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「それで、敬太さんのことなんですが——」
「敬太のことね。奥さんの関係者ってことはあれ? 女について聞きたい的な? そういう感じですよねきっと」
「そ、そうです——」
「それしかないだろうなって思いましたよ。メールを読んで。真矢さんでしたっけ、あなた女性だしね」
「そうなんですか」
「そりゃそうですよ。あいつ、いや、死んだ同僚をあいつなんてダメですよね。あはは」
「ははは……」
——こっちから聞かなくてもベラベラ喋ってくれる系の人。
向かいの席で煙草の煙を吐き出しながら小林さんは続ける。
「ここだけの話。あいつめちゃくちゃ女癖が悪くて」
「え?」
「いやほんとまじで凄くて。あいつ顔も良いし背も高いし、取引先の従業員を喰ったネタで何回酒呑んだことか。あ、いや俺はそんなことしないっすけどね。敬太はあなたみたいな綺麗系の女が好きでしたね」
「そうなんですか?」
「そうそう。俺が知ってるだけでも——」
名前を言いながらぷっくりとした指を何本か折り曲げ「六人くらいは知ってるなぁ」と小林さんは言った。
横から無言でコトンと置かれるコーヒーカップ。「どうも」と小林さんが店員さんに声をかけ煙草をもみ消す。その後で「あちち」と言いながら珈琲を一口啜ってまたソーサーに戻した。黒い液体が静かに波打つ。それを見てわたしも珈琲を口に含んだ。
——冷めても美味しい。ちゃんと淹れてる珈琲。
わたしが珈琲を飲んでいる間も小林さんは話し続ける。
「あちこちに女いるし。お前、よく嫁にバレないなって言ったことあるんですよね。そしたらあいつなんて言ったと思います?」
「さぁ……?」
「嫁にはこまめにLINEして、やることやってるから大丈夫だって。まあそれで念願の二人目ができたのにあんなことになっちゃって。かわいそうっちゃかわいそうですよね。酷い事件でしたもんね〜」
「ですよね……」
——鈴木啓太、三十八歳。享年三十九歳。女癖最低。同僚も最悪。
話を聞きながら脳内にメモ書きが増えていく。小林さんは二本目の煙草に火を付けて「ずっと我慢してたもんで」と、嬉しそうに煙を吸い込んだ。
「はぁ〜生き返るわ。それにしても酷い事件でしたよね。で、何が聞きたいんでしたっけ?」
「あ、えっと——」
——女性に恨まれる人だということはわかった。ということは。
「お付き合いしていた方で小林さんが知っている方はいらっしゃいますか?」
「ああ、何人かは。でも過去からって言われると何人前まで? って考えちゃうけど。それに全部は覚えてないなぁ〜」
背もたれに腕を投げ出し「死ぬ前だとあれかなぁ〜」と言いながら考える素振り。と、不意に「おお!」と手をあげ小林さんは「お疲れ〜」と、わたしの向こうに向かって声をかけた。振り向くと紫色のジャンバーを着た男性がこちらに向かって歩いてくるのが見える。
「お疲れ様っす〜」
「林田君も一服タイム?」
「みつかっちゃいましたか〜。まだ作業員は選別作業中なんで、どうかどうか、ご内密に。ここで見たって内緒にしといてくださいね〜」
「あはは。抜け出してきたな。それにまた不具合〜? 勘弁してよ〜」
「本当、そこは、すいません」
「全然俺は良いけどね〜」
紫のジャンバーに『相田金属』と社名が書いてある。どうやら仕事関係の知り合いらしく、わたしの知らない単語を使い会話をしている。
——金型が
——品番256Gか
——絞り加工で
——クラックが?
——混入してて
——ああ、そういえば林田君も仲良かったよね?
——誰っすか?
——鈴木啓太
——ああ、鈴木さん。え? てかなんでいま鈴木さんすか?
「この人、敬太の女関係知りたくて俺に会いに来たんだって」
急に話を振られ「あ、どうも」と頭を下げる。紫色のジャンバーを着た男性は見たところ四十代。ラガーマンタイプの小林さんとは違い、少し細めの男性だった。小林さんが席を詰め、あいた場所になぜか林田君と呼ばれた男性も腰掛け、煙草を吸いながら二人は会話を続ける。
——最悪。
副流煙製造装置がひとつ増えてしまった。できるだけ吸う息を少なくして、その話を聞く。
「そういや、林田君とこの事務員も敬太の女だったよね」
「え? うちの事務員?」
「なになに? 林田君知らなかった? ほら、いたじゃん。事務員に綺麗な子。スタイルが良くてさぁ〜いつもバッチリメイクの」
「スタイル? あ、あああ〜。やめましたけどね」
「え? そうなの?」
「急にっすよ。ちょうど一年前」
「年末に〜? ないわ〜」
「ですよね〜。失踪したみたいなんすけどね」
「そうなの?」
「そうっすよ。あ、そういやその日、鈴木さんの事件の日ですわ。気分が悪いってトイレに行って。そんでそのまま消えたんすよ。もう大変でしたって。総務も実家に連絡したり色々したんすけど。結局そのまま。そういや、そんなことあったあった」
——鈴木さんの事件の日から失踪した元カノ?
「いまだから言うけど、その
「まじっすか、それは知らなかったっす」
「何年も前だけど。最低だよな、本当」
「そういう小林さんも気を付けてくださいよ〜」
「あはは、俺はないない」
「それで」と、こちらを見た小林さんは、ニタリと気味の悪い微笑みを浮かべ、「場所変えて飯でも食いながらどう?」と、わたしを誘った。煙草の煙もこの会話も雰囲気も何もかももう限界だと席を立つ。
「すいません。この後用事があるもので」
「そう?」と少し不満げな顔になるのを笑顔で
「本日はお忙しい中お話を聞かせてくださって、誠にありがとうございました。また何かありましたらご連絡させていただきます」
深々と頭を下げ、軽い会話を少ししてから自分の分の珈琲代を払い店を出た。カランコロンと『喫茶キャビン』のドアが閉まる。
「はぁあぁあああ〜」
すぐに肺に溜まってる全ての空気を吐き出し、その後で冷たい外の空気を思いっきり吸い込んだ。
外の新鮮な空気がこんなに美味しいと思ったのは久しぶりだった。
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