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 中嶋さんの家は落ち着いた雰囲気の住宅街にあった。建売の戸建て住宅が建ち並ぶ、古い新興住宅街。家々の窓には明かりが灯っているけれど、どことなくひっそりとしている。子育てが終わった世代が住む街。そんな印象を持った。家が建ち並ぶ細い坂道を慎重に進み、ナビが示す場所の手前で車を停める。


「車をここに停めていいかどうか、聞かなくちゃね」

「でも見たところ問題なさそうですよ、ほら」


 カイリ君が「ほら」と差す前方には青い電気自動車が一台。確かに、通行の妨げにならなければ大丈夫かもしれないとエンジンを切った。静かな夜の住宅街。車のエンジン音も騒音になってしまう。それと——。


「手土産を持って来ていないけど——」

「それは、もうしょうがないですよね。というか、真矢ちゃんしっかりしてますね」

「一応、そういうのはね。てか、カイリ君がしっかりしてないんだってば」

「はいはい。僕、そういうのはちょっと苦手で。でもご安心を。丁寧な話し方なら多分できるので」


 ——心配だ……。


「では、行きましょうか」とカイリ君が車を降り、わたしもコートと鞄を手に取り車を降りた。車のロックをかけるピッピという小さな音が辺りに響く。中嶋さんの家はクリーム色をした一般住宅で、どことなく薄暗かった。


「ねぇ、お留守かもよ?」

「大丈夫です。お電話してあるので」


 カイリ君はわたしの心配をよそにインターフォンを鳴らす。すぐに「はい」と女性の声が聞こえ、「先ほどお電話したものです」と、びっくりするほど丁寧にカイリ君は伝えた。低音ボイスでそう思っただけではない。ゆっくりと落ち着きのある話し方だった。


「できるんだ、そういう話し方」

「もちろん。文章だって丁寧に書けます」


 ——そういえばコメント欄のやり取り、いつも丁寧だったな。


 登録している小説サイトのアカウント名、百鬼花入なぎりかいり。わたしの中の通称『花さん』は、丁寧な文章でコメントをくれる印象だった。


 門を抜け玄関に着く、と同時にドアがゆっくりと開いた。ふわっと鼻先にウッディ系の香りが触れる。森林の香り。心が落ち着くような、煙草とは正反対の香りに、自分の身体から煙草の匂いが消えているかが気になった。


「夜分に失礼いたします——」と二人同時に頭を下げ、顔を上げたところで「あら、あなたは——」と声をかけられる。清潔感のある短いシルバーヘアー。六十代くらいの品のいい女性。その顔にわたしも見覚えがあった。


「先日さっちゃん先生のご葬儀で、司会をされていた方ですよね?」

「あ——、先日は——」


 カイリ君がこちらに視線を向ける。その後ですかさず口を開く。


「もしかしてお知り合いでしたか? 実は僕は東京から来ておりまして。彼女は僕の運転手として一時的に協力してくれている友人です」

「そうでしたか。まさか、あの時の司会者さんがいらっしゃるなんて思ってもみなかったもので。さ、立ち話もなんですので、どうぞ、お入りくださいませ」


 目配せで「どういうこと?」とカイリ君に投げかける。「さあ、僕にもさっぱり」と心の声が聞こえ、身を引き締めた。ご葬儀の会場でお会いした女性。なお一層のこと失礼があってはいけない。司会者は葬儀場の顔でもあるのだから。でも——。


 ——頭が葬儀会社ですよ。


 カイリ君に言われた言葉を思い出し、きゅっと唇に力を入れた。


 玄関に入ると靴箱の上にはクリスマスのしつらえがしてあった。青い布が敷かれ、その上には手作りの人形。真っ赤なリンゴに淡い黄色の蝋燭が立ててある。壁に掛かる葉っぱだけで作ったリースを見て、さっき感じた森の香りの正体が分かった。


「素敵」と声が漏れる。それに気づいた中嶋さんが振り向き微笑んだ。


「毎年飾っているんですよ。お客様はそうそうこないけれど、それでもね。そのお人形もさっちゃん先生に教えてもらって」


 さっちゃん先生。

 先日ご葬儀を担当した(故)中村幸代さんのことだ。


「さ、どうぞこちらへ」とご案内されたリビングは、わたしの実家と違い余計なものが少なくて、どことなく薄暗かった。視線を動かす。奥の部屋には読書灯がついた椅子。優しい光に包まれた家の中は静かだった。


「おかけになって」と、声をかけられ会釈を返す。勧められたソファには、落ち着いた色合いのパッチワークカバーが掛かっていた。これもきっとお手製のものだ。


 ——丁寧な暮らし。


 ふと頭にそう思い浮かび、なるほど確かにと妙に納得し腰を下ろした。中村家のご葬儀。息子さんは知らなかったけれど、故人であるお母様にはお友達の方が沢山いらっしゃった。お人形作りを通じて知り合ったという弔問客の皆様は、品の良さそうな奥様ばかりだったことを思い出す——。


 ——その中でも中嶋さんはお若い方で。


「それで、娘の行方を探してくださるということで——」


 声が聞こえ、はっと意識を戻す。「ええ」と隣に座るカイリ君が落ち着いた声で答える。紅茶ポットとカップを持った中嶋さんが台所から戻り、向かい側に座った。


「お茶でよろしいかしら」と中嶋さん。

「いい香りですね」とカイリ君。


「ハーブティーはお好き?」

「はい。カフェインよりも好きです。夜ですし——」

「そうですわね、夜にカフェインは。お口に合うといいのですけれど」

「もしかして、お手製ですか?」

「ええ。庭で摘んだハーブを」

「それは楽しみです」


 ——やればできるんだ……。


 カイリ君はゆっくりと丁寧に会話している。二人でいる時とまるで別人で、お仕事モードに驚いた。


 ——でもそんなことを言えば、わたしもか。


 二人のやりとりを聴きながら視線を動かす。

 暖色の明かり。

 その殆どは間接的な照明で。

 それに。

 この家にはテレビがない——。


 ——静かな世界、丁寧な暮らし。


 そして、不意に感じる違和感。

 行方不明の娘、美咲さんとのギャップ。

 不倫、堕胎、失踪。

 この家からも中嶋さん本人からも、真逆のイメージを持つ。


「それで——」


 会話の導入、アイスブレイクが終了したカイリ君がゆっくりと切り出す。


「娘さんのことについて、教えていただけますか?」









 

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