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「ゆららさんが、美咲さん——」
カイリ君が顎に手を当て目を瞑る。くるりと椅子をまわし「そうだとすれば——」と独り言を呟きキーボードを鳴らす。
「ビンゴ! yurara0903でした。それにしても、まさか美咲さんがゆららさん。となると、余計に信憑性が増しましたね。僕たちは間違ってない」
「間違ってない、とは?」思わず尋ねる。
「美咲さんがゆららさん。そしてその美咲さんの不倫相手が被害者の鈴木敬太さん——」
「あ——」
「そうですよ、公衆電話の太郎くんに僕たちは近づいています」
さぁっと血の気が引いていく。中嶋さんのお話を聞き、失踪した娘さんを探す。それが目的だと思っていた。そうじゃない。『公衆電話の太郎くん』を調べていて、こうなった。
——たぁ……けっ……やぁぁ…………こなぁぁい……——
駿座に思い出す美琴ちゃんの声。
激しいブレーキ音と衝撃音。
ガラスに打ち付けられた美琴ちゃんの顔。
わたしは美琴ちゃんと目が合った。
ガラスは血に塗れていて——。
——やめて、思い出したくない!
急いで頭を振る。我知らずカイリくんの肩をぎゅっと握っていることに気づき、「ごめん」と手を離した。
「大丈夫です。僕もぞくぞく背筋が寒いですから——」
「うん——」
「でもそうなると、このパソコン。何かわかるかも知れないですよね。それに、これ——」
黒い表紙のアイデアノート。そこに書かれた『公衆電話の太郎くんネタ』の文字と、物語の設定。
「僕たちが知らなかった設定がここに——」
手書きで書かれた文字。途中途中、線を引き消した場所もあれば、思いついて書き足したのか、鉛筆とボールペンが混じって書かれている。それでも大体の内容は理解できた。
・
【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】
※用意するもの(太郎くんの器となる男の子の人形、自分が生まれた年の十円玉、緑色の公衆電話)
①緑色の公衆電話に深夜二時から四時までの間に行く。
②受話器を持ち、自分が生まれた年号の十円玉を公衆電話に入れる。
③自分の携帯電話に電話。四回コールを鳴らす。
④受話器を置き、携帯電話の電源を切って帰宅。
⑤しばらくすると電源の入っていない携帯電話に公衆電話から電話がかかってくる
⑥電話に出て「太郎くん太郎くん、ようこそわたしの家へ」と言う。
⑦太郎くんが返事をして、用意していた男の子の人形に入り込む。
⑧男の子の人形に入り込んだ太郎くんが自分の名前を呼び、遊びましょと誘ってくる。
⑨男の子の人形に返事を返し、抱きしめる。太郎くんとの契約成立。
⑩生贄にしたいモノの名前を言い、太郎くんに叶えてほしいお願いを伝える。
『願い事の大きさに比例した生贄を用意すること』
!注意!
◉公衆電話の太郎くんからの着信を拒否してはいけない。
◉願い事の大きさと生贄の命の重さが釣り合わない時は、契約者の周りから太郎くんがそれ相応の生贄を選ぶ。
◉一度始めた太郎くんとの契約はいかなる場合も破棄できない。
・
「これ、わたしが読んだの……、これだ。人形のことも書いてある」
「じゃあやっぱり」
「うん、美咲さんがゆららさんで間違いないよね……、パスワードも開いたし」
「どういうことなんでしょうね」
「どういうこと、とは……?」
「だって、『公衆電話の太郎くん』は、ゆららさんが書いた創作都市伝説で間違いないってことですよね?」
「うん……」
『公衆電話の太郎くん』、そのフレーズを聴くと恐怖心が頭を
「創作した都市伝説が本当になっている。そして、それを書いた作者は行方不明。これってどういうことなんでしょうか」
「とりあえず」とカイリ君が席を立ち、リビングのローテーブルに移動する。わたしも急いでローテーブルに移動した。
——怖い。
そう思って今、ここにいる。
だから。
本当は向かい合って座るつもりなのに、なぜか自然と隣に腰を下ろす。いまこの瞬間は人の、生きている人の、温もりを感じていたい。カイリ君の横で、出来るだけ平常心を装って、テーブルの上、ノートに視線を向ける。
「まずは大元であるこのノートから見た方が良さそうですね」
「うん——」
ゆららさん——美咲さん——のノートには鉛筆でアイデアがびっしりと書かれていた。よく見ると、ボールペンはその上に書かれている。最初は鉛筆でアイデアを書き、それを見直している時はボールペンだった形跡。
「鉛筆で書いてあるものよりも、ボールペンで書いたものの方がより詳しく、より強力な設定になってますよね」
「うん……」
「注意事項なんて、怖すぎます。ほら、ここ。一度始めた太郎くんとの契約はいかなる場合も破棄できないって書き足してある」
それはわたしも怖いと思いながら読んだ。一度始めた契約は破棄できないとするならば、一生太郎くんに生贄を差し出さなきゃいけないのか。
「それに、ほらここも気になります。公衆電話の太郎くんからの着信を拒否してはいけないのところ。電話に出なかったらどうなるんでしょうね——」
低い音が喉の奥で鳴る。粘着質の液体を無理やりもう一度飲み込んで、カイリ君の顔を見た。カイリ君もわたしの方を向く。
「契約者の死だと、思いませんか?」
——契約者の死。
「そう考えれば、棚橋さんの言っていたこととも繋がります。ある特定の人、その人の人間関係の中で頻発する不審死。そして最後はその本人の不審死。棚橋さんはそう言っていました。もしも電話に出なかったとしたら契約者が死ぬ。契約者の命を太郎くんが生贄の代わりに持ち去るとしたら、繋がると思いませんか?」
カイリ君はまたノートに視線を移す。
——瞬間。
ずうぅんと部屋の空気が一気に重たく感じる。
押し寄せる嫌悪感。
微かに始まる耳鳴り。
キィィィンというその高音はだんだん大きくなり始め——。
「頭が、痛い……」
「真矢ちゃん大丈夫ですか?」
「う、ん……」
「酷い顔色してます」
「そ、お……?」
頭が痛い。
割れるように痛い。
それに耳鳴りがどんどん酷くなっている。
「真矢ちゃん?」
すぐ隣にいるのに。
カイリ君の呼ぶ声が遠く感じる。
——ダメだ……。この場所にこれ以上いたら……ダメかも知れない……。
カイリ君が何か言っている。でも頭の中に内容が入ってこない。それでも必死に聴きとる。
「真矢ちゃん? もう遅いし、今日はこの辺にしてこのノートとパソコンお借りしていきましょうか? この部屋ネットがつながってないみたいだし、真矢ちゃんの具合が心配です」
「う、ん……。そうしたい」
絞り出すように答え目を閉じた。
この部屋にこれ以上居たくない。
でも——。
——運転、できるかな……。
頭が痛い。身体が凍えるように冷えてガタガタと震え始めている。指先は驚くほど冷たいくせに、手にはじっとりと汗をかいている。自宅まで約一時間。運転できる自信がない。それに、カイリ君は免許がない。
「あった。ほらここ。近くにホテルを見つけました。今日はそこに引き上げて、明日また再開する。それでどうですか?」
声が聞こえ、目を閉じたまま「うん」と短く答えた。いまから一時間、車の運転をするよりも、その方が現実的。そう思った。
——思ったけど。
美咲さんのアパートを出て、カイリ君のスマホのナビに従って、なんとか車を運転して到着した場所は、ラブホテルだった——。
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