episode2_2

【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】をアイデアノートに書き、それをパソコンに打ち込んで冒頭部分にしようと思っていた。そこまでは下書き保存されているはず。そこから『episode1』を書こうとして、もっと現実感が出せる文章にできたらと、公衆電話を探しに出かけたはずだ。


 だから、『episode1』は、書き出しの、『公衆電話は思っていた以上に全然見つからなかった。一番最初に思い付いたのは近所にある小さな駅だ。設定通り、深夜二時を待ってから車で近所の駅に行ってみた』で、下書き保存が終わっていたはずなのに——。


「家に帰ってきてから自分で書いたってこと?」


 深夜に緑の公衆電話を探して、見つけて、そして家に帰ってきた。そこから自分で『episode1』と『episode2』『episode3』を書いたということなのだろうか。夢中になって書き進めていて、記憶がない。と、そういうことなのだろうか。


 ——いや、そういうこととしか思えないよね。だって、このサイトにログインして書いてるのはわたしなんだし。ってことは……。


「おお〜! 天才かっ!」思わず大きな声が出た。


 無意識に物語を書き進めるなんて、そうそうできる芸当じゃない。酔っ払って書き進めて、朝起きてから「あちゃ〜」となったことは何度かある。でもそれとこれはどう見ても意味合いが違う。


 椅子を机から引き出し、パソコンの前にきちんと座り直してから、自分で書いた『episode1』と『episode2』、『episode3』を読み進めていくことにした。


 主人公が『公衆電話の太郎くん』の話をネットで見つけ、深夜に一人で試してみることにした、というところからストーリーは始まっている。深夜、緑の公衆電話を探している様子が書かれ、実際に【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】を試す。


 ——そうそう、そういう流れで考えてた。


 そして、自宅に帰ると、電源を切ったはずのスマホに電話がかかってくる。どこか恐怖心を抱く主人公。震える手でスマホをタップして電話に出る。


 ——自分でやるって決めて行動したのに、怖がるとかありなのか? ううんと、ありか。うん、ありで行こう。それで続きは……。


 続きを読むと、電話に出て、設定通りのセリフを言う主人公の目の前で、男の子の人形がガタゴトっと動くと物語は進んでいき、そのあたりで『episode1』は終了していた。


「なるほど。確かにこの辺で切っておかないと文字数が多くなっちゃうよね」


 記憶がないほど夢中で書いていた自分を少し見直す。以前酔った勢いでお話を書いた時は文字数なんて気にしていなかったし、文章も崩壊していた。それが今回はどうやら大丈夫のようだ。自分が書いたストーリーを読みながら感心するなんてヤバい奴だと思いつつも、続きを読むために、下書き保存してある『episode2』をクリックする。


 ざっと目を通し、「あ、ここで太郎くんの設定が全部わかる仕組みね。なるほど」と独り言を呟く。その後で、また一番上に戻って今度はもっと細かく読み進めていく。


『episode2』は、主人公が【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】を恐る恐る試していくシーンが時間経過とともに綴られていて、最後にまとめとして、【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】の工程が箇条書きで書かれていた。



【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】


※用意するもの(太郎くんの器となる男の子の人形、自分が生まれた年の十円玉、緑色の公衆電話)


①緑色の公衆電話に深夜二時から四時までの間に行く。

②受話器を持ち、自分が生まれた年号の十円玉を公衆電話に入れる。

③自分の携帯電話に電話。四回コールを鳴らす。

④受話器を置き、携帯電話の電源を切って帰宅。

⑤しばらくすると電源の入っていない携帯電話に公衆電話から電話がかかってくる

⑥電話に出て「太郎くん太郎くん、ようこそわたしの家へ」と言う。

⑦太郎くんが返事をして、用意していた男の子の人形に入り込む。

⑧男の子の人形に入り込んだ太郎くんが自分の名前を呼び、遊びましょと誘ってくる。

⑨男の子の人形に返事を返し、抱きしめる。太郎くんとの契約成立。

⑩生贄にしたいモノの名前を言い、太郎くんに叶えてほしいお願いを伝える。




「え……?」と声が漏れ、目を指で擦り、もう一度画面を凝視した。


 わたしがアイデアノートに書いた【公衆電話の太郎くん呼び出し方法】は、⑨までで終わっていたはずなのに、ここには⑩がある。それに、生贄にしたいモノの名前なんて、考えた覚えがない。わたしの書いた設定は、⑨までで、人形の器に入った太郎くんに願い事を言えばそれでもう終わりのはずだったのに——。


「書きながら設定を変えたってことなのか? あああ、記憶がないから自分が思い出せないけど、そういうこと?」


 画面に向かって話しかけても誰かが答えてくれるはずはない。


「まあ、いいや。で、次は、……っと……」


『episode2』を閉じて、『episode3』を読む。


『恋人の愛が欲しい』と公衆電話の太郎くんにお願いした主人公。⑩の生贄として名前をあげたのは、恋敵である会社の同僚、そのペットの名前だった。『ロン』という名前の白い小型犬は、マルチーズで、その同僚のSNSでしばしば見かけていた主人公は、生贄として、その犬の名前を言った


 、と思うのは、書いたのは自分だけど、そんなことを書いていたなんて、と驚いたからだ。


『ロン』という名前は、敬太の家で飼っている犬の名前で、犬種も同じマルチーズ。結婚する前から敬太の奥さんが飼っていた犬で、今は敬太の家で飼っている。と、奥さんのSNSに書いてあった。


 ——潜在意識、怖っ!


 ぶるぶるっと身震いがして、肩を竦めてもう一度画面を見た。敬太や奥さんがネットでわたしの小説を読むことはない。でもさすがにこれはまずいだろうと、名前を編集しようとしたところで、スマホが鳴った。その音で心臓が跳ね上がる。別に悪いことなんてしていない。でも、なんだかいけないことをしている気分だった。うるさい着メロを消したくて急いでスマホを手に取ると、敬太からだった。


「まさかの、敬太……」

 

 あまりのタイミングの良さに気持ち悪さを覚えつつ、電話に出ると、敬太は今からわたしの家に来たいと言う。


『あのさ、昨日の夜、嫁がずっと飼ってた愛犬が死にかけてて、それでそっちに行けなかったんだけど、さっき死んでさ。で、俺以外はあいつの実家に行って夜まで帰ってこないからさ、だから、昨日行けなかったお詫びになんか美味しいもん買ってくし、今からそっち行っていい?』


「まじか……」思わず声が漏れる。


 もちろん大丈夫だよと敬太に言葉を返し、電話を切った後で、もう一度『episode3』を読む。その後で、なんとなくバツが悪い気がして、『ロン』のところを『ハナ』に変え、白いマルチーズを、ゴールデンレトリバーに修正する。


 ——なんだか変な感じだけど、これでよし。


 下書き保存を押して、「偶然偶然……」と呟きながらパソコンを閉じた。


 頭はすっかり目覚めている。コンテストはもう始まっているのだから、時間があれば小説を書き進めた方がいいはずなのに、今は書く気にはなれないなと思った。それに——。


 ただの偶然とは言え、ラッキーな偶然だった。

 何も予定のなかった土曜日。

 敬太が家にやってくる。

 人には言えない関係の敬太。


 二人きりで過ごす週末の、これからの時間を想像すると、少し身体が火照るような気がした。



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