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「この近く——」自然に声が漏れる。


 ——でも、ちょっと待って。冷静に考えてみて創作した都市伝説が本当になるなんてことはあり得ないでしょ?


 カイリ君はパソコンの向きを周囲から見えないように少し変え、トラックパッドを指でなぞった。切り替わる画面。そこには箇条書きで『公衆電話の太郎くん情報』が出ている。営業マンが商品を紹介するために作ったような画面。読んでと視線を投げかけられ目で追いその内容を読む。


【公衆電話の太郎くんについて】


①深夜二時から四時の間。緑の公衆電話から自分の携帯に電話をかける。

②公衆電話から自分の携帯に電話がかかってくる。

③電話に出て「ようこそ太郎くんわたしの家へ」のようなことを声に出して云う。

④願い事を云い、生贄にしたいモノの名前を云う。

⑤生贄が捧げられ、願いが叶う。


※男の子の人形を用意する? それが太郎くんの容れ物?


「僕が今まで調べて分かってることをまとめたものです。昨日の夜、真矢ちゃんに話をする為に作ってみました」


「へぇ……」とだけ返事をして頭の中で自問する。


 ——ゆららさんの書いた太郎くんの設定……。もうちょっと多かった気がする。いやでも待って。やっぱりあり得ないと思うよ、誰かが作った都市伝説が本当になるなんて。


「どうですか? 思い出してみてください。他にも確か注意事項があったはずですよね?」


 カイリ君の顔を見る。真剣な眼差し。それでもやっぱり信じられない。そんな現実的でないこと。あり得ない。もしあったとしたらそれはもう怪奇現象。霊とか、そういう類の話——。胸の奥から急激に湧き上がる嫌悪感。「誰かが——」と、画面を見ながら口が勝手に動き出す。


「創作した都市伝説が本当になって人が死ぬなんてこと、やっぱり考えられないよ。現実的にあるわけないって思う。たまたま偶然。例えばネットでそういう話を聞いてさもそれがあるように思い込んで。さらに例えばそれが元々鬱状態の人とかだったとして、思い込みが激しくて、自分で自分の首を絞めて死んだとか、歩道橋から飛び降りたとか。もしくは幻覚を視ちゃうような薬を飲んでたとか——」

「僕の知り合いは、僕の被害にあった知り合いは、そんな人じゃありませんでした!」


 カイリ君の怒り混じりの声にビクッと肩が震える。カイリ君は知り合いを亡くしている。それも大事な人を。そんなカイリ君に今の云い方はまずかったと素直に反省した。カイリ君もご遺族。そう思うと「ごめんなさい」と自然に言葉が漏れ出る。


「身近に亡くなった人がいるのに、嫌な云い方になっちゃってたよね……。本当に、ごめん」


「でも——」と、やっぱり自分はそういう類の話は信じられないと正直に話す。


「わたしは基本的にそういう眼に視えないものとか、信じないから。そういうのちょっとやっぱり理解できないな」

「じゃあ信じなくていいです。でも、協力してくれませんか?」

「きょ、協力?!」

「はい。できるだけ思い出して欲しいんです。それと、僕はこの辺の土地勘がありません。住んでるのは東京だし、車の免許もないんです」

「車の免許、え? じゃあ何回も斎場に来たりとかどうやって移動していたの?」


 車社会の地方都市。バスの本数も限られているし、電車も近くに走っていない。


「タクシー、もしくは徒歩で」

「た、タクシー……。そ、それは大変——」

「でしょ? 歩くのは慣れてるから平気だけど。さすがに鈴木家の事を調べたりとか、結構無理ゲーなんですよね」

「無理ゲー……」

「だから信じなくてもいいです。協力して欲しいんです。それに真矢ちゃんも高校生の女の子に相談されていますよね?」

「へ?」


 高校生の女の子。美琴ちゃんのことだろうか。


「なんで知ってるの?」

「キリンさんから聞きました」

「京子から?!」

「昨日の夜、キリンさんのTwitterにDM送ってみたんです。公衆電話の太郎くんのことで話がしたいって。そしたらわたしじゃなく真矢ちゃんにって。高校生の女の子からそのことで相談受けてるみたいだしって返信が」


 ——京子め……、なんでもこっちに振りやがって……。こちとら専業主婦じゃなくて仕事しとんじゃい!


 恨み節が湧き一瞬顔を顰める。でもすぐに顔を緩めカイリ君にやんわり断りを入れる。


「でもわたし仕事があるしね?」

「無い日もありますよね。終わってから今日みたいにとか」

「うん、あるにはあるけども。でも、ほら、そんな役に立つことないと思うよ。京子、あ、キリンさんのことね。京子はそういうの信じてるし視えないものが視える人らしいんだけど。わたしはそういうの全く信じないし。どっちかと言えば否定的。霊感とか、心霊現象とか、そういうのは嫌いというか。うん——」

「大丈夫ですよ。僕も基本信じてないし、霊感なんて皆無ですし」

「そうなの?!」


 ——じゃあなんでそんなに太郎くんに拘って……。


「視えないけれど、霊感なんてないけれど、でもこれは絶対におかしいです。そして解決できるものならしたい。これ以上、被害が出る前に」


「被害——」か。


「とりあえず、これも見てください」


 カイリ君はパソコンを操作し、今までに調べた『公衆電話の太郎くん』の被害だと思わしき情報をわたしに見せる。刑事の棚橋さんから得た情報やネットで得た情報。それが一覧となって画面上に現れる。


 不審な死の数々。

 あるものは自殺。

 あるものは他殺の疑いで捜査中の事件。

 年齢も様々で男女比率も様々。

 地域的には不統一。

 ただし突出して多い地域がひとつ。

 東京——。

 

 ——東京が多いのは刑事の棚橋さんがいるからなのかな。 


「共通しているのは首に赤い紐状の絞殺跡があること。それと目撃情報によれば、僕もですが……。意味不明な言葉を言いながら何かに怯え、逃げ惑いながら首を自分で絞めて死んでいくように視えること、ですね。それと——」


 ある特定の人間関係で起きてる可能性が高いとカイリ君は云った。






 

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