07 ただいま

「うああああああああああ!」


 燃えそうなほどに熱く激しい絶叫が、部屋を低く震わせている。


 二人のとりが叫んでいるのだ。

 二人の声が共鳴しているのだ。


「な、なんやの、なにが起きとるの……」


 青い機体のめかまじょみやもとなえが、目の前で起こるわけの分からないことの連続にすっかり狼狽えてしまっている。


 早苗の目の前で、二人の美夜子が真っ白に光り輝いている。

 空気を、壁を、激しく震わせている。

 二人の美夜子が……

 いや……


「ま、幻?」


 目の前に浮かぶのは一人。

 強烈な光を輝き放つ、一人の美夜子だった。


「な、なにがなんだか……」


 呆然としている早苗であったが、不意にびくり身体を震わせる。

 驚きに見開いた視線を、足元へと落とした。


 しー、しー、と微かに聞こえるモーター音。

 胸に大穴を空けたまま倒れていた白銀の機体の、手足が動いているのだ。

 女性型のその機体は、床に手を着き、ゆっくりと立ち上がろうとしている。

 機能が完全停止したわけではなかったのだ。

 自己修復機能が内蔵されているのか、それとも魔道ジェネレーターや関節モーターが冷却されるのを待っていただけなのか。

 胸に大きな穴が空いて背中側が見えているが、しかしそれがダメージであるとは思えないほど、すうっとなめらかな動きで立ち上がっていた。


「あ、あかん、うちもう動かれへん」


 早苗の胸や関節からは、まだバチバチと回線ショートの火花が散っている。まだ、もなにも機体に自己修復機能などはなく、どこかでメンテナンスを受けない限りこのままだ。

 つまりは絶体絶命の状況であるが、されどもどうしようもなく、舌打ちして神へこのタイミングを呪うことしか出来なかった。


「いや、でも狙いがうちとは限らへん……」


 ぼそりと早苗の独り言。


 ガチャリ、ガチャリ……

 白銀の機体が床を踏む。

 早苗の想像通り、狙うのは美夜子であった。

 ただし、転がる赤い機体からだや、そばで真っ白に輝いているシルエットではなく、生身の、本物の美夜子が入っているはずの超低温睡眠カプセルへと向かっていた。


「ああ、あかん!」


 標的が自分じゃないから、などといっていられない。

 早苗はギクシャクとした動きながらも、走り出していた。


「や、や、やらせへんよ! ヒトミヤコは絶対に! なんのためにメカマミヤコが自分の生命と引き換えに守ったと思っとるんや!」


 早苗は、回線ショートした青い機体からだに鞭を打って全力で駆け、睡眠カプセルの前に立ち塞がった。

 

 認識しているのか、いないのか、ガチャン、ガチャン、白銀の人影は真っ直ぐ歩き続けて早苗へと迫る。

 ぶんっ、白銀の両手が青白い輝きに包まれる。それは、赤いめかまじょ小取美夜子の首を落とした、破壊の精霊エネルギーだ。


「来るなら来てみい! こ、こいつは、うちが絶対に守ったる!」


 まともに動けない状態であるというのに、早苗はそう強がり叫ぶ。


 だが、そんな気迫もハッタリも通じるわけはなかった。

 通り道の邪魔を排除しようと、青白く輝く腕がゆっくり振り上げられる。


 と、その瞬間であった。

 二つが一つに溶け合わさって激しく真っ白に輝いている小取美夜子のシルエットが、首を失い崩れている赤い機体へとすうっと入り込んだのは。

 さながら超新星、生身の裸眼なら間違いなく潰れていたであろうというほどに、すべてが白い光の中に包まれていた。


 光はすぐに消え、戻った現実はなにも変わらず、精霊力を纏った白銀の機体の腕が通り道を塞ぐ早苗へと振り下ろされる。

 もう防御を試みる力すら残っておらず、早苗は観念してぎゅっと目を閉じた。

 ガチリ! 早苗の機体からだが破壊される音? いや、金属のぶつかり合いには違いないが、攻撃が受け止められた音だ。

 なにが、なにを?

 振り下ろされる白銀の腕を、赤い金属の腕が受け止めていたのである。


 早苗の目の前に庇い立って、精霊纏う白銀の腕を跳ね返したのは、赤い機体。

 傷の一つもない、世界に生み出されたばかりかというほどに純な光沢を放つ、赤い金属の機体。

 首から上には、ヘッドギアに覆われた栗色髪の少女の顔。

 誰か間違おうか。

 小取美夜子であった。


「な、な……」


 早苗は慌てた様子で振り返り、赤い機体が倒れていたところへと視線を向ける。

 だけど、そこにはなにもなかった。

 赤い機体も、ごろり転がっていた首も。

 つまりは……


「ただいま、早苗ちゃん」


 赤いヘッドギアに覆われた栗色髪の少女は、青いめかまじょへと優しく微笑んだ。


「ほ、ほんまに生きて……」


 早苗の目が潤んでいる。

 なにがなんだか分からないながらも、嬉しいことに違いはなく。

 しかしまだ、神様は再会の感激を喜ばせてはくれなかった。

 白銀の機体が、赤いめかまじょを避けて低体温睡眠カプセルへと回り込み、白く輝く拳を叩き付けたのである。

 あまりの力にカプセルの強化ガラスは簡単に砕け散って、内部の冷気が白い霧となり吹き出した。


「うああヒトミヤコがっ!」

「大丈夫」


 赤いめかまじょは、ヘッドギアの中で微笑を浮かべる。

 微笑の意味はすぐ分かる。

 ガラスが砕けてカプセルの内部が見えているが、そこには誰の姿もなかったのである。

 先ほどまでは間違いなく、小取美夜子のオリジナル体が横たわっていたはずなのに。


「早苗ちゃんが頑張って守ってくれたヒトミヤコは、ここにいるから」


 栗色髪の赤いめかまじょは、自分の金属の胸を軽く叩いた。


 なにが、どうなっているのか。

 何故、赤いめかまじょが生きている。

 カプセルの中のヒトミヤコは。

 すべてはしまむねゆきの計算。

 自らの存在概念を使っての史上最大の大博打ともいえる業を、完全完璧冷静な計算で達成させたものであった。

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