04 早く行け
金属と金属がぶつかり合い、擦れて軋んで不快な音を立てている。
書斎を出たところの舞踏場と思われる大きな部屋で、赤、青、白、三つの人影が戦っているのだ。
二対一の戦いであるが、二の方つまり美夜子たちが明らかに劣勢であった。先ほどは二人掛かりにものをいわせて相手を撃退したが、現在は何故に苦戦しているのか?
ひとえに美夜子の精神状態にあった。
自分がクローン人間であるというショックを吹っ切って立ち直ったに見えるのは単なる痩我慢であり、まったく立ち直れてなどいないからだ。だから集中力がなく、動きにキレがない。
父への思いの揺れ、これも大きく影響している。
戦力に劣る早苗がカバーしようと一人で頑張るも、むしろ悪循環の空回り。
「っと、あぶなっ!」
「出てくるなゆうとるやろ、ノリスケ!」
書斎のドアから顔を覗かせようとした
そう、この白衣を着たボサボサ頭の青年が邪魔だというのも一つか。
こうしたところが、美夜子たちが劣勢に陥っている理由である。
自分の気の持ちようが主な原因であること、美夜子だって分かっている。しかし、割り切れるくらいなら、現在ここでこのように苦戦していない。
「くそ、精霊カセット使うで! ノリスケ、しっかりどこか掴まっとれよ!」
早苗は、美夜子が白銀の人影と一対一でぶつかり合ったその隙に、腰のホルダーから青いカセットを一本引き抜いた。
なお典牧青年の名前は
さて、カセットを腕のスロットに差し込んだ早苗の周囲に、突風が巻き起こった。精霊魔法である。
部屋としては広いがこうしたことを試みるには狭く、戦い方としては無茶としかいえないものだが、あまりの劣勢のため一か八かということだろう。
魔法により作り出された剛風が、見えない龍になってごうごう唸り埃を舞い上げ部屋の中を駆け巡る。
「あふん」
突風に、典牧青年が気圧の関係で書斎から引っ張り出されて、ぶわんと天井の高さにまで巻き上げられ、部屋の隅に置かれた大きなゴミ箱の中に頭からズボリ入って気を失ってしまった。
早苗のいうことをよく聞いておらず、掴めるところしっかり掴んでいなかったのだろう。
「アホかああ! まださして風を強めとらへんのに。まあ、むしろよかったわ、少し眠っときや」
結果的に後顧の憂いを断った青いめかまじょは、自ら作り出した剛風の隙間を縫って、白銀の人影との距離を一瞬にして詰める。
「ボケさらせえ!」
雄叫び張り上げ小さく跳んでレッグラリアートを浴びせようとするが、あっさりと白銀の肘で受け止められてしまう。
だがまだ終わりではない、早苗は頑張る女の子、タレ目なのがなんであるが、着地と同時にすぐさま膝蹴り、そして肘打ち、さらに別の精霊カセットを使って風の精霊パンチ、と場が自分のフィールドになった理を生かして矢継ぎ早な攻撃を仕掛ける。
だが、白銀の人影は冷静だった。
風の魔法でパワーアップしている青いめかまじょの攻撃を、半歩一歩と退いて避けつつ、思い切り集中力を欠いている赤いめかまじょの方を不意打ちしたのである。
完全に油断していたところ胸を蹴り飛ばされて、美夜子の身体は壁に打ち付けられた。
「ぐ……」
呻く美夜子。
白銀の人影が、早苗との攻防で生じた一瞬の隙を突いて繰り出した蹴りに、果たしてどれだけの破壊力が込められていたのか。
美夜子の赤い特殊合金の胸が、べこりへこんでしまっていた。
そればかりか、へこんだ箇所からばじばじと火花を散らしている。回路がショートしたものだろう。
「ああもう、ボケッとしとるからや!」
早苗が、白銀の人影と拳を交えながら、心配と苛立ちの混じった表情で横目を美夜子へとちらり。
「ごめん……」
戦闘の性能や、なんのための戦いであるかを考えれば、ここで一番頑張らなければならない立場のはずがなんの役にも立っていないこと、美夜子は壁に寄り掛かりながら申し訳なそうに頭を垂れた。
と、その時だった。
しゅい、となにか開く音と同時に消失感、美夜子は後ろへ倒れそうになった。
壁が不意に左右に動いて、通路が現れたのである。
しんとした空間に、微かに聞こえる。ごんごんと、なにか機械の動く低く重たい音が。
現在ゴミ箱の中で気絶している典牧青年が、先ほどいっていた言葉を、美夜子は思い出していた。
超低体温睡眠装置は非常に大きく重たいものであると。
これは、その音ではないか?
「ヒトミヤコが、呼んどるんかもな。はよ行ったれや」
精霊力を纏わせた拳で白銀の人影と打ち合いながら、早苗がにやりとした笑みを美夜子へと向ける。
「で、でも早苗ちゃん一人じゃ……」
「でももスモークサーモンもないわ! うちだけじゃどうしようもなかろうと、戦えないお前なんぞがおるよりなんぼかマシや! せやから、早う去れ!」
早く本物の美夜子を助けてあげて、そういっているのだ。
言葉は素直ではないが。
「分かった。でも、無茶はしないでね」
美夜子はこくり頷くと踵を返して隠し通路へと入り、走り出した。
振り返ることなく、ただ真っ直ぐに。
金属の衝突音、風の唸り、そして早苗の雄叫びを背後に聞きながら。
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