第29話  愛するあなた

天母神レオーネと地父神オケアノスは武の神アペトス、知の神モシュネー、美の神ティオーネを生み落とした。


 女神ティオーネが司る国は、その後、武の国と知の国の脅威に晒される事となった。その時に、加護の力を持つ巫女が生まれ出た。


 守りの力を持つ巫女の近くには、巫女を守る庇護者が常に傍にいた。

 二人は同じ村で育った幼馴染で、寄り添うように、お互いを守り合いながら他国からの脅威を退けた。

 二人は将来を誓った仲だったけれど、ある時巫女は、女神ティオーネの血を引く王子に攫われる事になったのだ。


 他国からの脅威がなければ攻撃者である庇護者はいらない。巫女を自分のものにした王子は最初は特別な女性を手に入れて満足したものの、次第に、それほど美しくもなく純朴そのものの容姿の巫女の姿に見飽きてしまい、心臓を貫いて殺した末に捨ててしまったのだった。


 いらない巫女でも誰かの物になるのは許せない、そんな理由で王子は巫女を殺したが、ようやっと王都まで追いかけてきた庇護者は、巫女の亡骸を抱えて天を仰いだ。


 庇護者の絶望が天へと届き、天母神はレオーネは王国に星の雨を降らした。

 元々アルンヘム王国の王都はバリキウス山脈の麓に位置していたが、星の落下によって不毛の大地と化したが為に、今の場所へと都を移した。

 星の塊で覆われた大地は今も生物が住めぬまま、呪われた土地とも呼ばれている。


「ああ、アラベラ、アラベラ、君に何事もなくて本当に良かった・・ああ・・良かった」


 王弟の息子となるバルトルト・ブルクハウセンは、加護を持つアラベラを不当に害そうと試みた。こうなる予感はあった為、身を守る守護の魔石を身につけさせて、天母神の力を借りずとも星を降らせるだけの力をつけた。


 己の美的価値観を押し付ける輩は、王弟ブロウスを旗頭として王家乗っ取りも企てていたようだが、これを良い機会として大きく力を削ぐ事にしたのだが、思いの外、王妃を喜ばせる結果となったようだ。


 ブルクハウセン公爵家は、息子バルトルトが流行病に罹って亡くなったとして、ひっそりと葬儀をあげているのを知っている。

 遺体はユトレヒト公国の砂漠地帯に散った事になるのだから、遺体なしの葬儀はひっそりと身内のみであげるしかない。こうして後継者を失った公爵家は一代限りの爵位となって、公爵が死ねば爵位も消失する事となった。


 病を蔓延らせ、星を落としたから、アラベラをごみ屑などと言い出す輩は一人もいない。古い貴族の間では、俺の名前は恐怖と共に語られているようだが、そんな事は知った事ではないのだ。


 結婚の儀も済ませ、正式な夫婦となってからは、王宮の裏に位置する風見鶏の家で、引き籠るようにして生活を楽しんでいる。

 蜜月をたっぷりと楽しみながら、アラベラは子育てと刺繍を、俺は錬金術の研究をして日々を過ごしていく。外に出るつもりもないし、社交をするつもりもない。

 領地も信頼がおける人間に任せれば、本当に家の敷地内から出ずに過ごすことが出来るわけだ。


「アティカス様、また寝ぼけたの?私はここにいるよ?」

 寝ぼけ眼をうっすらと開きながら、アラベラは笑みを浮かべると、俺を抱きしめながら優しく背中を撫で続ける。

「大丈夫、私はここに居るよ」


 婚約者でありながら、近づく事すら出来なかった俺は、長年アラベラに会えなかった後遺症からベッタリとくっついて居なければいけない体になった物だと思われているらしい。


「アラベラ、愛してるよ」

「アティカス様・・私も・・」


 抱きしめながら寝てるだけで涙がこぼれ落ちてくる。

 胸を刺される事なく生きている、アラベラは間違いなく生きている。

 絶対に死なせないように守らなくちゃいけない。

 彼女を守り切るために、俺は錬金術を極めたんじゃないか。


 大きな不安はやがて小さな塊へと変化していき、彼女の髪に顔を埋めながらため息を吐き出す。


「そういえばアティカス様、明日はコーバさんが新商品を持ってきてくれる予定でいるのよ」

「はあ?」

「お化粧品をピカピカし過ぎない程度に改良するとか何とか言っていたじゃない?セグーロ商会のオーナーさん?」

「面倒くせえ〜」

「それに、コリンナが王家から頼まれごとがどうのと言ってたけど?それは大丈夫なの?」

「面倒くせえ〜」

「引きこもりしたいのは分かるけど、王宮に出仕しない代わりにきちんと働かなくちゃいけないんだよ?私も刺繍を頑張るからアティカス様も頑張ろう!」

「うううううう・・・・」


 俺は作り上げた箱庭でアラベラと生活ができたらそれで良いのに、雑多な雑事が外から舞い込む量が多すぎる。

「旦那様!頑張って!ねえ!」

「アラベラの旦那様呼び、いいな」

「そう?旦那様?」

 まあいいや。

 面倒な事は後回しにして、俺は愛しい妻の体を引き寄せたのだった。

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