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何か頭に引っかかるものがある。最近そういう話を聞いたような——。
「あ、それってもしかして——」
「そう、まさに公衆電話の太郎くんですよ」
ということは、美琴ちゃんが部活の夏合宿で見つけて試聴した動画。もしかして同じもの——。
「その動画って、人形のことは——」
「言ってなかったです。僕も、それが気になって。でももう、ゆららさんのアカウントは消えていて原作を読んで確かめることはできないし。だから真矢ちゃんを探していたんです。記憶の擦り合わせをしたくて。それに——」
カイリ君の雰囲気が少し変化した。暖かい店内なのに空気が冷えた。そんな気がする。
「僕の知り合いも、被害にあったんです。きっと、そうだと僕は思っていて」
「被害……?」
「はい。僕の大事な人でした。一緒にいたんですよね。その瞬間、僕——」
今年の九月。東京都内の公園。一緒にいたカイリ君の大事な人——多分、彼女?——は、急に空を見上げて叫び出し、視えないものに襲われて——カイリ君にはそう見えた——最後は自分の首を自分で絞めて死んだという。
「視えないけれど、そこに何かがいるようだったんです。僕も嫌な気配を感じて。身体も思うように動かなくなったりして。それでも必死に彼女を止めたんだけど。細い身体なのに、物凄い力で自分の首を絞めて。どうしても、その手を首から解けなかった」
ご遺体の首には手の跡ではなく、縄で絞められたような跡がついていた。公園内には目撃者も多数いてカイリ君を疑う人はいなかった。それでも警察署で取り調べを受けたという——。
「それで、その時担当していた刑事さんと、何かあればと連絡先を交換したんですけどね。それから何度か連絡があって。同じように亡くなる人のケースが全国的に増えていると」
「ぜ、全国的に?!」
「はい。不審死という形にはなってますが、調べ始めたら同じようなケースがあったようで。それと——」
カイリ君はその刑事さん——名前は棚橋さん——から太郎くんの名前を聞いたらしい。
「一年前に起きた鈴木一家殺人事件。その事件で逮捕された犯人が言ってたそうなんです。殺人を儀式って言ったあの頭のいかれた犯人、鷺沼です。覚えていますか?」
無言で頷く。もちろんだ。被害者のご家族の葬儀はわたしの葬儀会社で執り行った。あの当時、その事件の記事は何度も何度も読んだ。警察に自首した時に言ったセリフ、「儀式は無事に全て成功した」は忘れたくても脳裏に焼き付いて離れない。そんな中二病みたいなセリフ。幼い子供まで切り刻むだなんて。あんな悲惨なお葬式、忘れるわけがない。我知らず拳を握りしめている自分に気づき、はっと顔をカイリ君に向ける。
「ごめん。あの事件のご葬儀思い出しちゃって——」
「真矢ちゃんの会社ですもんね、担当したの。真矢ちゃんの働いている葬儀社、しかも同じ県内だって調べて気づいた時、運命を感じました」
「う、運命……?」
「そうです。運命です。だって考えてもみてください。登録している小説サイト。そこで知り合った作家繋がり。あのゆららさんが書いた『公衆電話の太郎くん』を知ってる人は何人いたのか。僕が最後に見たフォロワー三人は
カイリ君はオレンジジュースをごくっと飲んでから「一気に話しすぎました」と息をついた。
「今日の朝、都市伝説芸人のリッキーさんが亡くなったと知って動揺してしまいました。すいません」
「それはでも……驚くよ。だって昨日深夜番組に出ていたわけだし——」
「はい。とても驚きました。で、やっぱりって思ったんですよね」
「や、やっぱり?」と声が上擦る。
「はい。リッキーさんも公衆電話の太郎くんを呼び出したんじゃないかって。実は僕、動画を試聴した時からずっとそう思ってて。それからなんですよね、リッキーさんがテレビに出て売れ始めたのって」
ぞわぞわっと身体中の毛穴という毛穴が粟だった。喉の奥で低い音が鳴り飲み込んだ粘着質の液体がゆっくりと体内に落ちていく。その時間がやけに長く感じた。背筋が凍る。きっとそれはこういうことを云う。
「真矢ちゃんは覚えてますか? あの話。生贄を差し出すと願いが叶っていくんですよね。その生贄の重さに応じてだったはず。金魚よりウサギ、ウサギより——」
「人間……」
「そうです。あの話はそういう話でした。僕はこう思ってるんです。リッキーさんは太郎くんを呼び出して生贄を差し出した。だからいきなりメディア露出が増えた。でも、死んでしまった。何かがあったんです。きっと公衆電話の太郎くんの設定上のルール違反か何かが。僕は朝からそう考えています。でもどうしても思い出せない。それに、僕の大事な人は、呼び出した方じゃなく生贄にされた方だと思っています。彼女は、そんな都市伝説絶対手を出さない。覚えていませんか? 公衆電話の太郎君、その設定を」
そう云われても——。
わたしもあまりはっきりと覚えていない。
人形を用意することは思い出した。
昨日と今日、葬儀場で手作りの人形を見ていたから。
でも——。
「思い出せませんか? 太郎くんの呼び出し方法。僕は、この状況をなんとかしたい。僕の大事な人を殺した公衆電話の太郎くん。この都市伝説をなんとしても止めたいんです。それに——」
カイリ君は深く息を吐いた後でこう云った。
「鷺沼が殺人を犯した鈴木家はここからさほど遠くない。きっと始まりはこの近くです」
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