episode7_4

『 episode7 』


 生贄の金額。

 存在を形づける名前。

 愛情の深さ。


 そのどれもを最高点に高めてこその、効果。

 でも——。


「生贄の価値としてはウサギよりも高い。それは間違いないはずよね。人間なんだし、今まで一緒に過ごした時間も長いし? でも、タカユキをもう一度愛するなんて絶対に無理。あんな低レベルな男とまたヤルなんて、想像しただけで吐き気がするわ。ねぇ、きっと愛の深さが大事なんでしょ? でも愛することができない相手を差し出したいの。その場合、より効果的な生贄にするなら、愛する以外にどんな方法があるの?」


 サキは公衆電話の太郎くんに訊く。太郎くんの器、その人形はサキの目の前に浮かび上がり、「ふふふ」と笑い声を漏らす。サキの周りをぐるぐる浮遊しながら、「僕の好きな物をもっと捧げてくれたら。その時の効果は高い」と、答える。


「好きな物? 例えばそれはどんな?」


 サキがそう訊いた瞬間。

 脳内に閃光が走り、映画を見るようにその映像がありありと浮かび上がる。


 絶望、恐怖、憎悪、欲望。

 ——心に潜む闇。

 みずからの行為によって受理される悪魔の契約。


 タカユキを生きたまま生贄に。

 それも自分の手によって捧げる。

 生贄——。

 祭壇。

 一糸纏わぬ姿で身体の自由を奪い、一枚づつ爪を剥ぐ。


「あははっ、楽しそう!」


 血が滴り落ちる祭壇。

 必死に抵抗するタカユキ。

 微笑みながら刃物を持つわたし。

 耳を引き裂き、タカユキの口へと押し込む。

 自分の血液に咽せながら泣き叫び、助けを乞うタカユキ。

 それを嘲笑い熱した金棒で両目を焼く。


「あははははっ、最高!」


 辺り一面に漂う異臭。

 死の恐怖に恐れ慄き助けを乞うタカユキ。

 すぐには殺さない。

 恐怖に心が支配され絶望するまで。

 だからすぐには殺さない。


「いいね、いいね。それってすごくいいっ!」


 身体の自由が効かず助けてくれと懇願するタカユキ。

 それを嘲笑うわたし。

 増幅する恐怖。

 増幅する欲望。

 その最高潮に達した時。

 腹を切り裂き生暖かい心臓を太郎くんへ——。


「はぁ〜」と陶酔の声を漏らすサキ。

 でもすぐに現実に意識を戻す。


「そんなことができたら最高だけど、できるわけないじゃない。第一、そんなことをする場所なんてないわ。それに——」


 死体の処理。

 その問題が解決しない限り、現実的には無理な話。


「できるわけないわ」と、サキは首を振る。


「場所の確保に、祭壇の準備。それに監禁と殺人じゃない。気持ち的には全然ありよ。それにいま見た光景にも濡れる程興奮しているわ! そんなことできるならやってみたいと思う気持ちが湧き上がってきているの! でも、だからといって、そんなこと現実的には無理よ」


 動きを止めサキの目の前で浮遊する人形。

「そうかな」と太郎くんは答える。

「僕がどんな存在なのか、知っているでしょ?」と、付け足して。


「それって、どういう意味?」とサキは訊く。

太郎くんは「僕にそうして欲しいと願えばいい」と答える。

「僕はそういう感情が大好物」とも。


「ああ、そういうこと? まずはそれができるようにしてって願えばいいって、そういうこと? でも、その為にはまた生贄が必要でしょ? それって例えばどれくらいの生贄が必要なの?」


 太郎くんはその問いには答えない。

 だがしかし、ふふふっと笑い声を漏らし「願えば叶う」とだけ云い添える。


「へぇ、願えば叶うって、太っ腹なこと云うじゃない。でもそれって最高! わたしはお金をたくさん手に入れて、美しくなりたいの。そうして人が羨むような人生を生きるのよ! その為にはなんだってするわ! だから願うわ! さっき脳裏に浮かんだそのままのことをして、タカユキを生贄に捧げることを!」


「契約成立」と太郎くんは云う。

 刹那。

 時空が歪み世界が一変する。


 石造りの暗い部屋。

 正確に作られた三角形。

 粘着質な湿り気を帯びている。


 ぴちゃん。

 ぴちゃん。

 ぴちゃん。

 ぴちゃん。


 小さな水の音を聴きながらサキは目を開ける。

 暗闇に浮かぶ自分の姿。

 純白のドレス。

 蝋燭の灯り。

 濡れた床に自分の影が揺れる。

 それを見て気づく。


「ああ〜。そう云うことか」


 公衆電話の太郎くんは、人智を越えた存在。

 常識で考えてなんて馬鹿げていた。

 太郎くんは、なんでもできるのだ。

 

 ——辺りを見廻す。


 正三角形の部屋の真ん中。

 漆黒の石で出来た祭壇は人型をしている。

 四肢を鎖で繋がれ、仰向けで眠る裸のタカユキ。

 萎びた付属品を情けなく下に垂らしいる。


「情けない姿。こんな男に執着していたなんて虫唾が走るっ!」


 サキはそう吐き捨てる。

 こんな男を愛していただなんて。

 

 自分も相当レベルの低い女だったと実感し、嫌悪感が全身に広がる。一歩近寄り、見下ろすとタカユキはパチリとまなこを開いた。


「え……? ちょっと、あれ……? サキ!? こ、これは、え、ちょっと、なんなんだよ、ここは?! え、嘘? なんで? あれ、身体、身体が動かないっ! それに、なんで俺、裸で——」


 がちゃんがちゃん。

 がちゃんがちゃん。

 タカユキの動きに合わせ金属音が部屋中に響く。


「なんなんだよ、おい! サキ! どういうことなんだよこれは——!」


 がちゃんがちゃん。

 がちゃんがちゃん。

 タカユキの声を掻き消す金属音。

 自然に笑い声が出るサキ。

 その顔は興奮に満ちている。

 祭壇の周りを廻りながらタカユキを見下す。


「あははははっ! 良い眺め〜! タカユキぃ〜、あんた最低の男だったけど、最後に最高の男としてわたしの役に立ってくれる!」

「なっ、なんのことを言ってるんだ?! それにこれは、一体どう云う——」

「ふふふふふっ。最高のプレイでお楽しみしましょってことよぉ〜。好きじゃない? そういうの。まずは、どの指がいいかしら?」

「は? 指?」

「ふふふふふっ」


 気づけばサキの手には爪を剥がすのに丁度いいサイズのペンチが。


「まずはそうねぇ。右手の中指。この指が一番わたしに触れていたわ。忌々しい右手の中指。思い出すだけで気持ち悪いっ!」


 足を止め、右手の中指を摘みあげペンチを添わす。

 抵抗するタカユキ。

 でもそれも虚しく——。


「や、やめろっ! なにを、なにをするんだよ! やめ、やめろ、ヤメロォ〜! あ゛あ゛、ぎゃぁあ゛あ゛あ゛ーー……」


 引き剥がされた爪。

 溢れ出る血液。

 興奮し頬を高揚させるサキ。


「一枚目終了〜。さぁ、もっと苦しんでね。その方が効果的なの」


 呻き声をあげ続けるタカユキ。


「あああ、快感! それに待ち遠しいわ! 最後まで行った後に手に入れるものを想像するだけで興奮する!」


 サキはそう云うとタカユキの爪を床にはらりと落とし、次々と行為を進める。

 

 脳裏に浮かんだ残虐な行為の全てを。

 楽しげに笑い声をあげながら。

 タカユキの叫び声が響く部屋で。

 次々と、次々と——。


 ——そして最後。


 意識が朦朧もうろうとしたタカユキの頬を撫で、云う。


「さようなら、タカユキ。今までで一番濡れて、一番興奮したわ」


 ——刹那。


 タカユキの胸、その上に出現するナイフ。

 ぎらりぎらりと光る大きなそのナイフを手に取るサキ。


「ふふふっ。ふふふふふふふっ」


 勿体ぶりながらゆっくりと肌を切り肉を切る。

 タカユキの声にならぬ声が部屋中に響き渡る。

 その音が壁に反響しサキの興奮はさらに増幅する。

 そして——。


 興奮が絶頂に達した時、タカユキの断末魔が途切れた。


 カラカランと音を出しながら床に転がるナイフ。


 真っ赤に染まる掌で口元を拭い「あはははは」と、声高らかに笑うサキ。

 ゆっくりと体内に手を差し入れる。

 温かく脈動する心の臓を取り出すサキ。


 それを天に掲げサキは云う。 


「太郎くん! 生贄をどうぞお受け取りください〜!」と。


 ——瞬間。


「契約成立」

 

 太郎くんの声。

 その声は今までになく精気を帯びている。


 時空の歪み。

 重力なき身体。

 そして——。


 サキは自分の部屋に舞い戻った。

 白いドレスを身に纏い、血に塗れた姿で——。

 



(つづく)

 

 


 


 


 


 


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