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「これは棚橋さんが調べていて分かったことなんですけど。不審死が起こると、その周りでまた不審死が起きるんです」
「どういうこと?」
「例えばAさんがここに書いてあるような死に方をしたとします。そうすると周りで同じような不審死が相次いで起こる。いや、その言い方は違うか。特定の誰かを中心とした繋がり、人間関係。そういう話でした。例えばインフルエンザみたいに。感染者が誰かの周りに増えていくみたいな感じだと云っていました。ただし、場所はあちこち移動する」
「あちこち——」
「はい。感染症は接触することで感染しますよね。でもこれは違う。そばにいないけれど感染する。特定の人を中心にして」
「でもそうなると、その中心の人を特定できたらその人が犯人ってことにならないの?」
「物的証拠、ないんですよね」
「あ……、なるほど……」妙に納得してしまう。そんな自分にかぶりを振った。
——あり得ないから。そんなこと。
カイリ君はそんなわたしの心中は知らず、話を続ける。
「そして最後はその特定した人も死んでいる。その殆どは自殺で処理されています。さっき見せたみたいな、不審な自殺です。首に締められたような跡があるのに、密室。大概は一人でいる時に死んでいる。だから自殺扱いもしくは捜査中」
密室で自殺——。
でも——。
美琴ちゃんも云っていた。
わたしも、それを知っている。
美琴ちゃんの友人、二人の相次ぐ死。
不審な死。
そのご葬儀を担当した。
最初に飛び降り自殺をした女子高生。
立花莉子さん、享年十七歳。
自宅で亡くなっていた女子高生の名前。
山田遙さん、享年十七歳。
目蓋を閉じてもまた目を開けるご遺体。
血走った虚な眼。
何かを見て怯えているような、あの眼。
それと締められたような首の跡——。
思い出すのも辛いと窓の外を見た。
名残りの陽の光。
黒い雲に陰影をつけている。
葉のない街路樹。
街頭の光とコンビニの明かり。
車が通り過ぎる二車線道路。
外はすっかり暗くなっている。
車のライトが流れる様子を見ていると、「どうですかこれを見て——」とカイリ君が訪ねてきた。その声に重なって鞄の中から振動音が聞こえる。自分のスマホ。誰かからの着信。咄嗟に思う——仕事の電話。それは誰かが亡くなったということ。
「ちょっと待って——」と云いながらスマホを鞄から取り出すと、美琴ちゃんからの着信だった。このタイミングで美琴ちゃん。絶妙のタイミング。気持ち悪さを覚えるが無視できない。恐る恐る通話ボタンを押し、口元を手で覆いながら応答する。
「もしもし——?」
『はっはっはっ……もっ、もしもし……ま、はっはっ、真矢さん、ですか……?』
震える声。
激しい息遣いにガサガサという雑音。
——走ってる?
「うん、美琴ちゃんどうかした?」
『いま、いま……、ど、どこにいますか……』
耳障りな雑音で聞き取りにくい。
でも——。
「いまねファミレスだよ。駅前のコスト。なんかあったの?」
『す、すぐ、近くに……いますっ! そっちに、今から……行ってもいいですかっ……』
——ザザザッ……ザザザザザッ
不快な雑音。
その向こう。
途切れ途切れ、美琴ちゃんの声が聞こえる。
『……の……したら……い……』
「もしもし?」
『こ……でん……かかって……』
「美琴ちゃん? ごめん、雑音が酷くて聞こえないんだけど——」
「ねえ、あそこ見て」向かいの席から聞こえるカイリ君の声。「え?」とスマホを耳に当てながら指差す方を見る。窓の外、街頭の光の下、反対車線を走る女の子。紺色のダッフルコートを着た女子高生がこちらに向かい走ってくるのが見える——。
「美琴ちゃん?」
道路の向こう側。
何かから逃げるように後ろを振り向きながら走る少女。
——ザザザッ……ザザザザザッ
電話の向こう。
聞こえる雑音。
美琴ちゃんの意味不明な言葉は聞き取れない。
美琴ちゃんは尋常じゃない様子で——。
「美琴ちゃん、大丈夫?」と思わず立ち上がる。
スマホの受話口から聞こえる声。
聞き取りにくい声は叫び声に変わっている。
『たぁ……けっ……やぁぁ…………こなぁぁい……——』
反対車線に足を踏み入れ道路を横切りこちらに向かって走ってくる美琴ちゃんの姿。鞄を振り回し、気が狂ったように何かと——視えない——何かと戦ってるように見える——。車が行き交う道路。危険、そう思うけれどどうすることもできない。車を避け道路を渡り終わるまであと数メートルか——。
「危ないっ!」窓ガラスを叩きカイリ君が叫ぶ。
——刹那。
激しいブレーキ音。
大型トラックが——。
衝撃音と共に美琴ちゃんの姿が消え——。
——バンッ!!!
目の前に美琴ちゃんが。
美琴ちゃんが窓ガラスに打ち付けられて——。
ひしゃげた顔。
スローモーションで落ちていく美琴ちゃんと目が合う。
真っ赤に染まる窓ガラス——。
美琴ちゃんの手の跡が下に伸びていく。
叫び声があがる店内。
今起きた事が信じられなくて固まる身体。
「い……いや……」我知らず漏れる声。身体の力が抜けていく。
手から落ちていくスマホ。
いや、落ちていくのはわたしの身体か——。
カイリ君がわたしを呼ぶ声が遠くから聞こえる。
でも——。
しかし——。
高音の耳鳴りに襲われて。
わたしはしばらく動けなかった。
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