03 ディアナ・レジーナ財団について問う

「あら、今日はお友達を連れてきているのね」


 休憩室に、紺色スーツに白衣を羽織った金髪碧眼の女性が入ってきた。

 彼女の名は、イリーナ・グラディシェワ。ここしま機械工学研究所の大口スポンサーであるディアナ・レジーナ財団から派遣されている、ロシア人の女性である。

 支援している分野での研究成果を確認するために、不定期にこの研究所を訪れるのだ。最近はもっぱら、とりの活動データ測定に関してである。


「べっつにお友達やあらへんけどなあ」


 みやもとなえは腕を組んで、美夜子と友達扱いされたことにあからさまな不満顔を作った。


 イリーナは、そんな早苗の顔をちらりと見ると、ほんの僅か驚きの入り混じった微笑を浮かべた。


「なんや?」


 早苗が気付いて問うと、イリーナはその微笑をさらに少しだけ深くした。


「いえ、財団の支援とは無関係にこのようなものを作り上げてしまうとは。さすがは技術大国日本と思って」

「せやろ!」


 ガラリ! 白髪爆発こうみようじん博士が外から窓ガラスを開いて、得意満面バンジョーチャカチャカ掻き鳴らした。


 チャカチャカチャカチャカ

 チャカチャカチャカチャカ


「♪ さすがは技術大国というより、さすがわし。アアアア思えば長い日々、石投げられた子供時代、産婆の産湯が懐かし…… ♪」

「だからあ、休憩室とはいえ部外者の方は無断で入ってこないで下さあい!」


 のりまきさぶろう青年が、ガラス戸に手を掛けて閉めようとする。


「建物の中には入っとらんだろがい!」

「おんなじじゃないですかあ!」


 窓を閉めようとする典牧青年と、逆らう黄明神博士、ぬぬぬぬ力比べ。白髪と黒髪、大爆発ぼさぼさヘア同士の息詰まる戦いである。さあ勝つのはどっちだ。白軍か? 黒軍か?

 いまのところ黒軍の典牧青年に分が悪いぞ。若者のくせに押されているぞ。少しずつ窓ガラスが開いていくぞ。


「……ところで、なんで、分かったんじゃい? そこの金髪のべっぴんさんよ」


 博士は変わらずぬぬぬと顔を赤くしながらも、訝しげな表情を碧眼の外国人女性へと向けた。


「ああ……」

「そういえば」


 小取美夜子と宮本早苗も、その疑問に気が付いて不思議そうな顔になった。


 窓開け合戦は次のホラ貝まで一時休戦、そんな中で一人ぼけーっとしているのが典牧青年である。ピンとは来ないけど場の空気感だけは分かるようで、でも何故なのかの理由が分からずに、きょとんとした顔になってしまっている。


「動き方とか、立ち姿とかね。普段から、そうした可能性もあると意識していれば、なんということはないわ。意識さえすれば、水流モーターの微かな駆動音もはっきりと聞こえるし」

「あのお、みなさん、なんの話をしていらっしゃるんでしょうかあ?」


 典牧青年が、バツ悪そうにもごもごと尋ねる。

 水流モーターとか自分の専売特許的な技術用語が出ているというのに、一人蚊帳の外みたくなっていればバツが悪くもなろう。


「にっぶーい。ぜえったいに彼女なんか出来ないよお! そもそも、ノリマキ君がまず最初に気付くべきとこでしょ? まがりなりにも専門家なんだからさあ、まがりなりにも」

「だ、だから、なにがあ?」


 典牧青年は美夜子にズバズバと、ついでに余計なことまでいわれて、ちょっと泣きそうな顔になっている。


「この子、宮本さんがめかまじょだってことだよ」

「えーーーーっ! ううっ嘘でしょお! だってエントランスでチェック引っ掛からなかったよ!」

「あたしの機体からだもそうでしょ! だから高性能なんだとか自慢げに話してるじゃん」


 ここはただの工学研究所であり、銃火器を持った者に襲われるなどは基本無縁だが、産業スパイ対策のために金属チェックには厳しい。

 でもそれを美夜子の機体は潜り抜けてしまうので、それを青年はよく誇らしげに語るのだ。

 もちろん、その可能性を踏まえた上で専用のスキャンをすれば、美夜子のようなめかまじょも探知可能である。だがそもそも、めかまじょは美夜子一人しかいないのだから、と特になにも対策はしていなかったのだ。それをいいことに、早苗はするりノーチェックで入り込んだというわけだ。


 なお美夜子は、宮本早苗という転校生がめかまじょで早速一戦交えたことは、当日中に研究所へ報告している。

 白木さんが学校に連絡したが生徒のプライバシーということでつっぱねられて、学会名簿から黄明神博士へコンタクトを取ろうとしている、現在はそんな段階である。

 結局、なにもせずとも二人の方からこちらへ来てしまったわけだが。


「いや、き、きみが宮本さんかあ、そうかあ」


 めかまじょをまったく見抜けなかったバツの悪さをごまかしたいのか、典牧青年はボサボサ頭を掻きながらあまり意味のない台詞を呟いている。


「なあ小取、このあんちゃん単なる電子工作好きの、何浪かしとる大学生ちゃうんか? いまどき牛乳瓶底メガネやなんて、まさにそんな感じやん。ラジオ作りが得意な程度なんちゃうの? ほんまにお前のおとんの一番の助手なんか?」

「うん、そう聞いてはいたけど……怪しくなってきたぞお」

「本当だってえ!」


 早苗と美夜子に軽蔑の視線を向けられて、ますます泣きそうな顔になる典牧青年である。


「ま、うちにはどうでもええことやわ。それはそれとして……」


 早苗は、イリーナの顔へとしっかり視線を据えて、笑み浮かべつつ口を開く。


「めかまじょやと分かっとるなら話は早いわ。こいつの……」


 美夜子の頭を、肘で軽く小突いた。


「単なる知り合いっちゅうだけじゃあ、話せないこと仰山あるやろしな。……ディアナ・レジーナ財団、以前から興味は持っとったわ。以前っちゅうか、まあこの機体からだになってからやな」

「それは光栄ね」


 金髪碧眼女性の、表情にはなんの変化もない。


「ええ興味とは誰もゆうとらんやろ。ただ、ここでの研究があればこそ、うちのおっちゃんも、神経と機器の融合や魔道ジェネレーターやらが実現可能やと知って本腰を入れて研究し、たまたま事故で瀕死になったうちの生命が助かったんやからな。そこは素直に感謝しとるわ。間接的に、うちの現在あるはディアナ・レジーナ財団のおかげやからな」


 財団がロボット工学研究に莫大な投資をしている。これはニュースにもなっている有名な話であり、隠されたことではない。

 だから、取り立てて早苗がこの件に詳しいというわけではないだろう。


「あたしも興味あるな。もう何ヶ月も経つのに、はっきり聞いたことなかったから」


 と、美夜子が口を挟む。

 割り込まれた早苗がムッとした顔になるが、美夜子は構わず続けてしまう。


「……機械にされた者に人権はない、なんてことはないよね?」

「勿論。世論を敵に回してロボット工学技術を発展させても仕方ないもの」


 問われたイリーナは、微笑み浮かべた涼しい顔でいう。


「じゃあさ、その当然持ってる人の権利として、質問するよ。飛行機事故で死に掛けていたあたしの生命を助けてくれたことには感謝しているけど、データ取得には協力しているし、めかまじょとして悪い奴らをやっつけたり、イメージアップにも貢献しているつもりだし、少しはこっちにがあるとも思うから、そのぶんの範囲でいいから教えて欲しいんだけど」


 妙にもったいぶった前置きをする美夜子であるが、質問自体は実に短くシンプルだった。


「ディアナ・レジーナ財団てなんなの?」


 普通に聞いてもはぐらかされる気がして、だからちょっと前置き長く恩着せがましくいってみたのである。


「世界の平和を願い活動する団体。みながあと一歩ずつ幸せになれる、そうしたことを目指す活動に協力をする団体」


 でも結局、はぐらかされたけど。

 そうか分からないけど、多分はぐらかされた。


 美夜子は、苦笑いして頭を掻いた。


 また早苗が口を開く。


「部外者のうちがおるからホンマのこといえへんのなら、出て行くで。でも、こないな場でいえることなんて、ほんまにその程度なんやろ」

「そうね。宮本さん、あなたがいなくても答えは変わらない。でもそれは、それが真実だから」

「という表向きの綺麗事で、要は特定分野での支配権がとか、そんなとこやろ。世界の平和を願う団体って、ちゃんちゃらおかしいわ。宗教かい。金持ちっちゅうんは、自分のためにしか動かないもんや」


 ふふんと笑う早苗。


「うわあ、当人のいる前でよくそこまで平気でいうなあ」


 あまりのズバズバ口調に、美夜子はすっかり引いた顔だ。


「ほんまのことやろ? せやから、金持ちは金持ちでいられるんや。清廉な女子がたいてい赤貧なのと、表裏一体の理屈やで」

「カップ麺の謎肉ウマーとかいってる宮本さんがいうと、なんか妙な説得力があるね」

「なんや、やる気かあ! ハナタレ小娘があ!」


 貧乏バカにされた早苗は一瞬で沸点に達し、美夜子の胸倉を掴んで締め上げた。


「垂らしてないし、小娘でもないよ!」


 ぐいと締められて、美夜子も早苗の胸倉をぐいー。


「反撃すんなあ!」

「じゃあそっちが先に離してよお!」

「そっちが先や!」


 などと、どうでもいい争いをしているうちに、イリーナは椅子から立ち上がって出入り口へと向かい始めた。


「本部への報告をまとめたいので、お話の途中で悪いけど、わたしは仕事に戻るわね」


 そういいながら休憩室を出て行った。


「おのれが謎肉ウマーとかしょーもないこといっとるから、なんも聞けへんかったやないか! このボケカスが!」

「うるさいなあ。あたしはいつも会ってるから、質問まとめてくれたら今度聞いておくよお」

「おう。ほな、もう一回カラオケで勝負や! ムシャクシャしとるからまた貴様を負かせてうっぷん晴らしや!」

「望むところ。でも今度はぜーったいにあたしが勝つ!」


 と、また二人はゲーム機を使ったカラオケバトルを始めるのだった。


 もちろん勝者は早苗。

 またまた美夜子はハウリングがピヨワンキャヒイイイイイイインだったからもあるにせよ、関係なくあんまり上手じゃないのでどのみち完敗だっただろう。

 なら他のゲームだあ、と粘り食い付く美夜子であるが、全戦全敗であったことはもう語るまでもないだろう。

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