episode7_1

「どうして。まだ公開してないはずなのに」


 急いで、[♡エピソードに応援 20時間前 マヤ魔界さん episode6-公衆電話の太郎くん]と書いてある部分をクリックする。


 日曜日の夕方、金ちゃんの亡骸を見つけてからノートパソコンは閉じていた。そのままその日は実家に泊まったし、昨日は昨日で知らない間にベッドで眠ってしまった。今日も一日仕事だったし、公開する時間なんてなかったはず——。


 ——や、それよりも、もう書くのやめようと思ってたとこだったのに。


 泣き腫らしていて瞼は重たい。でも、確認せずにはいられない。切り替わったパソコン画面。サブタイトル『episode6』から下の本文を読む。


 主人公サキが生贄の効果を考察し、金魚を買い、ウサギを買う。その後で、「魚類よりは哺乳類、それも人間」と、気づく。この辺りで『episode6』は終了している。


 物語的にはありだと思った。この下書きを公開してもいいと思っていた。でも、この先の『episode7』を書こうとして続きが思いつかず、そこで席を立ち、金ちゃんの干からびた亡骸を見つけた。だから、そこでパソコンは閉じた。そして今さっきまでパソコンには触っていないはず——。


「だよね……」


 また、『episode6』までを公開した覚えがない。


 ——なんか、気味が悪い。


 本当に自分で操作したのだろうか。そう思った瞬間、ぎゅうっと脳の奥が押し潰されるように痛んだ。思わず手で目を押さえ、腫れぼったい瞼を指で揉む。


 痛い。

 頭が、痛い。

 それに、肩がずんと重たい。

 得も云われぬ荷重。

 肩になにかが伸し掛かっているようだ。


 我知らず「ううん」と低い唸り声が漏れ出た。鼻から息を吸い、「はぁ〜」と息を吐く。溜息のような呼吸を何度も繰り返し、その後で、ゆっくり瞼を持ち上げた。もうパソコンは閉じてしまえ。考えるのはやめろと、心の声が聞こえる。


 ——今日一日選別作業をしていたし、敬太のこともあった。だから、きっと身体も心も限界なんだよ。でも……


 だからと言って、この状況をやっぱり無視できない。公開した物語。読んでくれた人がいるならば、無責任に放置できない。


 机に胸が着くほど丸めた背中。前のめりな身体を引き揚げ、もう一度画面を見た。マウスを動かし、ベルマークの通知画面をもう一度開く。


 エピソードに応援が着いたのは、20時間前。壁時計を見るともうすぐ23時だった。という事は、マヤさんが応援してくれたのは、今日の深夜、3時頃になる。マヤさんは葬儀会社勤務。二十四時間対応なのだと、エッセイで読んだことがあるから、その時間に起きていても不思議ではない。


「そうか、公開日時を確認すれば」


 各エピソードの横には更新日が記載されている。『公衆電話の太郎くん』編集画面に移動し、そこでまた不可解なものを発見した。


「え?」と思わず顔をしかめる。読者の反応が載っている場所に、『PV2187』と書いてある。急いで編集画面の各エピソードを見た。


 目を細め、画面に指を当て小さな数字を読む。『episode1』から順に三桁の数字が並ぶ。『公衆電話の太郎くん』その呼び出し方法が書いてある『episode3』までで、ほとんどのPV数が振り分けられている。『episode4』から『episode6』は、それぞれ『PV3』。つまり、単純に考えて『フォロワー3』の人達が読んでくれたという事になる。


 アカウント名もわからない、見知らぬ誰かが『公衆電話の太郎くん』を読んでいる。それも、『公衆電話の太郎くん呼び出し方法』だけを——。


「もう、意味が分かんないよ。なんなの、これは……」


 こんな事は今までなかった。場末のわたしのアカウント、その小説を読んでくれるのはせいぜい執筆仲間。それに、こんな極端にエピソード別でPV数が増えることもなかった。普通読んで面白ければ、その先も読み進めるはずなのに——。


「面白くなかったから、そこで読むのをやめたって、そういうこと?」


 でもそれも考えにくい。面白いかどうかは続きの『episode4』を読んで初めて分かるのだから。『episode4』にPV数が増えていないとおかしい。


「はぁ〜」と深い溜息が漏れ、重たい頭を抱える。考えても答えが見つからない。それどころか、頭の奥、締め付けられるような痛みが増してきている。冷静にこの状況を分析することなんてできない。


 ——とりあえず、いつ公開したのかだけ確認して……。


 無意識で物語を書き進め、無意識下で公開ボタンを押した。ここ最近のわたしはどうかしている。それでも読んでくれる人がいるならば書いた物に責任は持ちたい。画面上の小さな数字を眉根をひそめて読んだ。


 ——公開日時は、えっと、20XX年12月20日02:00?


 今日の深夜2時。

 ありえない。

 その時間わたしはベッドで眠っていたはずだ。

 夢遊病者でない限り、記憶がないなんて事はない。


 ——夢遊病者。行動を記憶していない病気。


「ないよね」と呟くも、夢遊病者は記憶がないのだから、自分では確認しようがない。それに——


 ——頭が割れるように痛い。


 もう限界だと、明るいパソコン画面から視線をずらした。小さな足、黒いズボンが見える。うっすらと開いたまなこでその存在を確認する。


 男の子の人形。

 壁にかかり、ちょこんと座ってこちらを見ている。

 その瞳と目が合った。


 絵筆で描かれた黒くて大きな瞳。

 星屑をちりばめた宇宙のような瞳。


 真っ直ぐこちらを見ている瞳に吸い込まれていく、錯覚。


 意識なく手を伸ばし、片手で人形を持ち上げると、ずしっと手に負荷が掛かった。最初に人形を抱き抱えた時よりも、重たく感じるのは片手だからだろうか。人形を胸元に移動し、両手で抱え直す。やはり、以前持ち上げた時よりも重みが増している気がする——。


 ——そんなわけない。疲れてるんだ。手も、腕も、肩も。一日検査作業してたから。


 頭も痛い。ずっと不快な耳鳴りもしている。もう今日はここまでで、はやくお風呂に入って就寝しなくては。そう思いながらも、人形の瞳から目が離せないことに気づく。


 ——なんで?


 目が離せない。

 人形の瞳から。


 自分の意思とは別の力が目を逸らさせてくれない。

 そう思った瞬間、ぞわぞわと全身が総毛立った。

 嫌な感じがする。

 身体が硬直して動けない。

 それに酷く煩い高音の耳鳴り。


 キィィーン——

 キィィィーン——

 キィィィィーン——


 その音に意識が連れ去られ、人形の瞳に吸い込まれていく。


 ——や、だ……。


 大きな瞳。

 真黒な瞳に吸い込まれていく意識。


 ——嫌だ、やめて。行きたくない。頭が痛いの。耳鳴りが煩いの。嫌だよ。嫌、嫌だ……い、や……



 ——薄れゆく自我。



 天地境目のない世界。

 闇の中、浮遊する魂。

 わたし、の、肉体は、

 

 どこ?

 






あはは。

うふふ。

もうすぐだよ。

もうすぐだよ。

美咲ちゃん。


もうすぐそこまで来ているよ。

大丈夫。

全部僕に任せておいて。


あはは。

うふふ。


もうすぐ僕がやってくる。

大丈夫だよ。

全部僕に任せておいて。


あはは。

うふふ。


知っている。

知っている。

知ってるよ。


僕が存在することを。

もうみんな知ってるよ。


あはは!

あははは!

あはははははははは!

あはははははははははははは!


あと少し、もう少し。

もう少し、あと少し。


あはは!

あははははははは!



知っている。

知っている。

知ってるよ。


僕が存在することを。

もうみんな知ってるよ。


もう少し。

あと少し。



待っててね。

美咲ちゃん。

もうすぐそっちに行くからね。



 

 

 


 




 


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