06 青いめかまじょ

「これがうちのめかまじょやあ!」


 ここは学校の校庭。

 生徒たちに囲まれながら、青い金属の全身である少女、みやもとなえは拳を突き出しながら、叫んだ。


「本当……だったんだ」


 数メートルの距離で向き合っているとりは、驚きのあまりぽーっとしてしまっていた。

 宮本早苗が、妄想を語っていたわけではなく本当にめかまじょであったということに。


 美夜子というめかまじょがここにこうして存在しているのだから、他にいるといわれて有り得ない話ではない。とはいえ誰が好き好んでなるものかと思うし、やはり半信半疑であったため、目の前に起きた現実にちょっと戸惑ってしまっていた。


 周囲はもうすっかり順応していたが。


「ほんとに変身したぜえ!」

「小取のようなアホが他にいたのかあ!」

「戦え小取っ! おれたちの地球を守ってくれえ!」

さいきようテレビ呼びましょかあ?」

「ミヤちゃん負けるなー!」

「宮本、小取、終わったらすぐ授業だからな」


 ぐるり二人を取り囲んでいる生徒たちや先生が、すっかりノリノリでなんだか好き勝手なことをいっている。


 チャカチャカチャカチャカ


 輪の中にいる一人、宮本早苗のおじであるこうみようじん博士が、また抱えたバンジョー弾きながら歌い始めた。

 盛り上がる場面では、とにかく自分が目立たないと気が済まない性格のようである。


「わしの最高傑作、めかまじょお♪ 『やっぱり二号というのも癪だしっ、一号もなんだか作品的に商標登録されてるような雰囲気だしっ、じゃあっゼロ号でいいよっ、ゼロ号でいいよっ』 めっかまじょゼロっごおおお。プロトじゃないけどゼロっごおお ♪」


 チャカチャカチャカチャカ

 チャカチャカチャカチャカ

 チャカチャカチャカチャカ


「もう何号でもええわ! 小取美夜子をぶっ倒す、うちの思いはただそれだけやからな。ただし、うちのこの超絶変身にビビったんなら逃げてもええんやで。追わへんわ。お前は一生負け犬や!」


 青い金属の少女は、ヘッドギアの中で強気な笑みを浮かべた。


 制服姿の美夜子は、小さく顔を横に振る。


「ちょっと興味も出てきたし、だから逃げないよ」

「つまりボコボコにされる覚悟を決めたっちゅうことやな」

「そういうわけじゃ……ん、あれっ」

「なんや?」


 宮本早苗は戦いの気分をちょっと削がれて、いらついたように尋ねる。


「そういえばさ、宮本さん違う技術でめかまじょになったとかいってた気がするけど……精霊魔法の発動プロセス、あたしとまったく同じなんだけど」

「え? こ、細かなとこが革新的に優れとるんや!」

「ほんとかなあ」


 小首を傾げながら美夜子は、ちょっと疑惑の視線を青いめかまじょへと向ける。


「も、もしそうなら、そっちが真似しとるんや! ごちゃごちゃいっとらんで、はよ変身して戦え!」

「分かったやん」

「関西弁真似すんなあ! てか、それめっちゃ不自然やん」

「ごめん」


 笑顔で謝りながらも、美夜子は気持ちを固めていた。

 受けて立つという気持ちを。


 このような私闘は好きではないが、でも、やる意味はありそうだ。

 普通の人間と比べて寿命がどの程度あるのか分からないが、生きている限りこの機体からだと付き合っていかねばならないのだ。ならば、自分になにが出来るのかを知っておくのも悪くない。


 これまで何度か、警察の要請を受けて戦ってきた。ただし相手は、重機や火器を持っているとはいえ、生身の人間ばかりだった。

 だから、自分と同じ能力、鋼を鎧い精霊魔法を使う者、に対してどのようなことが出来るのか、この機会を利用して知っておくのも有意義だろう。


 もちろん、勝てる保証などはない。

 相手の戦力、つまりは黄明神博士の技術力の方が遥かに高く、こちらは手も足も出ず敗北することも充分に考えられる。

 でも、それならそれで、いいのではないか。

 この宮本早苗というタレ目の転校生、ひねくれてはいそうだけど、それとなんか色々と勘違いしてそうだけど、悪い子ではない気がするから。

 むしろ、負けてあげれば満足して気分をよくするかも知れない。

 もちろん負けてやるつもりはないけど、だったらなおのこと、どっちに転んでも損はない。

 なら、やるぞ。

 どうせなら、ちょっと楽しんでしまおう。

 初めての、凶悪犯以外との戦いを。


 そんな言葉を心に呟きながら、小取美夜子はそっと目を閉じる。

 どむ! 右腕が膨張、いや、まったく異なる形状へと一瞬で変化していた。真っ赤な装甲に包まれたロボットアームに似た形状へと。

 正しくは、包まれているのではなく、これが美夜子の本来の腕だ。


 目を開くと、制服姿には似合わないその巨大な右腕を天へと突き上げた。

 ゆっくり下ろしながら、右の前腕に空いた小さな鍵穴に、左手に持った鍵を差し込み、ひねる。


 ぶうん!

 ガソリン式の大型バイクをアクセル全開にふかしたような、凄まじい音が周囲の空気を引き裂いた。


「精霊マジック発動レベルワン!」


 ごんごんごんごん、地を震わせる低い音が美夜子の叫び声を掻き消した。

 ごんごんごんごん、真っ赤な金属の右腕の中でなにかが動いている。隙間から赤い光が漏れ回っており、さながらミラーボールである。


「力場制御! 磁界制御! 魔道ジェネレーターブーストアップ! チェック完了! 内圧良好! へんっしいいん!」


 どどおん、と爆発が起こり、赤黒い爆炎の中からまるで龍神といったぐねぐねうねる炎が生じて美夜子の全身を包み込んだ。

 着ていた制服も下着も、すべてパチと一瞬にして燃え尽き塵になり空気に溶けるが、そこに残るは美夜子の裸体ではなく右腕と同様に全身が真っ赤な金属の姿になった彼女であった。

 肩に腕、胸、腹、もも、すね、全身が金属だ。

 顔だけは人工皮膚により生身に見えるが、頭部はしっかり真っ赤なヘッドギアが守っている。


 どどどおおん、とさらに大大大爆発!

 美夜子の身体は爆発に押されて浮き上がり、爆炎を突き抜けて高く舞っていた。


 重力に引かれて、ふわんガチャッ、華麗に着地しポーズを決める。


「変身完了三振残塁、めかまじょミヤコ! いざ尋常に、恨みっこなしの勝負だああ!」


 腕を突き上げて叫ぶその美夜子の声を、宮本早苗の怒鳴り声が掻き消した。


「恨みっこなしは無理やけど、お前をぶちのめしてちょっとでもスカッとさせてもらうでええ!」


 美夜子の視界一杯に広がる、青いめかまじょの姿。宮本早苗が強く地を蹴って、拳を振り上げながら美夜子へと身体を突っ込ませたのだ。


 飛び込む勢いと相まって空気に穴を穿つような猛烈パンチが突き出されたが、美夜子はぎりぎりでステップ踏んでかわしていた。


 美夜子の横を抜けて、青いめかまじょが着地する。


「小手調べや」


 振り向きながら、ニッと唇の片端を釣り上げた。


 さあ、こうして始まった赤いめかまじょと青いめかまじょのバトル。

 勝つのはどっちか。

 そして、この戦いの果てにあるものは。


 待て、次回。

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