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 新宿二丁目。狭い道路沿いのビルの入り口。アーチ状に輝くネオンをくぐり、細い通路に何店舗もお店が並ぶ、その一番奥。天井から吊るされた看板には『ゲイバー シンデレラ』の文字が。


「まさか、カイリ君ってこっち系……?」

「こういうお店、真矢ちゃんは来た事ありますか?」


 ——こういうお店って……。


 あるには、ある。昔イベントのMCをしていた時、出演者だった『蝶子ママ』のお店になかば無理やり連れて行かれた。そこはスナックのような小さなお店で、蝶子ママの爆弾トークを聴きながらお酒を飲む店だった。


「ないことはないけど、一回しか行った事ないかな。ん? カイリ君わたしの質問に答えてないよね?」

「まだ開店前だけど、入りましょうか」


「ねぇ、ちょっと」と、声をかけるわたしを他所よそにカイリ君はドアを開ける。瞬間、アップテンポなミュージックが耳朶に流れ込み、香水の匂いがした。入り口から店内は見えないけれど、通路に漏れるカラフル光、「そこでもっと!」と、指示を出す声が聞こえる。


「え? ここって、どういう——?」

「ここはニューハーフのお姉さん達が楽しく騒ぐ、ショーパブです」


 ——ニューハーフ、ショーパブ……。


 頭の中で情報を組み立てる。つまり、お酒を飲みながらショーを見るお店、という事か——と、不意に目の前に人影が——。


「カイく〜ん! 会いたかったぁ〜!」


 声と同時にカイリ君に抱きつく女性。豊満なバストに括れたウエスト。スリットの入った赤いドレスからは美しい太腿が見えている。その白い足がカイリ君の身体に絡まり、思わず目を背けた。昭和なアイドルソングに混じって会話が聞こえる。


「ラブちゃん久しぶり。でも、離れてくれる?」

「いいじゃなぁ〜い。減るもんじゃないんだしぃ〜。やだぁ〜、また背が伸びたんじゃなぁ〜い?」

「ラブちゃん、分かったから、離れてって」

「だぁめぇ〜。朝まで離さなぁ〜い〜」


 濁声の甘々ボイス。語尾にハートマークが付いている。そんなことを思いながらしばらく聞いていると、「で、その地味な女は誰?」と、ドスの効いた声がわたしに向けられた。一瞬で身体が萎縮する。


「まさか彼女じゃないわよね?」と、わたしを覗き込むラブちゃん。ゴージャスなアップヘアー。長い睫毛、大きな瞳、派手な化粧。綺麗なお姉さんだと素直に思った。


 次の瞬間——。


 品定めするような視線がわたしを通り過ぎ、一際目が大きくなったかと思うと、ラブちゃんはカイリ君の身体を開放した。眉根を寄せて、「ちょっと」と、わたしに話しかける。


「あなた、ヤバイもん連れてるわね」

「え……?」

「あんた、かなりやばいわよ。自分でそれ分かってる?」

「えっと……」


「ちょっとこっちおいで!」と腕を掴まれ店の外へ。わたしの腕を離したラブちゃんは胸の谷間からスマホを取り出すと、こちらに向けてカシャっと写真を撮った。いきなりのフラッシュに目が眩む。状況がうまく飲み込めず、「なんなんですか?!」と声を上げた。ラブちゃんはその質問には答えず、スマホ画面を見ながら「やっぱり」と呟く。


「あんた、やばいよ。ほら、これ見て」


「え?」と怪訝に眉を寄せ、差し出されたスマホ画面を見る。赤煉瓦調の狭い通路。店の看板が天井からぶら下がり、その前で立っているわたしの写真。でも、それは普通の写真ではなく——。


 ——わたしの身体が消えてる!? それに……。


「い、や……!」思わず後ずさる。スマホで撮影したわたしの写真は、下半身が消え失せて、顔には黒い靄がかかっていた。『心霊写真』。そう思った瞬間、全身が鳥肌立ち、思わず肩を抱く。


「わかる? やばいでしょ?」

「な、なんで……?」

「とにかく。まずはそれ、なんとかしないと——」


「ちょっとこっちおいで」とまた腕を掴まれ、意味不明な状況のまま今度は店内へ——。「あの——」と、声を絞り出す。


「さっきの写真って——」

「いいから、今はそれ忘れて!」

「え、でも——」

「こういうのはね、馬鹿騒ぎが一番なの!」

「ば、馬鹿騒ぎ——?」

「いいから! 言う通りにして!」

「あ、あの——」

「黙ってついてきな!」


 ラブちゃんに力強く引っ張られ、そのまま店の奥へ。賑やかな音楽。派手な衣装に身を包み、踊っているニューハーフのお姉さん達。その中へ放り込まれ——。


「みんな! ゲネプロにこのも入れたげて!」

「喜んでぇ〜!」

「え? ちょ、え?! あのっ?!」

「ほらほら、これ被って。ここに立って!」

「は? え?!」

「あなたも一緒に踊るわよぉ〜!」

「は? え!? ちょ、ちょっとー!?」


 頭にピンクの羽飾りを乗せられ、「とにかく身体を動かせ」と言われ、「ほらもっと笑顔で」と振付師のおばさんに叱られ、気がつけばいつの間にかステージの上で踊る羽目になっていた。カイリ君は客席に座ってひらひら手を振っている。


 ——あいつ、覚えとけよ……!


 眩しいスポットライトと閃光の走る狭いステージ。逃げ場はないと悟り、隣のお姉さんを見ながら身体を動かす。「ほらほらもっと足あげて!」「そこでポーズ!」などと注意され、途中からムキになってきた。今は葬儀会社勤務だけど、昔はイベント司会者。子供ショーの司会だってしたことがある。その当時のノリの良さを思い出し、必死になって踊る。でも、ニューハーフなお姉さん達のエネルギーは凄すぎて——。


「はい休憩!」の合図とともに、へたへたとステージに座り込んだ。


「つ、疲れた……」

「あんた体力さなさすぎぃ〜。それに服装が地味すぎ〜!」


 太っちょのお姉さんに「わたしの方が動けるわよ〜」と笑われて、ペットボトルの水を貰った。助かったと急いで蓋を開け喉に流し込む。夢中になって踊り狂い、喉がカラカラだった。ごくごくっと喉を潤し「ぷはぁ〜」と、息を吐いた。と、そこではっと我に返った。


 ——あれ? 何がどうなってこうなった?!


 瞬間——。


 カシャっと音がして目が眩む。反射的に閉じた目を開けると、目の前には白くて綺麗な足が。ゆっくり視線を上にパーンする。真っ赤なドレス、括れたウエストに大きな胸。仁王立ちのラブちゃんがスマホを見ている。


「うん、良くなった!」

「え?」


「行くわよ」と、差し伸べられた手を握り立ち上がる。ふらつくわたしの腰を支え、「いい感じに抜けたわよ」と、ラブちゃんが微笑んだ。


「あの、これはどういう——」

「ママ〜。個室借りるわね〜」

「あの、一体これは——」

「説明するからついといでっ!」


 有無を言わせない態度。ラブちゃんに連れられ、ふらつく足取りで個室へと進む。ランプの灯りが揺れる小さな部屋には先客が一名いた。


「カイリ君、これは一体?!」

「真矢ちゃんお疲れ——」

「お疲れじゃないって! これは一体どういうことなのか、説明してよ」

「ラブちゃん強引だから」

「強引って——。あ、それに笑って見てたでしょ!」

「ごちゃごちゃ煩い! とりあえず、そこ座って。いま説明したげるから」


 腕を引っ張られ思わず「きゃ」と声が出る。ソファに沈む身体を起こし、カイリ君の横に座り直す。向かいの席に座ったラブちゃんは、足を組み胸元からポーチを取り出した。


 ——胸の谷間からポーチ……。


 細い煙草を取り出し、豹柄のライターをカチッと鳴らす。「ふう〜」と紫煙を吐き出してから、ラブちゃんは言った。


「あんた、とんでもないもん憑いてたよ」

 




 

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