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 午後八時。相田金属に到着。相田金属はコンクリート塀に囲まれた広末工業とは違い、駐車場から社屋までが見渡せる。白いバンが駐車場に停車するのを横目に一旦通り過ぎ、ぐるりと一周して目立たない場所に車を停めた。助手席のカイリ君を見遣る。黒服。でもいつもとは違う装いにメガネ。


「本当に探偵みたい」

「でしょ?」


 ここに来るまでの間、カイリ君と作戦会議をした。


 ——で、相田金属に人がいるとして、どうやって聞くの?

 ——真矢ちゃんは喫茶店で顔が割れてしまったので、やめておいた方がいいでしょうね。

 ——じゃあカイリ君が? その変な格好で?

 ——失礼な。パリコレデザイナーキサキマツシタですよ?

 ——はいはい。でもそんな格好の人いないから変質者だと思われちゃうよ?

 ——ふふふ。前回はそれで失敗したので僕も学びました。

 ——学んだとは?

 ——この上着を脱ぐと、ほら!

 ——黒いシャツに黒いズボン?

 ——普通の黒シャツを着てきました。それにこれをかけると、ほら!

 ——黒縁メガネ?

 ——しかもこれを作ってきたんですよね。


 高速道路運転中は確認不可。でも車が停車した今ならちゃんと読めるその名刺。


『佐藤探偵事務所 調査員:佐藤カイリ』


「なんでまた、佐藤?」

「日本全国佐藤さんは多い名字ですから」

「なるほど——」


 改めてカイリ君をまじまじと見る。普通の黒いカッターシャツに身を包み、黒縁メガネをかけて髪を後ろで結んだ姿は、確かに探偵事務所の人に見える気がした。もう一度「探偵みたい」と声が漏れる。それにしても——。


「目立つかもね」

「そうですか?」

「隠せないビジュアルが」

「ああ、もうそれは仕方ないので、だから結構太い黒縁メガネをですね——」

「はいはい」


 ——自意識過剰男。


 嫌いなタイプ。でもカイリ君に関して今は、嫌悪感を感じない。


「それで、誰に聞くつもり?」

「見たところ社内に人はまだいますよね。あそこが入り口。その横にあるガラス窓が事務所っぽいですよね」


 確かに事務所っぽく見える。紫の人、それも女性が机に座って事務仕事をしている。少し太めの女性。年齢は五十代といったところか。


「あの女性に声をかけてみます」

「大丈夫かな?」

「自信はありますね」

「ふうん」

「なんですか? その吐き捨てるような言い方は?」

「別に。あ、席を立った——」

「帰るんでしょうか。じゃあ早速僕行ってきます」


 助手席のドアが開き外の冷気が流れ込んできた。カイリ君が車を降り、「じゃ」とわたしに短く言った後でドアが閉まる。コートも羽織らず寒いだろうなと、その後ろ姿を見ながら思った。


 ——また、ひとりになってしまった。


 急に寒さを覚える社内。

 それはきっとさっきドアを開けたせい。

 でも——。

 後部座席が怖い。


 ——やめて。そんなの妄想だし。


 でも——と、バックミラーに視線を向ける。道路脇。何台か白い社用車が路肩駐車してある。工業団地なのか、周りには工場のような建物が多い。トラックが停車している駐車場。電柱には白々しい蛍光灯。明かりのついている建物もいくつかある。


 でも、しかし。

 もう夜の八時を過ぎているわけで——。

 人通りはほとんどない。


 ぶるっと身震いがして視線をバックミラーから外した。すぐに相田金属を見る。相田金属の社内は明るく、紫色の人達が青い箱を運んでいる。駐車場を行き来する黄色いリフト。そのリフトの上にも青い箱が乗っていて。


 ——ちゃんと生きた人間が動いている。


「ふう〜」と息を吐き「しっかりしろよ」と声に出す。大丈夫、何も起こるわけない。そう思いたい。でも。


 美琴ちゃんの最後が不意に脳裏に浮かび上がり頭を振る。


 カイリ君はいつ帰ってくるか分からない。

 ならばとスマホを取り出し動画検索。

 できるだけ可愛いものを。

 できるだけお馬鹿なものを。

 できるだけ、気が紛れるものを——。


 できるだけ——。


 そう思ってYouTubeを開いたのに、出てきた画面には『都市伝説』の四文字があって——。


 思わずスマホをブラックアウトした。


 ——なんで都市伝説……。スマホで検索してたから?


『公衆電話の太郎くん』の話を聞いて、自分なりに調べてみようと思った時があった。美琴ちゃんと最初にあった日。カイリ君と駐車場で話した夜。仕事の合間、隙間時間になんとなく検索をかけた。その履歴が反映して——。


「最悪だ——」


 スマホを見えない場所に置き、カーラジオを付ける。最近流行のミュージック。男性ボーカルのアップテンポの曲が流れほっとした。カイリ君はいつ戻ってくるだろうか。はやく戻って来て欲しい。わたしをひとりにしないで欲しい。


 ——お願いだから、はやく戻って来て。


 願いながら金属工場を見つめる。

 カイリ君の姿は見えない。

 紫色の女性の姿も見えない。


 時間の流れがやけに遅く感じ時計を見る。

 まだカイリ君が車を降りて十分も経っていない。

 カーラジオから流れるMCの声を聴きながら。

 リスナーさんからのメッセージを聴きながら。

 時折入る雑音を聴きながら。


 ただただ頭を無にして、カイリ君の帰りを待った。

 

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