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 それでも電話をかけ直すのが礼儀。大きなガラス窓を開け、ベランダに出ると中嶋さんに折り返しの電話をした。一応携帯電話の番号。でも中嶋さんはガラケーだ。発信音を聞きながらレインボーブリッジを見て、ここは華やかな街、東京だと改めて思った。中嶋さんはあの薄暗い部屋でひとり娘の帰りを待っている。そう思うと、胸が苦しくなった。何回目かのコールで中嶋さんは電話に出た。


『はい、中嶋です』

「二階堂です。すいません、電話に出れませんでした」

『いえ、お忙しいとは思いつつ。あの、それで何か分かりましたか?』

「それが、まだ何も。申し訳ありません」

『いえ、こちらこそ、ご面倒をおかけしてしまって』


 ——そういえば。


「あの、娘さんがネット上で小説を書いていたことはご存知ですか?」

『ネット……で、小説?』

「はい。パソコンの中身を調べたら、アカウント、あ、登録があったので」

『さぁ……。どうかしら。あまり、そういった話をすることがなかったので。あ、でもそういえば、最後にあった日、わたしが書いたせいでこうなっちゃったと』

「わたしが書いたせいで?」

『はい。あの子の金魚が死んでしまって。あの子、手を合わせながら、そんなことをポツリと言った気が。おかしな話だなと思って、そうなのね、とだけ返したのですが。あの、それが何か?』


 ——公衆電話の太郎くんのお話が現実になったということだ。


 スマホを持つ手が震える。マンションのベランダは風も強い。できるだけ壁に身体を寄せて、中嶋さんに質問をする。


「あの、人形については、何かお話はなかったですか?」

『人形……。ああ、そういえば言ってました。わたしが作ってるような布製の人形を最近買ったんだよって。泊まっていった朝に、玄関のクリスマス飾りを見て。それで、どんな人形? と、わたしが聞いたら、瞳が絵筆で書かれた人形だと教えてくれて。わたしが作るお人形は目は刺繍なので、珍しいわねと言ったんですが、美咲が家を出た後で、ふと思い出したんです』

「思い出した?」

『ええ。そういえば昔、さっちゃん先生のお宅でそういう人形を拝見したなと——』

「え——?」


 刹那。

 びゅ〜といきなり突風が吹き、耳に雑音が入る。

 ——そういう人形を、見た?

 風の音に邪魔されないように手で風を防ぎ、スマホに当てた耳を澄ます。


『確か、お人形の個展に行ってきたとかで、見せて貰った絵葉書にそんなお人形のお写真があって。わたしは絵心がないからやっぱり目は刺繍がいいわっておっしゃってたのを思い出したんです』


 ——人形の個展。


 そこで見た、瞳が手書きの人形。

「それは、男の子のお人形でしたか?」と、尋ねずにはいられない。


『ええ。男の子の。かしこまったお洋服で』

「まさか、タキシード——」

『そうです。あら、二階堂さんもその個展へ? あ、でももうずいぶん昔の話だから、二階堂さんのご年齢じゃないわね。——と。そうでもないかしら』

「そうでもない、とは——」

『美咲が幼稚園の頃に、その個展が近くであって。そうそう、それで中嶋さんもいかが? と頂いた絵葉書だったんです。残念ながら小さな子供を連れて行くことはできなかったので、行けませんでしたが。美咲はその絵葉書を大層気に入って。額に入れて、しばらく家に飾っていたんですけれど。そういえば、どこにしまったかしら——』


 ごくりと唾を飲み込む。

 中嶋さんは電話の向こうで話を続けている。

 風の音が邪魔をする。

 乱れる髪の毛を手で押さえ、中嶋さんの話を聞き逃さないように息を潜める。そうか、部屋の中に入ればとガラス窓に手をかけた瞬間、『確か作家さんのお名前が美咲と同じで』と聞こえ「え?」と声が漏れた。


 布製の、タキシードを着た男の子の人形。

 それを作った人形作家の名前が、美咲——。


「あの、その人形作家さんって、もしかして東京にお住まいの方でしたか?」

『さぁ、そこまでは。でも、かなりお年を召した方だったはずです。ええ、そうですそうです。確か、そうでした——』


 お年を召した人形作家。

 その名前が、美咲。


『あの、二階堂さん? その人形がどうかしたんでしょうか?』

「あ、いえ……」


 普通じゃない偶然。

 でも——。

 中嶋さんに説明できる気がしない。

 ——いや、説明したとしてどうなる?


 纏まらない考えを振り払う。とりあえず、「何か分かればすぐにご連絡いたします」と言って、通話を終了した。ガラス窓を開け、部屋の中に——。


 暖かくなり始めた部屋。リビングにはカイリ君とラブちゃん、棚橋さんの姿。凍えた手を擦りながら、テーブルに向かい今聞いた話を整理する。


 ——行方不明の美咲さん。その美咲さんはゆららさんで、『公衆電話の太郎くん』を創作都市伝説として書いた。そして、その美咲さんが購入した人形の元持ち主は、同姓同名の中嶋美咲さん。


「そして、人形を作った人形作家も、美咲さん——?」

「え? 真矢ちゃん、どうかしましたか?」

「うん、あのね——」


 わたしはいま聞いた話を三人にした。不思議な偶然。共通する美咲の名前。もしも、その人形作家も中嶋美咲なら——。


 その人形作家がもしかして——。


「どう思う?」

「小さな頃気に入って飾っていた人形の絵葉書が、購入履歴の人形と類似。さらに、その人形作家の名前も美咲——」


「やばいわね」男性ボイスでラブちゃんは言い、真顔になる。


「思っていた以上に、やばいわよ——」


 とにかく、本当に同じ人形か確かめる必要があるとラブちゃんは言った。


「確かめるって言っても、中嶋さんはガラケーだし——」


「「そうか!」」カイリ君と声が被る。きっとわたしたちは、同じ事を思いついた。顔を見合わせ、頷きあう。


 ——それしか、すぐに確かめる方法はない。


「明日、京子を中嶋さんのとこに行かせる」

「キリンさんがスマホで写真を中嶋さんに見せる」


 わたしはすぐに京子に連絡を取った。




 


 

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