06 どうして日記が途切れていたか

 は美夜子と一緒になり記憶が共有されたことにより、父であるしま博士のことをすべてではないが理解することが出来ていた。

 どうして日記の続きがないのかも。

 それは、ML教団から逃げるため、美夜子を守るためだった。


 月面魔力を扱える魔道ジェネレーターの研究が遅々として進まないことに業を煮やした彼らが、ようやく本性を現して博士へと再接触、本当の美夜子の身柄を引き渡すよう脅迫してきたのだ。

 一つには、実験を急がせる人質として。

 もう一つには、ある目的の装置素体として。


 DNA分析により、美夜子はめかまじょの融合係数こそ絶望的に低いが、生身のまま魔力を扱う能力がずば抜けて高いことが分かっていた。

 中世の西欧ならば魔法使いと呼ばれ名を残したかも知れない、それくらいの素質があった。

 その、魔法使いとしての能力にも、教団は目を付けたのである。


 眠り続ける美夜子の意識を目覚めさせるために、志木島博士は「めかまじょ化」「融合係数の高いクローン」にこだわっていたわけだが、教団としては目覚めないならば脳をそのまま生体コンピュータとして機械に埋め込んでしまってもいいのだ。月の魔力を扱う兵器に、美夜子の脳を。

 教団の勝手な理屈であるが。

 そもそも、教団が飛行機事故を起こして美夜子をこんな身体にしたのだから。


 美夜子が眠っているのは地下の隠し部屋であるが、志木島博士は、ここに娘はいない別の遠い場所だととぼけ続ける。

 だがいつまでもは隠せないだろう。

 教団が本腰を上げれば、発見などは容易だろう。自白剤どころか、脳から強制的にイエスノー程度の情報を引き出せる技術もある、現在はそんな時代なのだから。



 つまりは、ついに博士は銃で脅されて隙を突いて逃げ出したのであるが、それは断じて自己保身のためなどではなく、娘を守りたい、ただその一心だったのである。

 逃げる先は美夜子の眠る地下室、ではなく二階の研究室だ。

 汚れた者たちに、娘がいる隠し部屋の場所を知られるわけにはいかなかったから。

 既に建物が完全に教団の者に包囲されていたから。


 逃げ切ること不可能と判断したため、博士は地上階で一番セキュリティに守られた部屋を選んで飛び込んだのだが、選んだのにはもう一つ理由が、いやこちらこそがこの部屋へと来た大きな目的だった。

 志木島博士は、厚い金属のドアをガンガン叩かれる乱暴な音を聞きながら、自分自身の機械化を始めたのである。

 全身の機械化ではない。

 ある目的の機能さえ働けばよいという、部分的な機械化だ。


 教団にこうして殺され掛けているという、この事件も想定の一つであったのか、この機械化手術はプログラミングされていた。寝台に横たわる博士へと、絡み付くほどに無数のマニュピレーターが覆い隠して、音も立てずにそれぞれ動いて、オートメーションで作業を進めていく。


 めかまじょ手術ではない。

 そもそも、男性の脳では魔法を扱えない。

 ただし、技術としてはめかまじょの応用だ。

 自分が魔力を扱うのではなく、魔力が自分を扱うようにしたのだ。

 正確には、自身があるベクトルを持った魔力そのものになること。

 それは、しまむねゆきという存在概念の崩壊にほかならなかった。

 でも他になにが出来る?

 このままでは、美夜子は助からないのだ。

 めかまじょになった美夜子の方も教団の力押しには屈するしかないだろうし、睡眠カプセルで眠る美夜子もいずれ見付かるのは時間の問題なのだから。


 手術途中で、志木島博士の身体に異変が起こる。

 身体が、足先から消えていく。

 溶けていく。

 魔法機械化がある程度まで進んだために、プログラミングされていた魔法が発動されたのだ。


 苦痛に顔を歪め、しかし未来を信じて疑いのないといった確固たる強い顔でもあり、ただ会えないことが心苦しいとばかり美夜子の名を連呼して、志木島博士の姿は完全に消滅した。

 無人の作業寝台には、塵もない。




 そのため、そこから先の、父、博士、がどうなったのかは分からない。

 分からないけれども、分かる。

 現在の、記憶の統合された美夜子には分かる。

 霊的波動の係数変化の情報から、また、本能的な観点からも感じる。

 志木島博士は霊的存在になったのだと。

 それは、月の裏側にある魔力に触れるために。

 裏側にある魔力の、片鱗に僅か触れた瞬間、あまりの膨大さに弾け砕けて飛んだのだ。

 プログラムした通りに、過去へと。

 前回の月面魔力開放の時代、つまりは五百年前へと。

 時空航路の調整が困難になるため、遡るのは一回だけ。どのみち、さらに五百年前に遡ったところで、そこまで莫大な魔力を御すことなど出来ないが。

 こうして、魔力という波動へと存在を変えた志木島博士は、遠い過去へと消えた。


 つまりは、これから起ころうとしている奇跡は、奇跡ではなく、必然ということ。

 奇跡というならば、父の娘を思う愛こそが奇跡だったのである。

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