episode4_3

『episode3』の下には、『episode4』『episode5』『episode6』と、三話分の下書きがある。


「ありえないでしょ……」と呟いて、本当に書いた覚えはないのかと、脳内に保存されている記憶を巻き戻す。でも、どこを探しても、書いた記憶が見つからない。


「やっぱり誰かに、乗っ取られた……のか?」


 でも、どう考えても、売れっ子でもないWEB小説のアカウントを、誰かが乗っ取るわけがない。広告収入もない、場末のわたしのアカウント。そんなものを乗っ取っても、なんのメリットもないはずだ。


 それにこの都市伝説、『公衆電話の太郎くん』は、わたし自身が作り出したもので、誰にもその内容を話していない。さらに言えば、『episode3』に書かれていた犬の名前、『ロン』。今は『ハナ』に書き換えてしまったけれど、敬太の嫁が飼っている犬の名前『ロン』を、わたし以外の人が小説の中に登場させるわけがないと思った。ということは——。


 やっぱり無意識のうちにわたしが書いていた、ということになるのだろうか。


「と、とりあえず、その内容だよね……」


 不思議な気持ちは拭い去れないけれど、あるものは、あるのだ。とりあえず、その内容を読み進めてみようと『episode4』をクリックして中身を確認することにした。


『episode4』と書かれたタイトルから下にスクロールして読み進めていく。


『恋人の愛が欲しい』と公衆電話の太郎くんにお願いした主人公サキは、生贄として、恋敵の同僚、ユイコのペットであるゴールデンレトリバーの『ハナ』の名前を伝える。その結果、どうなったかが書いてあるようだ。


 主人公サキはなぜ、『恋人の愛が欲しい』のか。

『episode3』には書かれていなかったサキの心情も書かれている。


 どうやらサキは恋人だったタカユキを同僚——と言っても大卒の年下女性——のユイコに寝取られ、取り返したい気持ちがあるらしい。サキは高卒採用の二十八歳。ユイコは大卒採用の二十四歳。年齢的にも学歴的にも、ユイコに負けているサキ。勤続年数は自分の方が上で先輩。仕事もできる。それなのに、若くてキャピキャピしたユイコをチヤホヤする職場の上司。さらには結婚を考えていた彼氏まで寝取られてしまった。


 愛情の恨みと、日常的な苛立ち。

 丁寧に書かれたその心情描写。


「殺したいほど、ユイコが憎い」と何度も何度も、サキは太郎くんが入った人形に向かって口に出す。サキの身体から滲み出るどす黒い感情。真っ黒な感情のエネルギーが太郎くんの中に吸い込まれ、太郎くんはサキの願いを叶える。ただし——。


 恋敵の愛犬の死。

 それで得る効果は限りなく小さなものだった。

 恋人と一夜を過ごす。

 ただ、それを叶えるだけ。

 

 なぜなら、太郎くんの契約者であるサキにとって、恋敵の愛犬の死とは痛くも痒くもないものだったからだ。



 と、そこまで読み進め、「確かに」と頷いた。大事なものの重さで願い事の大きさが変化する。『願い事の大きさに比例した生贄を用意すること』とは、そういう意味のはずだ。


 さらにその先を読み進める。


 時は十二月。恋人タカユキとはまだギリギリ別れておらず、二股をかけられている状態のサキは、自分と一緒にクリスマスを過ごして欲しいと願っている。だが、タカユキからの返事は曖昧。


「生贄はユイコの飼っている犬、ハナ。太郎くん、いますぐ願いをきいて」とサキは人形に向かって言う。サキの願い、生贄の名前を聞いた太郎くんは闇に消え、そこで、物語の視点が変わる。



 雪が降り積もった公園に、ゴールデンレトリバーのハナを連れて遊びに来ているユイコ。白い雪の中を嬉しそうに走り廻る黄金色の犬。一通り雪を楽しんだハナは雪を撒き散らし、ユイコの元に走り寄ってくる。だが、ユイコの目の前でざざざっと足にブレーキをかけて立ち止まる。牙をむき、くうを睨み、うう〜う〜と唸るハナ。


「どうしたの?」と不安げに聞くユイコの目の前で、ハナは気が狂ったように吠え始め、ぐるぐる廻りながら何かと闘う。


 何か、目に見えない、何か——。


 その様子が尋常ではなく、おろおろとするユイコ。

「ハナ、ハナ、どうしたの、ハナ」と何度もハナに声をかけるユイコ。 


 ぐるぐると狂ったように廻り続けながら、空を睨みハナはさらに吠え続ける。「ハナ、ハナ、どうしたの、ハナ」と、ユイコは言いながらだんだん怖くなってくる。ユイコには、ハナが何と闘っているのか、見えない。と、ピタリと動きを止め顔を歪めるハナ。刹那。パンッと乾いた音が鳴る。ハナの肉体は白い雪の上に粉々に弾け飛び、辺り一面は真っ赤に染まる。弾け飛んだ臓物が雪原のあちらこちらに散らばり、その肉片はユイコの頭の上にも落ちている。白い蒸気を纏った赤く長い物体が、ユイコの頭からずるっずるりっと顔を伝い、足元へと流れ落ちてゆく。悲鳴をあげ、真っ赤に染まる雪の中に崩れ落ちるユイコ。



「うわぁ……」と、そこまで読んで声が漏れる。


 ——まさか、そんな酷いことを書いていただなんて。


 ホラー小説を書くのは好き。でも、動物をそんな風に出したことはない。動物には何も罪がないからだ。そう思うと、胸にずどぉんと重たいものが落ちてくる気がした。お話の中とはいえ、ちょっと残虐な気がしてくる。


「と……とりあえず……。続きを……」


『episode4』は、もう少しだけ続きがある。自分で——多分——書いたとは言え、自分で自分が少し怖い。それに、なかなか派手な展開だなと思いつつ、先を読み進める。


 愛犬が目の前で粉々になって死んだことで、恋敵のユイコは気が狂ってしまう。会社にも出てこなくなり、タカユキとも自然消滅を余儀なくされる。部屋に閉じこもり、美しかった顔は醜く嗄れ、ユイコは精神を病み引きこもる。


 どうやら太郎くんの設定にある注意書きがここで作用していると、書いてある。


!注意!

◉公衆電話の太郎くんからの着信を拒否してはいけない。

◉願い事の大きさと生贄の命の重さが釣り合わない時は、契約者の周りから太郎くんがそれ相応の生贄を選ぶ。

◉一度始めた太郎くんとの契約はいかなる場合も破棄できない。


 そう書いてある注意書きの、二つ目。『◉願い事の大きさと生贄の命の重さが釣り合わない時は、契約者の周りから太郎くんがそれ相応の生贄を選ぶ』と、ここの部分だ。公衆電話の太郎くんは、ユイコの精神を喰らうことで、足りない分を補ったと書いてある。


「ううむ」と唸り声が漏れる。そういうことか、と妙に納得もした。確かに黒い感情や精神=魂を吸い取ったりすれば、悪い物——公衆電話の太郎くん——のエネルギーは増幅するだろうと思ったからだ。


 さらに続きを読み進める。



 そして——。


 主人公のサキは、希望どおり、クリスマスイブにタカユキとの時間を過ごし、久しぶりに熱く交わる。


 ——快感。

 サキはそう思う。

 ——快楽。

 サキはそう思う。


「ふふふっ」と恋人に抱かれながらサキは不適に笑む。そして絶頂を迎える頃、サキは思う。体内の奥底から湧き上がる熱情。パンッと、シャンパンが弾け飛ぶような意識の中で、サキは「もっともっと」と欲を芽生えさせる。クリスマスに恋人と一緒にいたいだなんて、なんて小さな願いかと。太郎くんがいれば、なんでも望むものが手に入るのだ。




 そこで『episode4』は終わっていた。文字数的にも約三千文字。WEB小説の一話分としては、確かにこの辺で終わったほうがいいと思った。でも——。


「本当にこれをわたしが書いたんだろうか……」






 

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