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久々に来た東京はやっぱり東京で、人が物凄く多かった。カイリ君の後ろを歩き、東京駅から在来線を乗り継いで到着したのは下町の、古くて汚いリサイクルショップ。
「うわぁ……」思わず声が漏れる。
今にも倒れそうなスレート葺きの建物。高い屋根、工場の跡地にも見える。白い軽トラックが店の前に停まり、その荷台には古臭い冷蔵庫やテレビ、自転車や布団などが山積みにされている。新幹線に乗りスマホで見せてもらった写真はもっと小綺麗な感じだったのに、まさかこれほど雑多な世界とは——。
「うちらの辺でも、もっと綺麗なリサイクルショップだよ」
「都内に何店舗かちゃんとしたお店があって、ここはその本部というか、倉庫? みたいな場所だそうです」
「へぇ……」
——それにしても。
倉庫の中は薄暗く、奥が見えない。物がごちゃごちゃ詰め込まれた廃屋のようだ。ゴミ屋敷に近い。
「行きましょうか。時間も約束の四時ですし」
「うん……」
暗い倉庫内に足を踏み入れる。なんともいえない臭い。いろんな人の匂いが混じっているのか、決していい香りがする場所ではない。
「市松人形ですよね、これ」と、先を行くカイリ君が歩きながら指を差す。
——人形。
そのフレーズがやけに気味悪く感じる。
髪の伸びる市松人形。
まさか——。
妄想に支配されそうになって頭を振る。倉庫内は暖房が入ってないのか、底冷えする寒さだった。物に埋め尽くされた倉庫、狭い通路を奥に進むと事務所のような場所があった。焦げ茶色の剥げた革ソファー。応接セットのソファーとテーブルの横に事務机が置いてあり、埃を被った書類の山がある。
「すいません、連絡した佐藤ですが——」
カイリ君が声を張り上げると、ガタゴトと物音が聞こえ奥から初老の男性が出てきた。作業服を着た白髪の男性。やけに背が高く、細身で目が皺と一緒に垂れている。
「すいませんねぇ、来て貰っちゃって。ちょっと立て込んでて電話じゃ落ち着いて話ができないもんで。冬はほら、死んじゃう人が多いでしょ? それでなくても多いのに。タハハ」
笑った口元。何本か抜けた歯。短い髪はボサボサっとしていて清潔感とは程遠い。
「そこ、座って座って」と勧められた革ソファーは曇っていて、ハンカチを取り出したカイリ君はささっと拭き取ってから座った。確かに。そうでもしないと黒い服——パリコレの——が白くなってしまいそうだ。
わたしの分まで拭き取ってくれたことに感謝して、カイリ君の隣に座り、「あの、これつまらない物ですが」と、テーブルの上に菓子箱を差し出した。新幹線に乗る前に購入した地元の銘菓。お仕事先に伺って話を聞かせてもらうのだからと、購入してきた。
「ああ、気を使わせちゃって、悪いねぇ。あ、お茶でも——」
「いえいえ、お構いなく」
「そお?」
「ええ」と言ったカイリ君の心の声が聞こえる。
——どんなお茶が出てくるか不安。
——それはわたしも同意見。
「でも、ほら、わざわざ来て貰ったし。お菓子まで——」
「本当、お構いなく」と、すかさずわたしも笑顔で言葉を返す。
「ほいじゃ、失礼して」と、向かいの席に男性は腰を下ろした。作業着に『中央清掃リサイクルセンター』の刺繍。その下に『町田』と刺繍があるから、きっと町田さんなのだろう。
「それで」と、カイリ君が軽く咳払いをしてから話し出す。
「人形についてなのですが、どういった経緯の人形か教えていただきたくて」
「フリマサイトに出した人形の話でしたよね?」
「はい」
「人形、どの人形って言ってたかな? ごめんねぇ。こういう有様でメモした紙をどっかやっちゃって。タハハ」
「いえいえ、お忙しいのにお時間いただいて。昨年の十二月に購入された、布製の男の子の人形で、中嶋美咲さんという方が購入者です」
「よっこらしょ」と呟いて町田さんは立ち上がり、山積みの書類の奥にあるノートパソコンを立ち上げた。老眼鏡なのか、メガネをかけて画面を見る町田さんの顔が、薄暗い倉庫の中で青白く光っている。
「こういうのはねぇ、若い子がやってくれて、僕なんておじさんにはよくわかんないんだけど。でも、ほら。若い子は忙しいでしょ? 店にも出るしね。僕はほら、倉庫番で回収や修理がメインだから。それで僕のところに電話が回ってきたんだけどねぇ。脳味噌がポンコツになっちまって。ありゃ、ここのボタンであってたかな。あ、あってたあってた。タハハ。ちょっと待っててね。すぐに探してみるからさ」
「なかじま〜なかじま〜」と呟きながら町田さんはデータを探し、「あったこれだ」と、ゆっくり立ち上がった。
「ちょっとファイルを持ってくるから待っててよ。あ、そうなると、やっぱりお茶でも——」
「「お構いなく」」
「そお?」
「「ええ」」
「ほいじゃお構いなくってことで」と言い残して、細い通路の奥に町田さんは消えていった。めんどくさがらず気さくな雰囲気。きっと町田さんはいい人なのだろう。
——でも、お茶はいらない。
お気遣いをお断りして、少し申し訳ない気持ちになりながら思った。
「真矢ちゃん酷いですね。せっかくお茶を勧められたのに」
「カイリ君こそ」
「でもこういう場面、二回目は頂くものですよ?」
「カイリ君こそ」
「葬儀会社にお勤めなのに、優しくないなぁ」
「これはプライベート!」
それにしても——。
雑多に積まれた物達。この物達はどこから来たのか。人形などの置物の類、着物、古い壺に鎧兜。骨董品のようなものもあるけれど、見たところ生活できる一式が揃いそうだと思った。テレビ、エアコン、冷蔵庫にタンス。布団まである。
「どっかの誰かが使っていた物なんだよね」
「ですね。それで主人が亡くなって、いっぺんにここに引き取られた。と、そういうことでしょうか——」
——主人が亡くなって……。
普通の不用品。それに加えて、ご遺族が処分をお願いした遺品、もしくは孤独死した人の遺品。倉庫の中にある物達は昔、誰かの人生の一部に入り込み、その役目を果たしていた。そして次の人の手に渡るのを待っている——。
町田さんはその管理人。引き取りに行き、この倉庫に保管し、店に出せるように手入れする。きっとそういう人なのだ。清潔感とは程遠いなどと一瞬でも思い、お茶を断った自分を恥じた。
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