21.NEVER GIVE UP!
日暮山展望台からは、駒ヶ岳と大沼・小沼・蓴菜沼が一望できる。
今朝はここまで、蒼と一緒に動画配信のためにやってきた。
「よーし、ハコちゃん。準備はいいかな~」
「OKです。ダラシーノさん」
葉子はサングラスをかけて、大沼国定公園のパノラマ風景をバックにそこに立つ。
まだ少し肌寒いけれど、五月の爽やかな朝の風が気持ちいい。
今日は快晴、うしろの駒ヶ岳と新緑の森林、そして青い湖面が輝きずっとむこうまで広がっている大沼――。ラッキーなことに、素晴らしく見通しが良い天候で、大沼と駒ヶ岳の向こうには噴火湾の青い海も見えている。
ここが今日のハコの唄配信ロケ現場、最高の日和だった。
「いきますよ」
すっかりカメラマンが慣れてしまったダラシーノこと蒼くんが、テレビ局スタッフのように『3,2,1――キュー』という手合図をする。
葉子はいつもジョギングのついでに唄っていたので、だいたいはスポーツスタイルをしている。今日もその姿でギターを肩に掛け、カメラの前へ視線を向ける。
サングラスをしてから、姿をたまに出すようになった。
今日はその『たま』の日。
「ハコです。今朝は、大沼国定公園が一望できる『
蒼のカメラが、駒ヶ岳を左に、その山裾から雄大にひろがる新緑と青い湖沼群へとカメラを向け直す。
*すごい! これがいつもハコちゃんが唄っている大沼を上から見た景色!?
*北星さんが撮り続けた写真の全貌なんだね!
*活火山に、森林に湖、向こうには海まで見えるってすごい!!
*北星さんが、ハコちゃんの撮影を見守ってるってかんじがするね
コメントが入ってきている――という蒼からの伝達に、葉子も微笑む。
「もうすぐ北星秀の写真集が発売されます。たくさんの予約もいただいておりまして、ご購入の皆様にお礼申し上げます。唄う前に、お知らせをいくつか――」
蒼のカメラワークがパノラマ景色から、告知をするハコへと戻ってくる。
「皆様、三年間、私の拙い唄を毎日視聴してくださって、ありがとうございました。来月の北星の写真集発売をもって、毎日の配信はこれまでといたします」
*えーー! やめちゃうの、ハコちゃん!!
*いいよ。頑張ったよ! でもときどきでいいから声を聞かせて!!
*やっと声が元に戻ったもんね。最近まで唄っても前ほどの声量はもどってなくて、かすれ声だったし、ムリは禁物だから、いいよ。
「ときどき、また、唄もお届けしますし、リクエストもいままで通りに受け付けいたします。あとはダラシーノさん担当のレストランコーナーも続けていきます」
「ダラシーノカフェも、ハコパパシェフ今夜のひと皿も続けていきますよ!! もっともっとフレンチのこと紹介したいでっす。俺に任せてください!!!」
*またダラシーノの声が聞こえた!
*ダラシーノうるさい!!
*でも、ダラシーノ、いろいろ撮影してくれるから面白い
どんなに視聴者に言われても、ダラシーノはなんのその。いまもこのチャンネルと『フレンチ十和田』を盛り立てることに一生懸命だった。
このチャンネルはもう蒼なしでは成り立たない。視聴者にどやされるのだって、彼が作り出す賑わいなのだ。
『もういいよね』――、葉子も初めて伝えてみる。
「ダラシーノさんは、北星秀さんのお仕事での後輩です。優秀な後輩だと言っていました。今度は……、この方が、私の上司になっています。つまり、その、メートル・ドテル。北星さんとおなじ給仕長です」
『ハコ』として自ら葉子が蒼の立場を伝えたので、彼も一瞬ギョッとしていた。
*ダラシーノ、北星さんの後輩!? なんでそこにいるの!
*北星さんが認めているなら優秀なメートル・ドテルってことですよね!
*なんでハコちゃんの手伝いを始めたの
「ダラシーノさんは北星の後を引き継いだ後輩ということで、来月発売の写真集には、ダラシーノさんが神戸で北星さんから指導を受けていた時に、参考にと撮影していた姿も掲載されています」
そこでダラシーノもカメラを構えたまま、声だけで割り込んできた。
「よろしくおねがいしまーす! めっちゃ怖い先輩だったんですよー。仕事では、ですよ。それ以外はすんごい優しい人でした。でも、怒るときの目が目が……、そういう、仕事の時のシビアな北星さんは僕の憧れだったんです!!! 見てください!!!!!」
*わ、ダラシーノ! また、うるさい!!
*なんでいっつもそんな声でかいのっ。音声ひび割れるときがあるんだけど!!
*北星さんに怒って欲しい
「メートル・ドテルは北星のもうひとつの『姿』でした。それも彼のもうひとつの生き様として、見届けていただけたらと思います。それでは――」
今日の唄は Kylee 『NEVER GIVE UP!』
情熱を握りしめていく生き方は、ひとつじゃない。
聴いて。秀星さん。
私はいまも、唄っている。
⇒最終話 北星秀・写真集『エゴイスト』更新済み
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