1_3

「わたしのせいなんです……。二人が死んだのは、きっと……。わたしが、あんな動画を見つけてしまったから……。それに……。合宿先の研修所の入り口に……、緑の公衆電話があったんです……。だから、深夜に抜け出して、やってみようって……」


「でも——」と、顔を上げ、美琴ちゃんは話を続ける。


「あの日、夏合宿の日。やってみたけど、深夜に電話はかかって来なかったんです。莉子りこと、はるかと、実里みのりと、わたしの四人で……。公衆電話から莉子のスマホにかけたから、部屋に戻ってからみんなでドキドキしながら莉子のスマホを見ていて……。公衆電話から電話がかかってくるのを待ってたんだけど、結局、かかってくることはなくて——。だから……、だから……、なんだ、やっぱり本当じゃないよねって、四人で笑ってたんです。笑って、終わって……。それで、そのままわたしはそのこと忘れてたんだけど……」


 片手でベビーカーを揺らしながら、京子は神妙な面持ちで静かに話を聞いている。


 わたしは——。


 さっき出てきた名前も覚えがある。

 遙。

 山田遙さん、享年十七歳。

 ——自宅で亡くなっていた女子高生の名前。


 霊感、そういった類の物はわたしには無い。

 でもこれは——。


 悪寒がする。

 嫌な気配を感じる。

 それに——。


 ここ最近亡くなった二人の女子高生。

 その死顔が脳裏に浮かぶ。

 閉じても閉じてもまた目を開けるご遺体。

 納棺師さんが顔の筋肉をほぐし、穏やかな顔になったはずなのに。

 また瞼を持ち上げるご遺体。


 虚な瞳は瞳孔が開き、何も見えていないはずなのに、あの目は何かを見ているような目だった。


 ぞくぞくっとまた嫌な感触が背筋を走り抜けた。


「莉子が亡くなって……。その時わたしも一緒にいたんです……。莉子、急に空を見上げて叫び出して、それで、それで、来ないで来ないでって言いながら……。見えない何かから逃げながら、それで、それで……、やめてって叫びながら……、逃げ出すように飛び降りたんです……。歩道橋の下には車が走ってるのに——」


 美琴ちゃんはハンカチを取り出し、また顔を覆おった。

 その様子に自然と眉根を寄せてしまう。

 京子と顔を見合わせ、静かに話が再開するのを待とうと思った。


 でも——。


「あ〜」と優ちゃんがぐずり始め、京子はサッと席を立つ。くんくん鼻を動かし、「ごめんね」と言い残し、急ぎ足でトイレへ向かった。


 ——怖い話、苦手だもんね、昔から。


 霊感皆無のわたしでも嫌な気配を感じる。京子はたまにらしく、きっとこの場の雰囲気が耐えられなかったのだと思った。だからきっと、わたしを呼んでこの話を振ろうと思った——。


 ——そういうことか。


 冬の忙しい時期。

 余計なことは増やしたくないのに。

 でも、気にはなる。

 ここ最近ご葬儀で関わった故人。

 その故人は女子高生で、その友達がいま、目の前にいるのだから——。


 ——無視することはできないよね、それに……。


 ゆららさんの書いていたホラー小説。

『公衆電話の太郎くん』。

 あの時京子は言っていた。


 ——これってさ、降霊術だよねぇ?

 

 なんだかそれが気になって、ゆららさんのところへコメントしに行ったことを思い出す。何度編集しても、最後が文字化けになってしまって途中で送信するのをやめたけど——。


 今思えば、それもおかしな話だ。

 文字化け。

 それに編集できないだなんて——。


 霊感皆無。

 そういう類の話は信じない。

 そう思っているわたしでも、気味が悪い。


「ごめんね、続けれるときに続けてくれていいからね」そっと声をかけると、かぶりを振って、「それで——」と、美琴ちゃんは話を続けた。


「莉子……が死んで……。その、時……遙が……。遙、様子がおかしくて……。自分のせいだって、莉子が死んだのは自分のせいだって泣き出して……。電話かけたからだって、意味不明なことを口走って、公衆電話、って何回も言いながら、泣き出して、それで、頭がおかしくなっちゃって……。学校にも来ないし、そしたら遙まで死んじゃって……。それで気付いたんです。もしかしたら、遙は公衆電話の太郎くんを最近やってみたんじゃないかって——。遙、付き合ってた人に最近フラれて。それ、相当ショックで……。その原因、莉子かもって言って。だから二人、最近仲が悪かったんです……。それで、わたし、もう一回公衆電話の太郎くんを調べてみようって思って、ネットで検索したけど、その動画、もうなくて——。それでようやく見つけたのが、キリンさんの投稿で——」


 キリン。京子のTwitterアカウント『kirin』は、小説サイトと連携している。京子もキリンの作者名で子育てエッセイや現代ファンタジーを書いている。ゆららさんともつながって交流していたあの頃。きっと、宣伝してあげるつもりでTwitterで『公衆電話の太郎くん』をシェアしたのかもしれない——。


 ——そういうシェア、京子よくするもんな。


 京子は仲のいい作家さんの新作が出るとTwitterでシェアをして応援している。だから、あまり内容を読み込まず宣伝することになる。わたしはそういう事はしない派で、SNSは最低限しかやらない。


「リンク先は無くなってて見れなかったけど、もしかして何か知ってるなら教えてほしいと思って、それで、連絡をしたんです——」


 美琴ちゃんはそこまで話してから、俯き加減だった顔をこちらに向けた。


「教えてくれませんか? 公衆電話の太郎くんについて……。わたし、最近ずっと夢に見るんです。緑色をした公衆電話。そこからわたしのスマホに電話がかかってくる夢を、毎日、毎日。見るんです……。どうしていいか、わからないんです。怖くて、怖くて……だから、教えてくれませんか? あの話、どういう話なんですか——?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る