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「信じられない……。なんでラブホ……」

「僕はそんなつもりじゃなくて。だってスマホで検索したらここが一番近くて、それにネットも使えるって。ホテル名だって——」


『ホテルSHIGANO』と書かれた看板。確かに名前だけでは判別しにくいかも知れない。でも、まさかラブホテルとは——。


「どうします? やっぱり家に帰りますか?」


 深夜二時。体感時間より長くあの部屋に居た。今から家に帰るとなると三時。頭痛はだいぶ治ってきているけれど、身体はずしっと重たく疲れている。


 ——それに、家に帰ればひとりきり。


「何も変なことしないよね?」

「もちろんです。僕は紳士的な人間です。それに、こういうところには来たことがないので、よく分かりません」

「ふうん……」

「本当ですよ。僕はこういうホテルに女性と泊まったことなんて一度もありません」


 ——離れて寝れば……。


「カイリ君はソファで」

「もちろん」

「指一本触れない約束で」

「当たり前です」

「それじゃあ……」


 正直、こういうホテルに来るのは何年ぶりか。彼氏いない歴は葬儀会社勤続年数とイコール。ということは、最後に来たのは三年以上も前——か。


「本当に何もしないでよ」

「自意識過剰ですよ、真矢ちゃん」


 ——お前が言うなっ!


 心の中で吐き捨てて、ビニールカーテンを潜る。田舎のラブホテル。駐車場は思ったよりも空いていて、入り口から近くも遠くもない場所に車を停めた。別に見られて困る人はいない。隣の県の、田舎のラブホ。知り合いがいるわけでもない。でも、そこはやっぱり——。


 緊張しながら部屋を選び、そそくさと入った部屋は一番安い部屋で、普通のビジネスホテルのようだった。でもしかし、ここはそういうホテルなわけで——。


「ベッドがひとつしかない……。それにソファが小さすぎる……」

「高身長の僕があそこで寝るとなると、身体半分落ちますね」

「そだね」

「僕もベッドで——」

「床で!」

「えー、酷いですね真矢ちゃん。遠路遥々東京から来た僕を床に寝かせるだなんて」

「布団はあげるから!」

「しょうがないですね、そうしましょうか」


「当然!」とはいえ、確かに。東京からやってきて深夜まであちこち動き——運転はわたしだけど——、さすがに床は可哀想かも知れない。


「端っこで……」

「え? 今、なんて云いましたか?」

「は、端っこで、すごくすごく端っこで。真ん中に枕を置いて、それだったら……。仕方ないし……」

「ありがとうございます。それで大丈夫です。さすが真矢っちゃんは思いやりがありますね。だってこの床、冷たくて清潔かどうかもわからないですよ」

「そだね」

「じゃあ早速——」


「え?!」と身構えると、カイリ君は上着を脱ぎ丁寧にハンガー掛けに掛けた。


「大事な洋服の皺を伸ばしておかないと。あ、コーヒーマシーン。これって無料でしょうか。コーヒーはあるけど、あれ、水がない? つまり、水を買えと、そういうことですね。なるほど。真矢ちゃんもコーヒー飲みますか? それとも何か別のものを……。冷蔵庫の中身はっと——」


 カイリ君が冷蔵庫を開けるのを見て、一歩だけそばに近寄り視線を向けた。四角い箱にドリンク類が一本づつ入っている。お茶に水に、コーラ。缶ビールに缶チューハイに、その下は——。


 ——見なかったことにしよう……。


「お水が有料は珍しいよね」と、気まずい空気を破壊する為にどうでもいい話を吐き出した。


「そうなんですか?」

「普通そうじゃない? 水は無料のとこが多い気がする」

「へえ、そういうものなんですね。僕さっきも云ったように、こういうホテル初めてなので。でもそうか。ビジネスホテルでも水は大体無料ですね。真矢ちゃんはこういうホテル良く来ますか?」

「き、来ません!」

「来たことはありますか?」

「答えたくありません!」

「あはは。来たことあるんですね。彼氏さんと?」

「もう、なんなのカイリ君! やっぱり家に帰ろうかな」

「冗談ですよ、冗談。でもほら、真矢ちゃん元気になってきましたよ。良かった良かった」


 すっかりカイリ君のペースなのは癪に障るけれど、確かに元気になっている。不思議とさっきまでの身体の怠さも軽減していた。


「もう二時だし、わたし寝るね」

「メイクも落とさずに?」

「一日くらい」

「ダメですよ」

「ほぼノーメイクだし」

「へえ、それで?」

「悪い?」

「いや、別に。じゃあ僕はコーヒーを淹れて、さっきのノートとパソコンを調べておきますね。夜は強い方なので」


 ——ノート。『公衆電話の太郎くん』が生まれたアイデアノート……。


 またさっきの頭痛が蘇ってくるような気がして、「電気はそのままで」と言い残しベッドに潜り込んだ。頭がまた痛くなる気配を出している。何もかも忘れ、眠りたいのに。身体は疲れているはずなのに。目を閉じても、眠れる気がしない——。


 ——ビールでも。


 そう思い布団からむくりと身体を起こす。カイリ君は黒縁のメガネをかけてパソコンを操作していた。真剣な眼差し。起き上がったわたしには気付いていない。食い入るように画面を見つめ、トラックパッドを指でなぜている。その姿を見て、やっぱりビールを飲むのはやめた。カイリ君はなんとか探し出したいと思っている。『公衆電話の太郎くん』がなぜ実現化し、不審死が起こるのかを——。


 ——僕の大事な人も被害にあったんです。

 ——僕の大事な人を殺した公衆電話の太郎くん。この都市伝説をなんとしても止めたいんです。


 カイリ君は本気でこの都市伝説をなんとかしたいと思っている。

 それなのにわたしは——。


 もう一度布団に包まり、目を閉じた。わたしにできるのは車の運転くらい。ならばしっかり休めて、安全運転を心がけなければ。

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