episode4_4
確かに自分が書こうと思っていた主人公と、ストーリー構成ではある。
なんでも望みが叶うという都市伝説、『公衆電話の太郎くん』を知った主人公サキが、深夜の公衆電話に行き、【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】を試す。そして、太郎くんが人形に入り込み、サキの望みが次々に叶っていく。この流れは自分で設定した通り。それに——。
太郎くんへの最初のお願い。
『恋人の愛が欲しい』も自分で設定した通り。
——そんなことを言えば、主人公サキの名前もそうだし、恋人のタカユキも、恋敵のユイコも、自分で決めた名前なんだけど……。
自分の書いた設定を確かめてみようと、机の引き出しを開けアイデアノートを取り出す。
最初からパソコンで書き始める短編と違い、長編はこのノートにアイデアを書き溜めている。でも、今まで書き留めたアイデアで、実際に完結できた長編作品は数えるほどしかない。
空想するのが好き。
空想の世界をアイデアノートに書き留めて、それで満足。
そんなことを思っているから、なかなか長編作品が書けない。キーボードを触る前に自己完結してしまうのだ。
——だから『公衆電話の太郎くん』は、空想を寸止めしているんだよね。全部ここに書いたらそれで満足しちゃいそうで。
厚手の黒い表紙を開き、『公衆電話の太郎くんネタ』を書いたページまでめくる。箇条書きやメモ程度のページ、字がぎっしりと詰まったページが、カサカサと音を立てて目の前を流れていく。時々見える書き殴ったような字は、半分寝ながらか、酔っ払って書いた時のものだ。
「あ、あった」
網膜に映る『公衆電話の太郎くんネタ』の文字。これを書いたのは、人形が届いた日。ネットで購入した男の子の人形を段ボール箱から取り出して、包み紙を脱がせると、丁寧に描かれた大きな瞳と目が合った。あの瞬間、はっと閃いた。トイレの花子さんみたいに、公衆電話の太郎くんなんてどうかな? と——。
「えっと」と、アイデアノートに書いたものを読む。
【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】と書いた下には、①から順に呼び出し方法が書いてある。メモ程度だからきちんと文章化はできていない。それでも内容は現在公開しているものとほとんど同じだった。
ただ一点を除いては——。
——やっぱり⑩の『生贄にしたいモノの名前を言い、太郎くんに叶えてほしいお願いを伝える』ってのは書いてないよな……。
わたしが書いたのは、⑨『男の子の人形に返事を返し、抱きしめる。太郎くんとの契約成立』までで、生贄について説明している項目は書いていない。
——キーボードを打ちながら突然思いついて、⑩を追加したってことなんだよね。きっと……。
確かにそういうことは良くある。書き進めているうちに、はっと思いつき加えるストーリー。
椅子の背もたれに体重を乗せ、「あるよね〜」と息を吐きながら背中を伸ばした。その後で、もう一度ノートに視線を戻す。机に肘をついてペラっとページをめくり、次のページ、登場人物の設定を読むことにした。
{主人公:サキ(二十八歳)中小企業の事務員。高卒採用で勤続九年目。仕事、まあまあできる方。独身。見た目、美人。髪の毛長い。恋人を寝取られその恨みを晴らすべく、公衆電話の太郎くんを呼び出す。なんでも望みが叶い始め、人生が大逆転していく予定。}
「めっちゃ大雑把だし」と独り言ち、次の登場人物を読む。
{主人公の恋人:タカユキ(三十歳)サキと同じ会社。営業。見た目、背が高いイケメン。俳優イメージは純くんみたいな感じ。ちょっとチャラい。浮気してる。そのうちサキに捨てられる予定。}
「我ながら設定が酷い……。純くんのファンに見られたら殺されそうだって」
純くんはアイドルグループのリーダーで、浮気をするようなチャラい男にぴったりだと書き留めた。見た目の描写に使えそうだと思ったからだ。
その下に書いてあるのは、ユイコの設定。
{主人公の恋敵:ユイコ(二十四歳)サキの同僚。大卒。キャピキャピしていて、おじさんウケがいい。あざとい。性格ブス。人の男にちょっかいをかける尻軽女。会社の由美ちゃんイメージ。最後はざまあ展開で消える。}
由美ちゃんとは、わたしのリアルな同僚で、実際に彼氏を寝取られて、涙を飲んだ女子社員をわたしは知っている。
それと、ユイコと言う名前を改めて読み、気づいたことがある。
敬太の奥さんの名前は『ゆい』。この部屋で、敬太に何度か「ゆい」と呼ばれたことがある。ふとした瞬間、「ゆい、ちょっとビール取って」という風に。そういう時、わたしの身体は硬直する。冷え切っている夫婦関係。本当はどうなのかという疑念。でも、問い詰めることはできない。ただ、胸の中にずしっと黒い塊が落ちてくる。その塊が敬太の嫁、『ゆい』。
——だから、名前をユイコにしたという……。
「潜在意識って怖いよね〜」と思わず口から言葉が出る。名前を決める時、わたしは敬太の嫁『ゆい』をイメージしていなかった気がする。
——ユイコは会社の由美ちゃんみたいな人として、登場人物を設定しただけなのにな。怖い怖い。潜在意識、怖いって。敬太の奥さんの名前から連想した名前だっただなんて。
その他の登場人物にもざっと目を通し、その後でページをめくった。
物語の起承転結、大筋の流れが書いてある、物語の設計図を書いたページ。『起』と書いた場所から読み進めると、さっき読んだ『episode4』と、あまり違わないような気がした。ただし、生贄についての記載はやはりない。
——やっぱり。流れ的にはちゃんと予定通りだし、生贄の設定は、キーボード打ち込みながら思いついたってことだよね。そう考えると、わたしが『episode4』を書いたってことだよ。
敬太が寝静まった後、深夜に目が覚めたわたしはベッドから抜け出して、『episode1』から『episode3』を公開し、その続き『episode4』『episode5』『episode6』を書いて、床に布団を敷いて寝た。
「書いた記憶はないけど、そういうことだよ。きっと——」
腑に落ちて、「ふんふん」と顎を上下させ、なんとなくノートめくる。次のページには何も書いていない。アイデアはここで寸止めして、パソコンで書き始めようと思っていたからだ。でも——。
「え……?」
ページをめくった手がそのままの形で動きを止める。
何も書いてないはずのページ。
そこに書き殴ったような文字がある。
煤ぼけたような、濃度の濃い鉛筆で書いたような、そんな文字。
わたしが書いたのだろうか。
深夜に。
ふと思いついて。
それも忘れてしまっていた——?
開いたノート。
大きく書かれた歪んだ文字。
そこにはこう書かれていた。
『ササゲルホドゾウショクスルイシ』
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