09 決着
白銀の人影が床を滑り、纏う精霊力が輝く右腕を振り上げて、赤いめかまじょへと襲い掛かる。
赤いめかまじょ
父、
復活その前後の因果係数操作に五百年分もの膨大な魔力を消費しており、つまりもう都合のよい偶然は起こらない。
ここからの美夜子は、自分の力だけで戦わなければならないのだ。
なおここで作者補足を入れるが、志木島博士が自己を魔法という存在へと変えて五百年前へと遡ったのであれば、美夜子の運命も遡って救うことが出来なかったのか?
読者の中にはそう思われる方もいるだろう。
試みることは、可能であったかも知れない。
だが、因果の率を僅か変えるにも莫大な魔力が必要なのだ。
すべての辻褄を合わせることは出来ないし、そもそもタイムパラドックスが生じて、「美夜子を救うために過去へ」という志木島博士が存在しなくなるかも知れない。
なによりも飛行機墜落の悲劇がなかったことになれば、メカマミヤコも生まれることがなかった。
確実に、二人の美夜子の運命をよい方へと変えるため、また、周囲への影響を抑えるため、魔法という概念と化した博士は、過去を変えずに自身が魔法化した後の未来だけを変えたのである。
もう父が用意した奇跡は起こらない。
そんな心配が無用かどうか、復活したばかりの美夜子にはまだ分からないが、少なくとも現在のところまるで気にならないくらいに全身奥底から莫大なパワーがこんこんと溢れているのを感じでいた。
とにかく身体が軽い。
実際の重量は104キロだが、吹けば飛べるくらいにとにかく体重を感じない。
だというのに床へ立つにどっしりとした安定感があるという矛盾が、一切の矛盾なく美夜子の中で同居していた。
ヒトミヤコつまり美夜子オリジナル体との融合効果だ。
要は、生身部分の持つ魔力制御能力が格段に向上し、そのため魔道ジェネレーターから効率よくパワーを引き出すことが出来るようになっているのだ。
その結果が現状である。
オリジナル体の持っていた魔法使いとしての資質と、クローン体の持つ機械との融合係数、その相乗効果によって赤いめかまじょはとにかく身が軽く、格闘において白銀の機体を完全に翻弄していた。
白銀の機体は機能停止状態から再稼働したものの、四肢に蓄積されたダメージまでが回復したとは考えにくい。
美夜子の能力向上と相まって、場の優越は絶対的であった。
速さのみならず。
パワー比べにおいても、美夜子は負けていない。
技の正確性においても。
拳、蹴り、ずんと重たい一撃が白銀の機体へと着実にダメージを与えていく。
その状況不利を、なんとか打開しようということだろうか。
ぶうううううん!
白銀の魔道ジェネレーターが激しく唸り、床がびりびり震える。
それまで拳だけが青白い輝きに包まれていたのだが、全身に広がっていた。
魔導ジェネレーターの、単純出力を上げたのだろう。
床を蹴り、美夜子の赤い機体へと体当たりを仕掛ける。
その躊躇のない体当たりは、まるで大砲の砲弾といったパワー、勢いであったが、それでも美夜子は負けていなかった。
どっしり構えて避けず、白銀の双肩を掴んで突進を受け止めると、そのまま身をそらせて背面へと投げ飛ばしたのである。
白銀の機体は、なんとか空中で体勢を整えると、着地と同時に左腕を前に突き出した。前腕が本体から切り離されて、ジェット噴射で美夜子へと飛ぶ。
めかまじょと同様に、ロケットパンチ機構を備えているのだ。
美夜子は素早く反応、自分も左腕を正面へ突き出し、真っ赤な前腕を打ち放っていた。
空中で、ロケットパンチ同士がぶつかった。
勝ったのは赤い方だ。白銀の腕を跳ね上げた。
ふらふら飛びながら白銀の腕が、主へと戻りガチャリ装着される。
対して美夜子は、腕を戻すことは後回しで、床を蹴って天井すれすれにまで跳躍していた。
「ブーーメランレーーッグ!」
股関節から右足が切り離されて、軽く膝の曲がったブーメラン形状がくるくる回りながら白銀の機体を打撃した。
完全に不意を突かれて攻撃を受けた白銀の機体は、ぐるん全身を急反転させられて正面から壁に激突した。
大きな一撃。ではあるが、これ自体はまだ活動停止に追い込むほどのダメージではないようで、白銀の機体は壁に手を着き振り返る。
がんがん、ごんごん。
右腕から爆音にも似た低い音。
まだまだ状況不利と覚えたか、彼女は、さらに魔道ジェネレーターの出力を上げたのである。
結果、これこそが大きな一撃であった。
ごんごんごんごん、がんがんがんがん、不協和音めいた右腕の唸り、地響き。ガチガチとハンマーで岩を叩いているかのように床が鳴り震える。
白銀の全身を包む青白い輝きが、さらに強く、強く、白に近付いていく。
どれだけの精霊力が働いて、右腕の中で莫大かつ強力な魔力が作られているのだろう。
それが発揮される場面は、訪れなかった。
ぷすん……
けたたましく唸る右腕からそのような音がして、彼女はそのまま前へと倒れた。
白銀の全身を覆っていた精霊力、青白い輝きが、一瞬にして消滅していた。
部屋に残るは静けさであった。
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