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 わたしのスマホに公衆電話からの着信履歴。意味不明な現状に身体が固まる。目が、スマホ画面から目が、離せない——。


「夢に……入り込まれてる……」ラブちゃんの言葉を無意識に復唱した——と、同時に、スマホはふっと光を消す。


 ——瞬間。

 また光りを放ち『ブッ』と振動音が鳴る。

 画面に映る『着信 公衆電話』の文字。

 ガラステーブルの上で小刻みに震えるわたしのスマホ。


 ——ブブブブブッブブブブブッブブブブブッ

 

「いゃ」と肩を竦め、反射的にすぐそばにいるカイリ君の袖をぎゅっと掴んだ。ラブちゃんに視線を向け「どうしよう……」と、助けを求める。


「出たらダメ! 絶対に、絶対に、出たら、ダメ……」


 無言で頷く。

 カイリ君の服を握り締め眉根を寄せてスマホを見る。全身が鳥肌立ち、きゅっと唇を噛み締めた。

 

 ——ブブブブブッブブブブブッブブブブブッ


 カタカタと小刻みに震えるスマホ。

 着信時間の設定は短めにしてある。

 だからすぐに切れるはず——。

 ——はずなのに。

 スマホはテーブルの上で震え続けている。

 ——刹那。

 スマホは動きを止めた。


『不在着信 公衆電話』の通知が画面上に現れる。

 次いですぐにもうひとつ通知が——。


『留守番電話 メッセージ1件』


 公衆電話から着信。

 そして、留守番電話。


「ラブちゃんどうしよう……、る、留守番電話って——」

「そうね——」


 しばし考えるような間の後で、「わたしが聞くわ」と、ラブちゃんはテーブルの上のスマホを手に取った。「大丈夫?」とカイリ君が聞く。「多分」と言った後で、ラブちゃんはスマホをタップして耳に当てる。薄暗い部屋。スマホの明かりがラブちゃんの頬を照らす。その様子を固唾を飲み込んで見守る。


 ——夢に、入り込まれている……。


 ラブちゃんの言葉を思い出す。

 ありえない。

 夢が現実になるなんて。

 でも——。


 また恐怖が頭を擡げている。わたしには分かる。その恐怖には顔がある。写真で見た男の子の人形によく似た顔。町田さんに写真を見せてもらった時、わたしはあの人形と目が合った。その人形の顔が、頭を擡げ、ゆっくりとこちらを向く——。


 ——やめて、そんな妄想やめて……。


 急いで頭を振りぎゅっと目を閉じる。目を閉じるとまた浮かぶ。頭を擡げこちらを向く、人形が——。


 ——やめて、こっちを向かないで……。


 想像したくないのに、思えば思うほど視えてしまう——。

 男の子の人形、その大きな瞳。

 

——やめてやめてやめて。


 何度も何度も心の中で呟く。

 と——。


「なにも入ってないわ」と、ラブちゃんの声が聞こえ、ゆっくり片目を開けた。微かに見えるスマホの光、その近くにラブちゃんの顔が見える。ラブちゃんはいつの間にかソファーに移動していて、カチッと音を鳴らし煙草に火を付けた。一瞬赤い小さな光が強くなり白い煙がゆらっと立ち昇る。ふう〜と煙を吐き出しながら「なにも入ってなかったわ」と、もう一度静かにラブちゃんは言った。


「わたしにはなにも聞こえなかった。でも、あんたは聞かないほうがいい。チャンネルがバッチリ合っちゃってるから」

「ちゃ、チャンネル……?」

「そうチャンネル。ラジオの周波数みたいなもんよ。後で分かるように説明してあげるから。とりあえず、いま留守電も着信履歴も消してあげるから」


「ほら、ロック外して」と言われ、カイリ君の洋服から手を離しスマホを受け取る。震える指でロックを外し、「はい」とラブちゃんに渡した。ラブちゃんは画面を何度かタップして「これで大丈夫」とわたしにスマホを差し出す。首を振り受け取り拒否をすると、ラブちゃんは「ああ〜、ほら、また酷い顔してるって!」と大袈裟なほど明るい声で言って、スマホをソファに投げ捨てた。


「だって……」と目を伏せる。さっきラブちゃんに言われた『夢に入り込まれている』というフレーズが怖い。夢に入られているということは、寝たら最後、公衆電話の太郎くんがまた、やってくる。


 蘇る記憶。

 そういえば美琴ちゃんは最初に会った喫茶店で言っていた。


 ——わたし、最近ずっと夢に見るんです。緑色をした公衆電話。そこからわたしのスマホに電話がかかってくる夢を、毎日、毎日。見るんです……。


 あの時はそんな馬鹿な話あるわけないと思っていた。でも、わたしも同じ夢を見て、現実でも、スマホに電話がかかって来た。こんな深夜に公衆電話からわたしに電話をかける人なんていない。絶対に——。


「ごめん、真矢ちゃん。僕が巻き込んだせいで——」


「ううん……」小さく首を振る。正直、カイリ君に巻き込まれたと思う気持ちは拭い去れない。でも、わたしは中嶋さんに「娘を探してください」と頼まれ、「分かりました」と答えてしまった。あの瞬間、わたしは自分で選択した。東京に来ることも、自分で決めたこと——。


 ぎゅっと拳を握る。カイリ君の顔を見ることなく「自分で決めて、ここにいるんだし……」と答えた。


「そうよ〜あんたは自分で決めてここにいる。それと、チャンネルが合ってしまった以上、それをなんとか切り替えない限り、一生悪夢にうなされ恐怖に取り憑かれてしまう。きっとそのうち死ぬわね——」


 ——きっとそのうち死ぬ……。


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