第30話  それがあたしの夢なの

「お前なんて離縁だ!この家から出て行け!出ていけー!」


 私はコーバ、お化粧品に囲まれていたら幸せ!小物大好き!っていう異端児なのよ。


若い時には女神の加護を授かったとまで言われるほど美しかった私の母は子爵家の後妻として入ったんだけど、病でやつれて見る影もなく容姿が衰えた時に、美しい妻ではないのなら存在する意味もないと言い出して、父が離縁を突きつけたのよね。


 若くて美しい愛人がいた父は、後妻である母を追い出して新しい妻を迎えたわけだけれど、私も母と一緒に家を出ちゃったの。だって、私は母のたった一人の子供だったんだもの!その後、美しい愛人と父がどうなったのかっていう詳しい話は知らなかったのよね!


 新しく迎え入れた女の浪費が激し過ぎて、あっという間に家が傾いたとか、兄が父と後妻を放り出して跡を継いだとか。確かに父の新しい女は美しかったかもしれないけれど、中身がどうしようもないんじゃしょうがないって事なんじゃないかしら。


 今日はアティカス様のところへ化粧品について相談をしに行く予定だったのだけど、商会の外に出るなり腕を引っ張られて、路地の方へと連れて行かれちゃったのよね。


「なあに?いくら私が魅力的だからってここの路地は連れ込み宿なんかじゃないのよぉ?」


 今日はお気に入りの紫紺のデイドレスを身に纏っていて、私はご機嫌いっぱいの一日を送るはずだったのに、顔色が嫌に悪い痩せ細った老人を見下ろして、つくづくうんざりしちゃったのよね。


「コーバ!この恥晒しが!男のくせに女の格好をするなど恥と思わないのか!」


 妻と一緒に放り出された父は、数日後には有り金全てを持ち逃げされて捨てられたという話は聞いている。父は、恐らく金の無心に来たんだろうけど、まずは息子の見かけについて文句を言わない訳にはいかないみたい。


「ああーら!だあれ?あなた?」

「コーバ、実の父に向かって」

「私に父なんていないんですけどね?」


 最新作のルージュはピカピカ輝く素敵な出来なのよ?

 口元にニンマリと笑みを浮かべると私は言い出したの。


「私は平民のコーバ・セグーロ、セグーロ商会の会頭なんかやらさせてもらっているんだけど、うちの化粧品は王妃様肝入りの商品で、見かけが理由であっさりと自分の伴侶を捨てるような奴は地獄に落ちろっていうポリシーで商品を卸させてもらっているのよねぇ」


 綺麗に塗ったマニキュアをピカピカさせながら父の頬を指先で撫でると、まるで魅了でもされたように父が私の顔を見上げてくる。

 人をうっとりとさせる効果があるルージュは、至近距離にいると、魅了にも似た効果を発揮するのよねぇ。


「星も堕ちたし、女を侮辱するクソ野郎どもは軒並み滅びたところだから、あなた一人くらい追加で破滅させてもバチは当たんないかしら」


 父の頬に爪を立てて皮膚を傷つけると、ハッと我に返った様子で父は私から離れた。


「コーバさん、馬車の用意が出来ましたよ!コーバさん!」

「はぁ〜い!こっちよぉ!浮浪者が居たから、警吏に突き出して鉱山奴隷にでも何でもしてもらっちゃおうかしらあって思っててぇ!」


「この・・この・・親不孝者が!」


 父は負け犬のように叫んで逃げ出して行ったけれど、その後ろ姿を見ていた様子の母が、商会の前で困り果てた様子で笑みを浮かべた。

「遂にここまで来るほど困窮してしまったのねぇ」

 体は男でも女性のハートを持つ私をいつでも殴り続けたのが父で、そんな父からいつでも庇ってくれたのが母だった。


 心と体がマッチしていなくても、例え男らしく出来なかったとしても、心の芯の部分が美しければそれでいい。ここは美を尊ぶ女神の国なのだから、見てくれだけでなく、心こそ美しくあれと言ったのが母だった。


 そんな病で衰えた母の為に、化粧品開発に精を出した私は結局見てくれにこだわり続けているのかもしれないけれど、それで多くの女性が前を向けるようになるのならそれでいいじゃないって思っているの。


「だいぶ脅しておいたから、しばらくは来ないと思うのだけどね?」


 母に見送られながら馬車に乗り込むと、御者が馬車を動かし始めた。

 恋しい婚約者とようやっと結婚が出来たアティカス様は、誰にも会わずに引きこもり生活を送りたいと思っているんでしょうけど、そうは問屋がおろさないのよ。

 今ある化粧品は、あの父でさえ魅了されるほどの効果が強い物だから、もっとナチュラルな物に変更していかなくちゃいけないわね!


「さあ!もっともっと頑張らなくちゃ!」


 女性の人権が守られないような国では、私みたいなハートが乙女の異端児が認められるのなんて百年先の事になっちゃうわよ!

 せっかく王家の中枢がガラリと変わって、風通しの良い状況になったし、あの性格の王妃様が君臨しているのだもの、私が頑張らなくて誰が頑張るのって感じよ!


 気合いを入れた後に私が外を眺めると、メイドのコリンナが誰かを締め落としながら歩いているのが見えたわ。


 あら、どっかの国のスパイがまた捕まったって事なのかしら。

 最近、この国は加護持ちの情報を少しでも得ようと躍起になっている周辺諸国のスパイがバカスカ捕まっちゃっているのよね〜!


   

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婚約破棄されたごみ屑令嬢は無関心だったあなたに囚われます もちづき 裕 @MOCHIYU

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