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わたしのプライベートな情報に名前の漢字。それにこの態度。
——気に入らない。
眉間に皺を寄せれるだけ寄せて怪訝さを強調。「あんた誰?」と切り返す。こういう輩はたまにいる。イベント、結婚式、あろうことか葬儀場でも。古風な瓜実顔。和服が似合いそうな美人ですね、などと
——それにしても。
街頭に照らされた肌は透き通るように白く、端正な顔立ち。髪の毛を結んだ事でそれがはっきりと見て取れる。二十代前半、いや、もっと若いか。思わず見惚れて——
——いや待て、わたし。そういう事じゃないってば。
緩みかけた皺に力を入れ直す。この変質者を追い返すのが目的。それなのに見惚れている場合ではない。真っ直ぐにこちらを見つめる瞳を睨み返し、語気を強めてもう一度、「あんた誰」と訊く。
「僕の名前は
「は?」思わず聞き返す。
——名前を覚えてないか?
そんな変な名前、知り合いにいるはずがない。それに、このビジュアル。東京ならまだしも、こんな地方都市で見かけるレベルじゃない。不審者Xは「わかりませんか?」と首を傾げさらに続ける。
「百の鬼、花に入るって書いて、
「全然知らない」
「絶対知っていますよ。漢字四文字。そのイメージで思い出してみてください。何度もコメントでやりとりしたじゃないですか」
「コメント?」
「思い出せませんか? 百の鬼、花に入るで百鬼花入。ほら、エッセイで」
「へ?」と変な音階の声が出る。
エッセイのコメントでやりとり。なぎりかいり、聞いたことのない名前だ。頭の中で漢字四文字を思い浮かべる。
——鬼が百匹に、花、鼻? それと……
「見せたほうがはやいですよね。えっと——」
カイリと名乗る不審者はガサゴソとポケットからスマホを取り出すと、画面をタップしながらこちらに向かって歩き始めた。その距離数歩。何かあってはと、思わず身構える。目の前にきた彼は、スマホ画面を指差し「ほら、これ、僕です」と言った。訝しげに眉を上げ、そのスマホ画面を覗き込む。
自分が登録している小説サイト。
わたしの書いているエッセイのページ。
骨張った長い指が画面の上を滑る。
本文をスクロールしてタップ。
開かれたコメント欄。
《百鬼花入:20XX年9月3日 20:21 マヤちゃんこんばんわ。今回は大往生のお婆様のお葬式だったんですね。ご家族皆さんでお歌を歌われ、お見送り。沢山のお孫さんや曾孫さんに囲まれ、微笑んでいらっしゃる故人様のお顔を思わず思い浮かべてしまいました。私が知らないだけで、お葬式って本当に色々ですね!》
アカウント名『百鬼花入』。
それは確かにわたしのエッセイの読者さんで——。
「うそ、女の人じゃなかったの?!」驚き思わずスマホを奪う。読み返すコメントと、自分が書いた返信文。
《作者からの返信:花さんこんばんわ! そうなんです。ご家族それぞれに思いがありますからね。最後のお別れ、ご遺族の皆様のご希望をお伺いしています。今回はお孫さんたちがおばあちゃんに歌ってあげたいって企画したそうです。とても可愛い声が斎場に響き、いいお葬式でした。いつもコメントありがとうございます! マヤ魔界:20XX年9月5日 09:28》
「わたし、すっかり女の人だと思ってた。名前の読み方もわかんないから、花さんって呼んでたし——」
「真矢さんは僕のこと絶対女性だと思っていましたよね」
「だって、コメントだけ読んでると女の人だと思って。私って書いてあるし。近況ノートもお花の写真が多かったし。だから、わたしよりもだいぶ年上な女の人だとばかり……」
スマホから視線をあげ、まじまじと顔を見る。加藤さんが「芸能人?」と言うのも頷ける美男子。背も高い。それにモデルでもまかり通るスタイル——。
——本当にこの人が、仲良くコメントのやり取りをしていた花さん?
小説サイト。文字だけでは男性か女性かだけではなく年齢も不明。近況ノートやエッセイ、コメントのやり取り。明記してない限り、そこで出会う人の性別やイメージは自分の妄想であることは確か。でも——
「まじで?」
「まじです」
「本当に?」
「本当です」
「なんで?」
「なんでとは?」
「なんで最初に来た時にそうやって自己紹介しなかったの? わたし完全に不審者だと思ってたし。いや待て、その前に、どうしてここにわたしがいるってわかったの?」
「それはですね。キリンさんとマヤ魔界さんのコメントのやりとりを読んでて、きっとこの二人はリアルでも知り合いだろうなって予測したんですよね」
——キリン、京子のことだ。
「で?」と続きを促す。
「で、キリンさん小説サイトをTwitterに紐付けしてるから、そこからキリンさんのTwitterを覗きまして」
——美琴ちゃんもTwitterで京子を見つけたって、言っていた。
「それでキリンさんのFacebookに飛びまして」
——TwitterからFacebook……。京子、ダダ漏れじゃないか!
「それで色々記事を辿って行くうちに住んでいる地域とか、交友関係とかがわかりまして。その過去の記事の中にお子さんが生まれたっていうのがあって、そのお祝いに真矢ちゃんがきてくれた的な記事を見つけて——」
「ストーップ!」手を出しその先を制す。
聞いていて気分が悪くなってきた。SNS、そういうのが嫌いで極力やっていないのに。盲点。リアルな繋がりの糸口を見つけ、探そうと思えば探し出せてしまうのか——。
「怖ッ! そしてキモッ!」
急いでスマホを手渡すと一歩離れ、両手で肩を抱く。イベントMC時代、ストーカー被害にあってからそういうものに嫌悪感がある。はっと気づき、スマホを握っていた方の手を制服のスカートで擦る。
「キモいってそんな失礼な」
「だって、気持ち悪いじゃん。そういうのって」
「でもマヤさんに会いたかったんです」
「うわぁ……」その発言にもう一歩足を後退させる。見た目がいいのは置いておいて、そういう発言はちょっと怖い。
「会いたかったって……。なぜゆえに?」顔を
「マヤさんに話したいことがあったからです。それに僕、最初に会った時、
「え?」
——そうだったっけ……?
最初にこの男を見つけた時は確か——と、記憶の糸を辿る。
あの日は立花家のお通夜。
美琴ちゃんのお友達で、飛び降り自殺をした女子高生。
立花莉子さんのお通夜の日だった。
制服の高校生に混じり、全身黒尽くめの不審者を発見。
何か言っていたけれど、不謹慎だと追い返したはず——。
——それか!
「見るに耐え難いあんな可哀想なお通夜。そんな時に話しかけられても、頭の中を切り替えできないよ。喪服でもない変な黒服。普通におかしいし。それに、いきなり名前で呼ばれて、それもちゃん付けで——」
「コメントではいつもマヤちゃんって書いてましたよ?」
「コメント……。そうかもだけど。いやいやいやいや、でもありえないって思うでしょ? まさかWEB小説でつながっている人が実際に目の前にくるだなんて。それも、職場に現れるとか。それに、加藤さんにマヤちゃんの彼氏です発言もおかしいって」
「ああ、加藤さん!」ぽんと掌を拳で叩き、「僕を視る目が輝いていましたので、ああやって言っておけばこの先入り込みやすいかなと思って」などと吐かした彼は、ふふふっと微笑みさらに続ける。
「僕そういうの、わかるんですよね。慣れてるもんで」
——自意識過剰男。嫌いなタイプだ。
わたしがそう思ってるなんて知る由もない目の前の男——カイリ——は真剣な顔に戻り、「でも本当に大変なんです」と言った。
真っ直ぐに見つめる瞳。
真剣な眼差し。
話すたびに白い息が空に舞う。
「だからマヤさんと話したかったんです。これは緊急事態です」
「何が?」
「この状況が」
「だからどんな?」
「公衆電話の太郎くんですよ」
「え?」と、ぱちぱちと目を瞬かせ不審者改め、カイリ君を見る。
——公衆電話の太郎くんっていま、言った?
「表立って報道はされていないですけど、全国的に被害が出ています。それも、相当増えてきてる。この話、この寒い駐車場でまだします?」
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