9_3

 腹ごしらえで向かった先は『ゲイバー シンデレラ』を出てすぐの焼肉屋だった。白い煙が立ち込める店内。カイリ君は顔を顰め、洋服に匂いがつかないか心配している。


「消臭スプレー買わなきゃ……」


「気にしないの!」とラブちゃんがカイリ君を一喝し、次々と注文をしていく。上塩タンに牛レバー、牛ホルモンに蜂の巣——。どうやらラブちゃんは内臓系がお好きなようで、「あとは、豚足ね!」と注文をしめた。


「あんたも豚足食べるわよね?」

「いや、どうかな……。食べたことがあまりない——」

「馬鹿なの? コラーゲンよコラーゲン! 齧り付くのよ、豚の足に!」


 ——豚の足に、齧り付く……。


 早速運ばれてきたドリンク類。ハイボールを片手にラブちゃんは、「まずは乾杯!」と言ってごくごく飲み干す。わたしは生ビールに口をつけた。カイリ君はオレンジジュースを飲んでいる。正直、お酒の気分でもなければ焼肉の気分でもない。でも——。


「悪魔祓いなんて久々すぎて飲んでないとやってらんないわ。それに今日はもう夜だから作戦会議で終了ね。食べたらカイ君の家で飲み直しよ!」

「うわぁ〜、それはちょっと嫌だな——」

「何が嫌なのぉ〜? ダメよダメダメ。あたしと一緒に今日は寝るの〜」


 どうやらラブちゃんはお酒に弱いらしい。ハイボール一杯を一気飲みして間もないのに、目がトロンとしてきている。


「ハイボールおかわり!」


 ——大丈夫、かな……。


 こじんまりとした焼肉屋。賑やかな店内と美味しそうな匂い。ラブちゃんの雰囲気も相まって、不思議と怖いという感情が消えている。


 ——怖いと思ったら寄ってくるのよ!


 さっき言われた言葉を思い出し、今この瞬間の雰囲気を味わおうと、ビールをもうひとくち呑む。カイリ君はオレンジジュースを飲みながらスマホを見ている——と、「あ」と小さく呟いて立ち上がり、スマホを耳に当て外へ出て行った。


「もう〜、電話きっとけっ! カイ君たらぁ〜つれないんだからぁ〜! 真矢ちゃんだっけ? ビールが減ってなぁ〜いぞっ!」

「あ、はい——」

「さくっと飲んで二杯目いっとけいっとけぇ〜」

「や、わたしそんなお酒強くないので——」

「だ〜いじょうぶ! あたしもだし!」


 ——ですよね、目が座ってきてますよ?


「それに今は馬鹿騒ぎして明日はその、なんていった? 人形の家に行くんだしね〜」


 ——そうだった。


 明日は人形の元の持ち主、中嶋美咲さんの家に行く。さっき『ゲイバー シンデレラ』の個室でそう決まった。正直、行きたくない。孤独死で飼い猫に遺体を喰われ発見された人の家——。


 ——ベッドの上に死体があって。もちろんのこと、そこには蝿が集たかってるんだけど。その周りにも死体がね、猫の死体が何体もあってさ。


 不意に思い出す町田さんの話。


 ——それに異様な匂いがしてね。これは死臭だとピンときて。


 死臭——。

 臭いは、まだするのだろうか。


「はいおまち!」と、タイミング悪く目の前に置かれるレバーや内臓類。銀色のお皿の上、赤黒いぬめっとした内臓に一気に食欲が萎える。でも、ラブちゃんはわたしの気持ちなど知らず、次々に焼き網に内蔵を乗せていく。じゅっと肉の焼ける音、立ち昇る白い煙。


 ——ちょっと、無理かも……。


 騒がしい店内は男性客が多い。カイリ君は外に出たまま戻ってこない。居心地が悪くなり始めたわたしを他所に、「美味しい〜!」と言いながらラブちゃんはどんどん焼肉を口に運ぶ。そして運ばれてきた豚足——。


「ほら、あんたの分も頼んだから! 食べて食べてぇ〜! コラーゲンよ〜」


 生々しいひづめが付いた豚の足。真っ赤なマニュキュアを塗った指で持ち上げて齧り付くラブちゃんは、まるで魔女のようで——、悪魔祓いをできそうな気が、少しした。


「カイリ君遅いですね」

「本当よ、もう〜、あ、帰ってきた!」


 その言葉で入り口を見る。黒い服を着たカイリ君、その後ろにもうひとり男性の姿。モスグリーンのコートを羽織り、ガタイのいい男性がカイリ君と話しながらこっちにやってくる。


 テーブルに着き、「ども」と頭を下げた男性は、背の高い丸坊主の男性で、ラブちゃんの目がハートに変わる瞬間をわたしは見た。


「真矢ちゃん、こちら棚橋さん。覚えてる? 刑事の——」

「うん——」


 ——刑事の棚橋さん。カイリ君の取り調べをしてからの知り合いで、不審死について調べている刑事さん。でも、おじさんって聞いてたけど……。


 ラブちゃんの目がハートになるのも無理はないくらい、若くてエネルギッシュな感じがした。見たところ、三十代半ば。おじさんというよりは、お兄さんと言った方がいい。


「やだ〜、タイプ〜! めちゃくちゃタイプ〜! お兄さん、ささ、こっち座って座ってぇ〜」ラブちゃんが棚橋さんの手を引っ張る。「あ、じゃあ自分もお邪魔して」と棚橋さんはラブちゃんの隣に座った。ラブちゃんが座り直し、そのせいで胸の谷間がより深くなる。計算高い——、さすがだ。


「なにを飲まれますかぁ〜?」

「自分、車なので」

「ああん、いけず〜」


 二人のやりとりを見ながら、隣に座ったカイリ君の服をツンツンっと引っ張り、「どういうこと?」と聞く。


「棚橋さんに調べてもらってたんですよ。それでさっき、連絡があって。ちょうどこの界隈にいると聞いたので、来てもらいました」

「なるほど。で、調べてもらってたって?」

「人形の家の中嶋美咲さんについてです」


 ——中嶋、美咲さん……。飼い猫に喰われた人形の元持ち主。


「凄いことがわかりましたよ——」


 カイリ君は棚橋さんに聞いた話を掻い摘んでわたしにした。その話を聞いて、わたしは耳を疑った。


「戸籍上、百五十歳?!」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る