子だったのに、自分の事を見下すような目で見て『用はない』と吐き捨てて出て行ったそうです。
「まるで別人って云ってました。だから、元はどんな人だったのかなって思って。真矢ちゃんはどうでしたか?」
「どうとは?」
「コメントのやりとりしてたんですよね?」
「あ、うん——」
ゆららさんは礼儀正しくて、でもどこかお茶目な感じが漂う人だった。コメントも砕けた口調と、しっかりした口調を混ぜ合わせたような人。そして、少しメンタルが弱そうな人だと思っていた。アンチコメントを書かれた時に酷く落ち込んでいたことがある。
「真矢ちゃん?」と、隣から名前を呼ばれ「あ」と意識を戻す。「とりあえず、京子のエッセイ読んでみようか」と、画面を上からスクロールした。
*
皆さんこんばんわ! キリンです!
今日は昨日近況ノートで開催した『近況カフェでおしゃべり冬の陣』を記録したく! 子供が寝た隙にパソコンにやってきました! てへへ。
コンテスト期間ということもあり、皆さんお忙しいご様子!
わたしは今年は、子育てエッセイの短編で参加予定ですが、果たして?!
いやぁ〜、ファンタジー書きたいんすけどね。なんせ時間が!
妊婦までは時間があったけど、赤ちゃん生まれてからは時間がねー!
おっと、余計な話を!
早速昨日の楽しい会話を記録してみよー!
と、その前に昨日のコメント数がいくつだったのか?!
ちょっとお待ちくださいね、みてきますね!
えっと、!!!! 98kennno
おっと、動揺してしまった! 98件のコメント!!
そりゃ楽しいはずですよ!
初交流の方もいたりして、それはもう!
リアルなカフェだったんですよね!
*
そこまで読んでスクロールをやめた。京子の書いた文字が脳内に流れ込み、すぐそばにいるような気がしてきた。一緒に読んでいたカイリ君は目頭を指で押さえ、「キリンさんて、テンション高いですよね」と呟く。確かに、文章のテンションは高い。でも——。
「この時期ね、京子は産後鬱状態で。アップダウンが激しかったから余計だと思うよ」
「そうなんですか」
「うん。脳内で再生する声を文字にしてるから、これはきっと、
顔も知らないネットの繋がり。作品を通じて知り合った執筆仲間は、京子のリアルを知らない。でもそれはきっと誰でも同じこと——。
「ごめん、ゆららさんのコメントだよね。えっと——」と、トラックパッドを撫ぜスクロールを再開する。流れていく京子のハイテンションな文章。赤ちゃんと旦那が寝た後、深夜に一人起き出して、暗い部屋の中でキーボードを叩いている京子が思い浮び、胸が詰まった。
文字だけでは見えない世界。それはきっと『ゆらら』さんも同じかもしれない。現に、『百鬼花入』さんは、普通の仕事をしているお花好きな女性ではなく、洋服のデザイナーだったのだから。
「あ、これって——」不意にカイリ君が画面を指差す。
《(百鬼花入さん) キリンさんの子育て話、楽しいですよ! わたしも子供が欲しくなりました。でも、ご無理は禁物ですね。お母様もお体ゆっくり休めてくださいね》
「これ、姉さんですよね。へぇ、こんなコメント書いてたんだ……。子供って、相手なんてずっといなかったのに……」
「そうなの?」
「そうですよ。僕と姉さんは十個違いで、僕が十歳になる年に両親が列車事故で亡くなって。だから姉さんはそれから僕の親代わりだったし、それにキサキマツシタの二代目としてブランドを背負って行かなきゃいけなくて、彼氏なんていなかったはずですよ」
「ばっかねカイ君」と声がして、ソファに顔を向けた。頬に乗せた白いクリームを指で伸ばしながら「普通じゃないから、普通に憧れて、成り切って書いてたんじゃない」と、ラブちゃんは続ける。
「親が作った洋服ブランドをハタチやそこそこで受け継いでさ、弟はまだ小学生だしね。苦労したんだよ。
それに側から見ればお金もあるし、華やかな業界、目立つし、デザイナーなんてかっこいい職業だし、普通はなりたくてもなれないよ。人から羨まれる存在だったと思うし、だから妬まれたんだと思うけど。
花ちゃんは普通に憧れてたんだって。普通に学生ライフを満喫して、普通に就職して、普通に恋愛して、家庭に入って子供が二人とか。そういうのに憧れてたんだよ、きっと。だから普通の人に成り切って書いてたんじゃない? 他人には分からないよ。いくら兄弟でもね。まあそうは言っても、出会った頃の花ちゃんはぶっ飛んでたけどね〜」
「ぶっ飛んでた?」と、つい尋ねる。
「そうそう、ぶっ飛んでたよ。高校時代からクラブに行きまくってたし、あたしより年下なのに、いろんなこと知っててさ。さっすが都会育ちのギャルは違うなって思ったもん」
「ギャルって。でも、そうでしたね。確かに高校生の頃の姉さんはぶっ飛んでました。家にいた記憶あまりないかも。服装も確かにバリバリギャルでしたね」
「でしょ? 花ちゃん言ってたよ。わたしはもう十分遊んできたから、こっからはカイ君のために頑張るって。カイ君を一端のパリコレモデルにしてみせるって」
「パリコレの?!」思わず声をあげる。モデルはモデルでも、まさかパリコレ——。
「そうなのよ〜。カイ君、パリでレッスン受けてるもんね〜。去年のキサキマツシタコレクションもモデル参加していたし」
「そうなの!?」
「まあ、そうですね。僕、ほら、見た目が、ね?」
「へぇ、それはそれは——」
「そうだわっ! 細マッチョなモデル今度紹介しなさいよね〜」
「やですよ」
「なんでよ〜、ケチィ〜」
二人のやり取りを聴きながら、改めてカイリ君を観察する。
——背も高いし、スタイルもいい。それに美しい顔立ち。それはそうなんだけど。
「なんか見慣れてきて、それが普通に思えてきたな」つい、本音が漏れる。「真矢ちゃん、人生損してますよ」と、カイリ君は真顔でこっちを向いた。
「そう?」
「そうですよ。僕レベル、なかなかお目にかかれませんよ?」
「でも見慣れてきたし」
「本当にそれは人生損してますよ」
「なんか、カイリ君調子戻ってきたね」
「そうですか?」
「そういう自意識過剰も可愛いなって思えるよ」
「え?」と、カイリ君が声を漏らす。鼻の頭をポリッと指で掻き「この話はここまでで」とカイリ君はパソコンに視線を戻した。「ゆららさんのコメント調べてるんでした」と、指をトラックパッドに乗せる。
「なになに? 照れたの?」カイリ君の顔を覗き込む。
「別に。子供扱いしないでください。そういうのが嫌で年齢をごまかしたので。あ、ほらほら、ゆららさんのコメント転載されてるの見つけましたよ。でもこれ——、読む限り普通ですね」
「え?」
「ほら」と指差された文章を見ると確かに普通だった。ゆららさんの懐かしい口調でコメントが書かれている。
《(ゆららさん) 子育てエッセイの短編を投稿されるんですね! 羨ましいです!》
その下にスクロールを続け、カイリ君の指が止まる。わたしの視線もそのコメントに釘付けになった。
《(ゆららさん) 実は昨日、男の子の人形を買ったんです。ネットだし、お高くはないんですけどね、すごく可愛いお顔をしてて。見た瞬間、これだ! って思って、ついポチっちゃいました(笑)だから、届いて何か閃いたら、その人形をベースにお話書こっかなって思ってます! 閃くといいのですが(笑)》
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