エピローグ−2 フォルティスクエスト

「本当?」

「ああ。俺にはお前さんをこっちまで連れてきちまった責任があるからな」


 それから修一は手始めにラクシャスがどの程度のことができるのかを見極めようといろいろと試した。


 結果的に、修一が思っているよりもラクシャスの力は応用が利くことがわかった。


 姿を変える、幻を見せる、実際に幻に触ったり触られたりした感覚を与える、といったような幻術で想像しうる限りのことはできた。さらには魂だけを異空間に閉じ込めて昏睡状態にすることもできるらしい。


「君はまるで生きたお化け屋敷だな」

「で、どう? 何かいい案は思いつきそう?」


 修一は腕組みをして考えた。寝不足で回らない頭を無理やり回転させて何か良い方法は無いか考えていると、部屋の片隅に転がっていたものが目についた。


「あ……」


 修一がそれを持ち上げると、ラクシャスが肩越しにのぞき込んできた。


「なにそれ」


「ビデオゲームだよ。この前ゲーム会社で働いてる知り合いに貸してもらったんだ」


 修一が手にした箱には防具や剣を装備した主人公と、魔法の杖を持ったヒロインのキャラクターが描かれた手のひらサイズの箱だった。


「これからの時代はこういう遊びも増えていくと思うんだよな。だからもしかしたらこいつは使えるかもしれないぞ」


 ラクシャスは不思議そうな顔をして首を傾げているだけだった。


「えーっと、このゲーム機を使って遊ぶんだよ。まぁ百聞は一見にしかず、万事案ずるよりやってみるが易しってな」

 

 修一は部屋の隅っこに置いてあるゲームの電源を入れた。

 ブラウン管の画面に荒いドットで作られたゲームタイトルが浮かび上がる。


「ふぅん、なるほどね」


 修一が持っていたのはRPGのソフトで、ゲームが開始するとラクシャスのために村人やキャラクターの会話を全て読み上げていった。


「へぇー面白いわね。自分で動かせる物語みたいなものね」


「そうそう。そこでだ、ラクシャスがゲームの世界を作って、そこに子どもたちに入ってもらって試練を与えるってのはどうだ? それで子ども1人だったら諦めちまう奴もいるかもしれないから、3人かそれぐらいで試練をさせるんだよ」


 ラクシャスはぽんと拳で手のひらを打って感心した。


「なるほど、そういうことね。ただ、実際にゲームの世界を丸まま何人かに見せるってのは力を使いすぎるから無理ね。でもゲームの登場人物を幻術で見せることぐらいはできるわね」


「じゃあ例えば現実に現れたゲームのキャラクターと戦うってことにして、幻の敵と毎日戦わせて100日ぐらいかけて慣れさせるだろ、それで最後に恐ろしい敵に立ち向かうってのはどうだ」


「いいわね……それ、いいわね!」

 ラクシャスは興奮したような顔で修一を見た。


「そうだろう、そうだろう! あんた話のわかる悪魔だな。いっそのこと、ゲームのパッケージも作っちまおう。一見普通のゲームだけど遊んでみたら実は違って……ってのがおもしろそうだな。よーし、そうと決まれば印刷会社で働いている知り合いがいるんだ、そこでオリジナルのゲームのパッケージが作れないか掛け合ってみよう。それから、俺の実家の近所に行きつけのおもちゃ屋さんがあるんだ、そこで特別に売ってもらうことにしようぜ」


 修一は眠いのも忘れてラクシャスとゲームキャラクターの大まかな設定を作った。

 

 本来ならここまで大掛かりなことをしなくても、ちょっと子どもを怖がらせるぐらいで良かった。


 しかしラクシャスは、この修一という男が模造紙を広げて鉛筆を走らせてモンスターの姿や設定を書いている姿を見るのがどこかおもしろく、止めてはいけない気がした。


 ラクシャスは出来上がった設定資料から、ステータスカードと巾着袋、スライムや歩くキノコ、猫又なんかのモンスター、それと主人公たちのスキルを修一の前に出してみせた。


「さすがの出来栄えだ。これで恐怖も勇気もがっぽり取れるんじゃないか」

「期待できそうね、ふふふ。ところでこのゲームの名前は何にするの?」


「そうだな。じゃあえーっと、フォルティスクエストってのはどうだ。フォルティスはラテン語で勇気の意味、クエストは元々は探究、今では英語で冒険の旅の意味だ」


「いいわね」

「どんな子が遊ぶんだろうなー、楽しみだな」


 目の下にさらに濃いクマを作った修一は楽しげな笑みを浮かべた。


「ついでに大まかなストーリーも考えておくか」


「やっぱり姫を助けたり、守ったりするのが一番勇気が湧きそうね。私が姫役とゲームの解説役になれるし」


「うむ。やっぱり王道が一番だよな」


 修一はそう頷いてから、ぽんと手を打った。

「あそうだ、もっと勇気が出そうなシチュエーションを思いついたぞ。80日目ぐらいで一番レベルの高いキャラクターを戦闘不能にするんだ。残りの2人は不安になるぞぉ」


「修一あなた……」


 ラクシャスは修一の方をじっと見た。


「さては天才ね?」


 修一は時間帯も構わず「わっはっは!」と大きく笑って自慢げな顔をした。


「あ、私も1つ思いついたわ。スキルの獲得条件やレベルの上がり幅をバラバラにしておいて主人公たちを不安にさせましょ」


「おお、いいな。さすが試練を課す悪魔なだけある」

「それほどでも……あるわね!」


「じゃあスキルは、倒したモンスターの種類によって獲得するやつが1人だろ、モンスターを倒した方法で決まるやつも1人いてもいいな、あと1人は……どうしようか」


「大切な人を思う気持ちの強さ、とかどう?」

「うーん、天才! ラクシャス、君は天才だ!」


「やったー!」


 こうして徹夜明けのテンションでゲームは作られていく。


 いつの間にか、降り積もった雪に反射した眩しい朝の光が窓から差し込み始めていた。

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