03 メカマミヤコとヒトミヤコ

「何故、ここで日記が終わっているのだろう」


 とりは、先ほど自分が机上に落としてしまったしま博士の日記を再び手に取って、疑問に表情を煙らせている。


 ―― 罪悪感と焦りとに私の


 日記はここまでで、続きがないのだ。


「な、なあ小取、もっとうちの胸で泣いててもええんやで。嫌やけどしゃーない。ほんま嫌やけど」


 立ち直ったのが不満というわけではないだろうが予想外に早かったからか、みやもとなえはなんだかモヤモヤとした顔で、嫌やどころか抱き着いてこーい的に両手を前に出してにぎにぎしている。


「大泣きしてたの、どちらかといえば早苗ちゃんじゃないかあ」


 美夜子はくすりと笑った。


「え、あ、そ、そうやった、かな……」


 いわれてみれば確かにと気付いたか、早苗は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めてしまった。


「でも、ありがとうね。……そりゃあ、まだショックだよ。あたしの心は強くなんかない。無駄に頑丈なのは身体だけだ。ショックだし、これからも不意に落ち込んだりするのかな。……でも、さっき早苗ちゃんが元気をくれたから、そのエネルギーがある間は頑張れそうだ」

「おう、切れたらまた貸すで。利息付きでええんやったらな。……まあ、なんや、いきなり聞かされてうちも驚いたけど、人工授精にしてもこの時代は方法が様々、人間の生まれ方なんて色々やで。単にその一つや」

「そうだね」


 早苗のいうことは、間違ってないしもっともなこと。

 今だけの強がりかも知れないけれど、美夜子は本心からそう思う。

 奇妙な誕生の仕方であったこと、諦めるといったら変だけれども、さりとて是非もないことだ。


 だけど、どうにも受け流せない、引っ掛かる部分がある。

 クローンであることは認めるとしても、その作り出された目的だ。

 しま博士がどうして自分を作ったのか。その目的は、小取美夜子オリジナル体の生命を救うための、臓器を調達することにあったのだ。当人として、クローンとはいえ感情のある人間として、これが平気でいられるはずもないだろう。


 ただし、ことの発端はそこにあっても、自分への、つまりクローンの美夜子への愛情がないわけではなかった。

 日記の終わりの部分で分かったことだが、もしそこまで読んでいなかったら、こうして立ち直れてなどいなかっただろう。


 いや……まだ立ち直れたわけでもなんでもない。

 自分に嘘を付いて、必死に痩せ我慢の演技をしているだけだ。

 現実なんだということがじわじわ実感出来たら、また先ほどのように大泣きしてしまったりもするのだろう。

 でもそんなことは感情あれば当たり前。

 とにかく気が張っているうちに、頑張れるうちに、やれることをやらないと。


「日記には、あたしのオリジナルが超低体温睡眠状態でこの建物内にいるということだけど……」


 美夜子は、のりまき青年へと尋ねた。

 女子二人に持ってかれてちょっと影薄くなっていたが、ここには美夜子と早苗だけではなく、ぼさぼさ頭の白衣青年もいるのだ。


「そうだね。でもさっきもいったけど、非常時の合鍵こそ預かってはいるけどここは個人宅、なんにも教えられていないんだよ。あるとしても大掛かりな装置のはずだから、これだけ静かなら駆動音が聞こえたり振動を感じておかしくないのに」

「せやな。ヒトミヤコのおる気配など、微塵もあらへんなあ」

「ヒトミヤコ? なあにそれ早苗ちゃん」


 いきなり出てきた謎の言葉に、美夜子は首を傾げる。


「オリジナルとか偽物とかクローンとか、いいたないんや。うちにとっては、お前がほんまもんの小取なんやから。でもうちの主観で呼んでも混乱するんやろ? せやから、どこかでイビキかいとるそいつは身体が生身やから、機械よりは人に近いのでヒトミヤコ、ほいでお前がメカマミヤコや」

「え、え、メカマミヤコ?」


 美夜子はなんだか間抜けな顔になりながら、また首を傾げた。


「いちいち確認すんなや、しつこいな。あと、その傾げる仕草あんまり可愛くないで」

「可愛いからやってるわけじゃ……それより、メカというならメカミヤコじゃないの? 語呂的にも」


 マ、が変ではないか。色々と。


「せやけど、言葉のイメージ的にロボットみたいやん。自分、人間やろ?」

「……うん」


 クローンだろうと、人間は人間。めかまじょは身体の大半が機械とはいえ、人間だ。ロボットじゃない。


「せやろ? めかまじょっちゅうことも主張したいし、ほならメカマミヤコしかないやろ? 分けて呼ぶ時だけ、それでいくで」

「なんか嫌だけど分かった」


 語感が最悪で。

 でも、早苗が慰めようと色々と気を使ってくれているのはよく分かって、そこは素直に嬉く思う美夜子である。


「便宜上やからな。嫌でも分かればええわ」

「……それでその……ヒトミヤコちゃん、はここにいるのかな? ノリマキくんが、装置が大掛かりとかさっきいってたけど」


 父の日記には、ここにいると書かれている。

 だけど、それが本当かどうか。本当だったとして、現在もそこにいるのかなど分かるはずもない。


「現在主流の超低体温睡眠装置は、従来の冷凍睡眠よりはリスクが少なく同程度の効果を発揮するんだけど、その分というかとにかく大きいんだ。こんな場所に置けるのかなという疑問はあるけど、置けたのならば、まだここにいるはず。何故ならば、低体温睡眠状態の人間をそんな簡単に移動させることなんて出来ないからだ」

「つまりは、もしもヒトミヤコがこの建物におるんなら、博士どころか人が誰もおらへんちゅうこの状況は……」

「とてもまずいね。超低体温睡眠は、日々のしっかりとした管理があってこそだから。……日記が切れていることから、所長になにかが起きたのかも知れない……」


 典牧青年の言葉に、美夜子はびくり肩を震わせた。


「そ、それじゃあ早く探し出さないと」


 もう一人の、わたしを……

 わたしの生みの親である志木島博士の行方も気になるけど、それは後だ。

 早苗ちゃんが嫌がる表現だけど、をまずは急いで探さないと。

 日記に書かれているだけで、本当にいるのかは分からないけれど。


 焦る美夜子であるが、いずれにしてもそれが分かるのはまだまだ先になりそうだった。


 ガチャリ、と金属の触れ合う音。

 美夜子たち三人の前に、またあの人影が姿を現したのである。

 白銀の、めかまじょに似た、仮面で素顔を隠している女性型の機体が。

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