私の職業は「魔女」らしい

山法師

私の職業は「魔女」らしい

 下町の、職人達が店を構える区画の一角に『ヴェールノアレル』という店がある。その店は若い魔女が営んでいるというが──。


 私の職業は『魔女』らしい。

 ごちゃついている下町の、職人達が店を構える区画の一角。そこにこぢんまりとした私の店がある。


「いらっしゃいませ」


 ドアベルの音に、声をかける。今日二人目のお客さんだ。


「あの……北方のドラゴンの爪ってありますか?」

「はい、御座いますよ。幼体から老体、本数も確保してあります。……何に使われる予定でしょう?」


 北方のドラゴンの爪は、主に熱冷ましに使う。


「祖母が……ここの所火照りがとれないと言っていて……」


 お客さんである少女はそう言って、俯いてしまう。


「お医者さんは何ともないって……でも、前にも風邪引いて、そこから病気になったから……早く何とかしないとって……」

「かしこまりました。それでは……幼体のものを三日分ご用意しますね」


 カウンターの奥に引っ込み、北方ドラゴンの爪を取り出す。加えて、別のものも取り出した。


「お待たせしました。『北方ドラゴン幼体の爪』の粉、一包一日分です。朝食の後に飲んで下さいね。それと……」


 カウンターで商品の説明をする。私は一緒に出しておいた、赤子の拳ほどの瓶も隣に置く。


「宜しければこちらもどうぞ。『マルハナ』の蜜です。体力回復と熱を追い出す効能があります」

「えっでも、お金が」

「いえ、お試しという事でお代は結構ですよ。お体に合って気に入って下されば、その時に、また」


 こういう事の積み重ねで常連を作るのだと、母に教わった。けれどやりすぎもいけないと。

少女は笑顔で帰って行った。あの子のおばあさんが、良くなると良いと思う。

 今日は後一人来るかどうかだろう。私が継いだ店は、ひっきりなしに客が来るような店じゃない。もしそんな状況になったら世界に何かが起きていると、父は言っていた。大げさな気もする。

 私の店『ヴェールノアレル』はこんな感じでゆったりと営業している。名の由来は、教えて貰う前に両親ともに逝ってしまった。

 名といえば、私の名前──ユリエラ・バルト──の名の由来も聞き損ねたな。今更そんな事を思う。


「まあ、しょうがない……んー」


 軽く伸びをして、閉店までの気合いを入れる。いつ何時も、店を守っているという意識を持て。そういう風にも教わったから。


 また、ドアベルが鳴った。


「いらっしゃいま、せ……」


 そこに立っていたのは、真っ黒な服に身を包んだ背の高い人間。


「……こちらにいらっしゃるなんて、珍しいですね?」


 ある意味、常連さんだ。ある意味というのは、普段は表立って店には来ないから。


「至急、欲しい物がある。あればあるだけ欲しい」


 低く響く声で言いながら、常連さんはずんずんとカウンターに近付いてきた。


「えっと、まずその必要な物というのはなんでしょう? 後出来れば何に使うかもお聞きしたいんですが……フェルステマンさん」


 彼の名はイザーク・フェルステマン。この国の騎士だ。


「この前討伐の際に頼んだ物と同じ物を。近隣で魔物の目撃情報があった」

「魔物?」


 この店は有り難い事に、お国と、とりわけその騎士団と商売をさせて貰っている。普段は定期で商品を届けているが、こういう場合も時折ある。


「どんな魔物かによって用意する物が変わります。詳細を教えて下さい」

「まだ調査部隊が戻ってきていない。少ない情報になるが、いいか?」


 しょうがない。あるだけの情報でやりくりするのも、この商売では良くある。


「分かりました」

「四つ足の獣で羽根があり、体長は俺より小さい。屋根の上を駆けていたそうだ」

「フェルステマンさんより小さい?」


 何故そこでフェルステマンさんが比較対象として出てくるんだ。


「目撃したのが俺の団の非番の者だった」

「なるほど」


 四つ足、羽根、屋根の上を駆ける……。


「どんな頭、顔かは分かりますか?」

「いや、そこまでは」


 これは、ややこしい案件かも知れない。


「私も行きます」

「何?」


 こういう事を言うと、決まってフェルステマンさんは難しい顔になる。


「……もしかしたら、討伐でなく保護が必要かも知れません。現場での情報がもっと必要です」

「………………分かった」

「準備してきます。ちょっと待ってて下さい」


 カウンター横の椅子にフェルステマンさんを座らせると、私は店の奥へと引っ込んだ。



「……失礼します」


 フェルステマンさんの先導で、黒獅子団の隊舎に入る。フェルステマンさんはここの副団長だし、ここに来るまでもその顔パスで手続きを飛ばして貰った。いつもこうだが、分不相応な待遇を受けているようで少し肩身が狭い。


「いらっしゃいバルト嬢。わざわざご足労頂いて、頼もしいやら心配になるやら」


 入り口すぐで、団長のダミアン・ガイスラーさんに声をかけられた。


「団長……紙鳩カミバトを飛ばしたからといってここまでこないで下さい。執務が残っているでしょう」


 呆れた声を出すフェルステマンさんに、ガイスラーさんは言い返す。


「それを言うなら君もだよ。魔女さんへの頼み事なんて新人がやったって問題無い」


 なにそれ初耳。私は思わず隣を見上げる。


「……」


 フェルステマンさんはさっきよりも難しい顔になっていた。


「まあ、調査部隊も帰ってきた事だし、ちょうど良いだろう? 皆で作戦を立てよう」


 黒いマントと肩まである赤毛を翻し、ガイスラーさんは会議室へ歩き出した。

 フェルステマンさんの黒髪も見事なほどの漆黒だけど、この人もとても綺麗な赤毛だと、会う度思う。ちなみに私は長さだけはある茶髪を三つ編みにして、背中に垂らしている。

 会議室にはガイスラーさんが言った通り、すでに五人ほどの団員さん方がいた。この人達が調査部隊なんだろう。

 全員が座った所で、ガイスラーさんが切り出した。……こういう時、何故いつも私はフェルステマンさんとガイスラーさんの間に座らなければならないんだろう?


「さて、今副団長とともに入ってきたバルト嬢を知らない者は……いないね。じゃあ、調査部隊の面々の調査結果を聞こう」


 その言葉に、向かって右端の団員さんが話し出す。

 それによると、最初に目撃されたのは一時間ほど前。そこからもう何件か撃情報が入ってきたらしい。場所は庶民の住宅街で、場所が場所なだけに早期に収拾をつけたいんだそう。


「今、場所を絞って魔物の捜索をしております。現場の住人には家から出ないよう広域通達を行いました」

「その魔物の特徴は? どんな姿ですか?」


 思わず口を挟んでしまう。団員さんはこちらを一瞥し、口を開く。


「今までの情報を会わせると、体長は人並み、鳥のような羽根と嘴を持ち、四つ足で駆けながら羽根をばたつかせる……といったものです。飛翔能力があるかは確認出来ませんでした」


 ああ、それならもう、確定したも同然だ。


「特定は出来るか」


 フェルステマンさんの問い掛けに、強く頷く。


「はい。おそらく、その魔物はグリフォンです。しかも幼体の可能性があります。親が探しに来る前に保護して森に帰した方が良いでしょう」

「親?」

「親の大きさは馬程あります。それにグリフォンは知能も高いけど気性が荒い。子供に何かあったら、街に被害が出るかも知れません」

「それはまずいな。……体制を討伐から保護へ。団員の数も増やそう。指揮は私がとる」

「は!」

「イザークは実働部隊へ。バルト嬢はどうしたいかな?」

「私は残ります。……あのでも、一つお願いしたいんですが」


 なんか今、フェルステマンさんが揺れたように見えたけど、どうしたんだろう。


「言うと思ったけど……内容を聞いても良いかい?」

「ありがとうございます。子供を保護した時とか、もしその羽根が抜けたりしたら……こちらに頂けませんか?」


 グリフォンの羽根は薬になる。


「だ、そうだよ実働部隊。頑張って」


 言われて気付いた。そうか、これを行うのはフェルステマンさん達実働部隊になるのか。


「あの、無理にって訳では……その暇があればってくらいで」

「問題無い。それも遂行しよう」


 フェルステマンさんは頷き、立ち上がる。


「では団長、行って良いでしょうか」

「本当に君分かり易い……はい、話は終わり。それぞれ動き出して行こう、解散!」


 ガイスラーさんの言葉で、私以外の全員が俊敏に動き出す。騎士さんってこういう時本当にキビキビ動くなあ。


「……バルト嬢。いつもありがとう。こういう時、生きた知識というのは本当に大切なんだと身にしみるね」

「そうですね、私も……この知識が役に立っているのがとても嬉しいです。もっと知っておけば良かったと今更思う時もありますが……」


 私が持っている『喪われた識アポレィ・ソフィア』はほんの一部。大部分は受け継げなかった。


「まだまだ時間はあるからね。バルト嬢も頑張ってる。…………話は変わるんだけど、バルト嬢」

「はい、なんでしょう?」

「イザークについて、どう思う?」


 時々、ガイスラーさんからこういう質問をされる。最近はほかの団員さんにも聞かれたりする。


「えっと……とても真面目な方だと思います」

「うんうん。他は何かある?」

「ええ? ……んー、皆さんに信頼されてるんだなあと……?」


 この質問タイムは何に関係するんだろう。


「……うん、イザークってそういう奴だよね……もっと頑張れよ……」

「???」



 その後のグリフォンの確認、保護、森への解放はとてもテンポ良く進んだ。グリフォンはやはり幼体で、怪我なども確認出来なかったので「初めてひとりで遠出してみたら迷子になった」ものだと推測された。


「良かったです、その子に怪我がなくて」


 もし怪我などしていたら、親グリフォンは怒り狂うだろう。他の魔物も血の匂いに釣られてやってきていたかも知れない。


「団員さん方もありがとうございます。グリフォンって羽根抜け落ちやすいんですかね?こんなに沢山……」


 目の前に置かれた複数の布袋の中には、グリフォンの羽根がたっぷりと入っていた。袋の大きさも背負い鞄並なので、本当に多い。


「いえ、保護の際に少々……グリフォン? が暴れまして。その時に抜けました」


 袋を持ってきてくれた団員さんが言う。


「なるほど。……それで、あの、フェルステマンさんはどうしたんですか……?」


 フェルステマンさんも一緒に袋を持ってきてくれたのだが、なんだか落ち込んでいるように見える。


「ああ、ええ……暴れている所を副団長が一睨みしたら、その、グリフォンが気絶しまして」


 一睨みで。……幼体には刺激が強かったのかな。


「そのおかげで他が滞りなく進んだんだろう? イザーク、君の成果だよ」


 ガイスラーさんはそう言って、フェルステマンさんの肩をポンポン叩いた。


「後は魔物除けを周辺に撒いて、一週間ほどですかね? 何もなければ大丈夫かと」


 私は魔物除けの香り袋と、薬液の瓶を取り出す。


「瓶の中身は百倍に希釈して撒いて下さい。あ、希釈するのは水で大丈夫です。それとこの香り袋は、無風なら半径五メートルほどの範囲で効果があります。軒先に吊すとか、今回グリフォンに接触した人も……」


 説明しながら顔を上げると、周りにいた人達が皆一様に変な顔をしていた。


「……? どうかしましたか?」

「いや、バルト嬢。香り袋はともかくその瓶……なんでその大きさの鞄から出て来たんだと思ってね……?」


 ガイスラーさんが私の肩掛け鞄とその倍はある薬液の瓶を交互に見た。


「ああこれは、鞄の中の空間が広いんです。だからこの大きさの瓶も、鞄を壊さずに入れられます」


 あれ、これ見せたのって初めてだっけ。


「……いや、魔女さんの力は本当に凄いね……」

「そう、ですか」


 これは『喪われた識アポレィ・ソフィア』より、今ある科学技術の方に近い。だけど、それをうまく説明出来るほどの知識を私は持っていない。


「……鞄がどうあれ、今すべきはこれらをしっかりと行う事でしょう」

「!」


 低く通る声が、俯きかけた私の顔を上げさせた。


「……そうだね、まだやる事は残っている。気を抜かずにいこう」



 あれからちょうど一週間。グリフォンや他の魔物の目撃情報も無いという事だし、魔物除けもきちんと効いたようだ。


「今回も貰っちゃったな……いや、有り難いけども」


 私はグリフォンの件で、情報・資材提供者としてちょっとした礼金みたいなものを貰った。ちゃんと商品の代金も、グリフォンの羽根も受け取った身としては、なんだか貰いすぎてるような気がしてしまう。


「まあ、私が評価されることで他に同じような事があった時、スムーズに事が進むんだろうけど」


 そう考えればいいか。そう自分を納得させていると、ドアベルが音を立てた。


「いらっしゃいませ……あ」

「あ、あの、こんにちは」


 そこにいたのは、この前北方ドラゴンの爪を求めてきた少女。


「こんにちは。あの後、具合良くなりましたか?」

「はい! おばあ、祖母も元気になって、ありがとうございます!」


 頬を上気させ、とても嬉しそうに言う少女。ちゃんとものが効いたようで、こちらも安心する。


「それは良かったです」

「あの、それで……あの時一緒に貰った蜜、家族皆も気に入っちゃって……ちゃんと買いに来ました」

「それはありがとうございます。今用意しますね」


 この子も、その家族も、常連さんになってくれるだろうか。そんな事を考えながらも、でもあの笑顔が見られただけでも良かったとも思ってしまう。

 リリィという少女──名前を教えて貰った──は中くらいの大きさの『マルハナ』の蜜瓶を買っていった。今度は笑顔だけでなく、手まで振ってくれた。

 こちらも手を振りかえしながら、思う。こんな日が続けばいいのになあ。



 この世界の人々は昔、自然の恩恵とそこからもたらされる智恵を用いて生きてきた。今よりも世界に対する見識は深く、人々は人以外のもの達とも一緒に暮らしていたそうだ。

 それがいつの間にか消え、自然との隔たりが深く広くなり、人々は『人』と『自然』を分けるようになっていった。だが、それでも一部の者達は自然との繋がりを保ち、生活をしていたそうだ。

 私の家はその末裔に当たる。自然と繋がっているとされる知識、『喪われた識アポレィ・ソフィア』と呼ばれるそれを、私も少しだが持っている。

 そして、『喪われた識アポレィ・ソフィア』を持つ人間は『魔女』や『魔法使い』と呼ばれるらしい。

「そういうものを使うってだけなんだけど」

 私の知っている魔女や魔法使いは物語に出てくる、自分の意のままになんでも出来てしまう人だ。そういう人達と同じ呼び名というのも、誇らしいような、言い過ぎですと言いたくなるような。


「……さて、納品するものの確認でもしてましょうか」


 頭を切り替える。騎士団への納品日はもうすぐそこだ。


「グリフォンはその次に持って行こうかな」


 羽根で作る薬は日数がいるし、他にも色々実験もしてみたい。


「……フェルステマンさんにも、お礼言わないとな」


 私が魔女と言われる事を少し気にしているのを、あの人は多分気付いてる。けれど、あそこでフォローしてくれるなんて思わなかった。


「納品日の時、会えるかな」


 お客さんのいない、ゆったり時間が流れる店内で、私は呟いた。


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