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「それにしても、なんで勤務先へ?」

「棚橋さんが調べてくれた情報によると、事件現場の自宅は今もそのままの状態で残っていますが、誰も住んでいません。それに鈴木さんのご遺族に話を訊くなんて無理でしょ?」


「確かに——」それは考える以前の問題。


「公衆電話の太郎くん、原作はもうネット上では読めないし。実在する人間から辿るとなると、犯人の鷺沼の発言になると思ったんです」

「なるほど」

「棚橋さん曰く、鷺沼はこう云っていたそうです。報道されている内容ともかぶるんですが、鷺沼は夫、敬太さんの中学校時代の同級生。同じバスケ部だったそうです。本来ならば鷺沼は敬太さんと一緒の高校に進む予定だった。バスケの強豪校で有名らしいですよ、その高校」

「あ、それは知ってる」

「そっか。知ってますよね。真矢ちゃんも同じ県内ですもんね」


 被害者の鈴木さんが通っていた高校は県内でも有名なバスケ強豪校。男子寮も学校の隣にあって、県外から入学する生徒もいる。その高校の男バスは他校の女子からも人気が高い。あわよくば出会いがあって、彼女に。なんて考えて試合を見に行った同級生——京子——もいた。


「鷺沼もそこに行く予定だったけど怪我が原因で行けなくなったらしいです。その怪我の原因を作ったのが、どうやら鈴木さんだったようで」

「あ、それはニュースで見た事がある」

「そうやって報道していましたよね。鷺沼はその怪我が原因でバスケの推薦を辞退。それから目的を見失って堕落していった。だから、その積年の恨みが爆発してと、確かそうやって報道されていました」

「じゃあ、やっぱりそれが原因——」

「それが原因、でしょうね。犯行の動機は。でも——」


「ここからは詳しく報道されていない話です」と前置きしてカイリ君は話を続ける。


「鷺沼は実家の自室に引き籠り、ってのは報道されていましたよね。それであの事件の前も自室のパソコンで、ネットの掲示板に社会に対しての不満を書き綴っていたそうです」

「社会に対しての不満——」

「そういうの真矢ちゃんは読みますか?」

「掲示板、それも匿名の掲示板でしょ? 読まないな。だって、悪意に悪意が膨らんで嫌な気分になるもん」

「ですよね〜。僕もあんまり読まないんですけど。棚橋さんから訊いた話だと、鷺沼曰く、その時声が訊こえてきたと」

「声——?」

「女性の笑い声だったそうです。あははうふふって声が聞こえきて。それで堪らなくなってアダルトサイトに飛んだらしいです」

「うわぁ……」


 想像するだけで気持ち悪い。テレビで見た犯人の顔を思い出す。不潔そうに伸びた髪。痩せこけた浅黒い顔。目は落ち窪みひどいくまができていた。いかにもといった風貌——。


「で?」気持ち悪さを飲み込んで続きを促す。


「そしたら視えたそうです」

「視えた——?」

「はい。アダルトサイトのはずなのに、自分が幸せそうに生きる姿が視えたそうです。仕事をバリバリこなす自分の姿、裕福な暮らし、恋人ができて結婚、子供が生まれ幸せそうな四人家族。そんな自分が視えて、これが欲しいかって訊かれたらしいんですよね」

「これが欲しいか? 聞かれたって誰に?」

「太郎くんにです」

「た、太郎くん?!」


 思わず声と腕が上擦った。揺れる車体。ハンドルを握り直し車体を正常な位置に戻す。大きな幹線道路で良かった。ただ真っ直ぐ走れば良いだけだから。それにしても——。


 まだ胸がどくんと波打っている。

 太郎くんに訊かれた——。

 犯人がそう云った——。


「それを手に入れるためには生贄を捧げろと指示があって、それで犯行に及んだそうです。お腹の中に胎児がいたことも知ってたみたいですよ」

「知ってた? 犯人が?」

「犯人が、というか、太郎くんがそう云ったそうです」

「信じられない……」

「ですよね。というわけで、よくあるパターン。犯人鷺沼は責任能力を調べるために精神鑑定へ」

「なるほど——」

「だから実在する人間で太郎くんの名前を出した人物は、鈴木さん一家を惨殺した犯人の鷺沼。その理由も含め、ならば最初は夫の敬太さん、その線からかなと思って。実は僕、以前から調べてたんですよね。でも全然ダメで」

「ダメというのは?」

「なんというか、僕、そういう聞き込みみたいなこと苦手みたいで。ほら、僕って変に目立つでしょ?」


 ——でたな、自意識過剰男。


「そだね」

「なんですか? その吐き捨てるような云い方」

「別に。それで?」

「警察としては犯人は逮捕されているし、動機も十分。敬太さんの人間関係まで詳しくは調べていないと。事件に関係ないですからね、そこは表向き」

「表向き——」

「だって、公衆電話の太郎くんの呪い? みたいなこと、誰も信じないじゃないですか」

「それもそっか——」

「刑事の棚橋さんだって未だ半信半疑ですよ」

「なるほど」


 普通の人間は呪いで人が死ぬ、もしくは都市伝説に指示されて人を殺すなんて思うわけない。現にわたしもそう思っていた。それに——。


 確かに犯人は自首をして逮捕されている。犯行動機も積年の恨み。警察もそれ以上は調べないのかも知れない。


「だからネットで鈴木啓太さんについて調べたんですけど、奥さんのInstagramは出てきても、敬太さんはなくて。それで会社に聞き込みに行ったら、追い返されました」

「その格好じゃあね——」

「あ、それ僕も思って。この格好が悪いのかなぁって。だから普通のスーツでも行ってみたけど、やっぱり変に目立っちゃって」

「目立つ……」

「目立つんですよね〜。これはもうしょうがないんですけど。それで、刑事の棚橋さんなら普通のおじさんだし、聞き込みは慣れてるかなって思って。でも残念ながら来れなくて。だから真矢ちゃんが電話してきてくれて良かったです」


 なぜかこちらに顔を向け微笑むカイリ君が視界の隅で見える。変な微笑み。嫌な予感。でも——。


「それはどういう意味で?」と続きを促す。


「真矢ちゃんが訊く方が、僕よりも信頼性がありそうな気がして」

「聞く? 何を? 誰に?」

「敬太さんの同僚を捕まえてありますので、その人に敬太さんの交友関係、特に女性関係について訊いてもらおうかなと」

「はぁ〜?」

「ちょっと、前、前! 信号赤ですよ!」

「え? おわわっ!」


 忙いでブレーキを踏む。危なかった。前方車との距離わずか。思いも寄らない事を言われ、ついカイリ君の方を見てしまった。信号待ち。カイリ君の顔を改めて見て問いただす。


「わたしが聞くってどういうこと?」

「そのままですよ? Facebookで敬太さんと同じ会社の同じ営業部の人を見つけました。真矢ちゃんの名前で話が訊きたいと連絡してあるので、その人、えっと確か小林さんという方です。その小林さんに敬太さんの女性関係について訊いてみてください」

「ちょっと待って。わたしの名前でって。わたしFacebookやってないよ?」

「新幹線に乗ってる間に僕が作っておきました。いわゆる成りすましというやつですね」

「し、信じられない!」

「すぐにできちゃいました。大丈夫。顔写真は使っていませんよ」

「そういう問題じゃない〜!」

「あ、信号青です」


 ——なんてこと。そんなことができるなんて。でも、手掛かりを探すためには致し方ないのか?


 グッと怒りを抑え込む。何か手掛かりがなければ糸口は見つからない。そう考えるとしょうがない気もする。


「百歩譲って良しとして。Facebookのメールとかで聞けば良かったじゃん」

「どうやって?」

「敬太さんの女性関係教えてくださいって」


「真矢ちゃんの名前で?」と、少し考えるような間の後でカイリ君は話を続ける。


「さすがにそれはまずいですよね。だってそれ質問しちゃったら、真矢ちゃんが鈴木さんと何か関係があったのかな? って思われるじゃないですか。ネットの世界は怖いですよ?」


 ——ネットの世界は怖い。その通りだよカイリ君……。


「Facebookで二階堂真矢に成りすましてる。その時点でアウトでしょ!?」

「だからやはりそこは、真矢ちゃんの了解を得ないと」

「ねぇ、わたしの話聞いてる?」

「だから僕が勝手にメールで質問を、ということはできませんよ。それに小林さん、すぐに返信をくれたので良かったです。すごく協力的な方のようです。良かったですね」

「良かったですねって、あのねぇ?」

「公衆電話の太郎くんを解決するため、致し方なく。どうぞ、普段着でもお気遣いなく」

「それはカイリ君が言うセリフじゃない気がする」

「そうですか? あ、次の信号右みたいです」

「目的地の会社はこの通り沿いだよ?」

「待ち合わせしているのは広末工業の裏にある喫茶店です」

「なるほど——?」


 テンポの良い会話。綺麗な夕焼けと助手席に変だけど、美しい男性。家で鬱々として、怖い怖いと恐怖に飲み込まれ引き篭もってるよりは百倍良い。良い、はず——。


 ——はずだけど。


「あ、そこを右ですよ」

「わかってる!」


 ハンドルを右に切りながら思った。


 ——わたし、完全にカイリ君のペースに巻き込まれてる。

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