04 めかまじょ二号?
「今日から世話んなる、
ざわざわっ、と教室内には当然の反応が起こるが、それも一瞬。次に起きた当然ではないつまりは非常識に掻き消されて、唖然呆然となってしまった。
真っ白髪を四方八方大爆発させている白衣姿のおっさんが、抱えたバンジョーの弦をチャカチャカ引っ掻きながらすすいーっと爪先立ちの横スライドで教室へと入ってきたのである。
「♪ 寄付金六十三円だけどお♪ 裏工作といってもお♪ 六十三円だけどお♪ 『だからこのクラスに入れたのは希望が通ったのではなくただの偶然かも知れなあい!!』 ♪」
チャカチャカチャカ
チャカチャカチャカ
「おおおっちゃんっ! 転入手続き終わったんやから、はよ帰りいや!」
宮本早苗は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、おっちゃんの背中をぐいぐいーっと押して教室から追い出した。
引き戸を閉めると、ふいっとため息。
制服の袖で全開おでこの汗を拭うと、あらためてギロリとニヤリを混ぜ込んで教室の生徒たちを見た。
「茶々が入ったんで、あらためて自己紹介するで。うちの名前は、宮本早苗や。またの名を……せやな、『めかまじょ二号』とでも名乗っておこうか」
先ほどのバンジョー抱えた闖入者により唖然呆然しーんとなっていた教室であったが、この言葉に再びざわついた。
めかまじょ……
そういわれれば生徒たちみなの視線が集まる先は当然のこと、栗色髪の女子生徒、
その美夜子も、なにがなんだか分からず、ぽかんと口を開いたちょっと間抜けな表情になってしまっている。
「ただし!」
宮本早苗は真っ直ぐにしたまま腕を上げる。
人差し指の差す先にいるのは、栗色髪の少女である。
「そこのそいつ、小取美夜子とは、仲間やあらへんで。むしろ敵や。うちはな、そいつをぶっ潰すためだけにこの学校に入ったんや! ……二年ぶりやな、小取美夜子。うちのこと、覚えとるか? 忘れるはずもないやろけどな」
ニヤリ笑む宮本早苗。
「あ、あの、だ、誰、なのかなあ?」
申し訳なさそうにしなからも、いぶかしげ全開顔の美夜子。
ズガン!
なんの音? 宮本早苗が後ろにのけぞり、黒板に後頭部を強打した音である。
新喜劇ならば上から金ダライが落ちておかしくないシーンであるが、落ちてこないため自分からズッコケたものであろう。
「覚えてへんのかい!」
「ごめんね。転校が多すぎて」
頭を掻いて、えへへえと笑ってごまかす美夜子。
「というか、急にいわれたって分からないよ。めかまじょファンの二号だあとか。もしかして、あたしって関西でも有名なの? ああでも二号ってことは、別にそこまででも……」
「誰がファンやゆうた! ファンやのうて、『め か ま じょっ!』の、二号や! つうかなあ、こっち転入生の立場やから譲ってやっただけで、別にうちが一号でもええんや! 貴様なんぞ四号、五号、二十八号でええんや! あまり舐めとると承知せえへんでえ!」
ドガガガまくしたてる宮本早苗。
「ファンの子が、妄想が過ぎるあまり自分をミヤちゃんと重ねちゃったのかなあ」
眼鏡の女子生徒、後藤茉莉のボソリ小さな一言。
小さな声ではあったが、たまたまざわめきが静かになっていたタイミングであったため、隅々まで聞こえてしまっていた。
「はあ?」
宮本早苗の顔が、牙が生えてておかしくない物凄い形相になっていた。
目がタレたままなのが、なんであるが。
「なんつうたあああああ! そこの眼鏡チビイイイイ!」
大噴火するまで、ものの数秒と掛からなかった。
瞬間湯沸かし器である。
だが世間一般的に、一人こういったテンション空回りがいると、えてして周囲は盛り下がってしまうもの。美夜子は仕方なしに立ち上がって、子供をあやすように笑顔でなだめる。
「落ち着きなって宮本さん、転校初日からさあ。……じゃあ、妄想ではなく本当にめかまじょだ、っていう前提で話を進めても構わないから。ほら、みんなで聞いてあげるから話をしなよ」
いいながら、心にため息の美夜子。
こういう音頭取りは自分には向いていないが、自分を追っかけて転校してきたなどといっているのだから仕方ない。
チャカチャカチャカ
「♪ 妄想癖はあるのよ♪ 小さな頃から妄想癖かなりあるのよ♪ もうそれは治らないのお ♪」
チャカチャカチャカ
チャカチャカチャカ
さっきの白衣を着た白髪大爆発壮年男がバンジョーを掻き鳴らしながら、またまた教室にすすいーっと爪先立ちの横スライドで入ってきた。
「はあああ? めかまじょに改造したのおっちゃんやん! つうか、入ってくんなああああああ!」
またまたおっちゃんの背中をぐいいーっ、またまた廊下へ追い出して、またまたながーいため息を吐きながらおでこの汗を袖で拭うタレ目の少女。
「いややわもう……」
ほんとに彼女はめかまじょなのか、ゼイゼイ息を切らせている。
「はいっ!」
と
「なんで関西弁で喋るんですかあ?」
「大阪から来たゆうとるやろ、ボケがあ! くだらん質問やめとけ!」
「じゃあ質問変えて、まだまだ語る話は序盤なのか、かなり進んだのか、進行具合を確認しておきたいんですが。さすがにダレて飽きてきたので」
「うい、おれも知りたい」
寝屋川先生も、頬杖を突いたまま挙手だ。
「お、お前らが邪魔ばかりして進ませないんやろ! なんやこのボサボサ頭に倦怠教師! なんやのこのクラスは、もお!」
「いや、だからあたしは聞くよ」
という美夜子の顔を、宮本早苗は腕を組んでじろり一瞥した。
「なあに恩着せがましく。すべての張本人のくせに。……自分、中学ん時、
「ああ、そうなんだ。おったやろ、って宮本さんのいた中学なんて、あたしが知るはずないよ」
「お前のことや! 自分っちゅうのはお前のことや! 小取美夜子!」
「え、わたしって意味でしょ?」
「ちゃうわ! いや、この場合はちゃうわ!」
「むむ、ややこしいな関西弁って。……まあ、もしかしたらそこにいたのかも知れないけど、あまりに転々としてたからまったく記憶にないなあ。あ、でも続けてよ、とりあえず。思い出すかも知れないし」
もうすっかり「本日の転入生イベント」の雰囲気に慣れてしまって、美夜子に堅苦しさはない。他の生徒たちも同様で、まあだからこその先ほどの高良と先生だ。
ただし、転入生本人の敵対ムードは相変わらずだ。生徒たちが話を聞いてあげるモードになっているため、先ほどのように爆発こそはしていないがギスギスオーラは変わらない。
「その一ヶ月間でな、じぶ、お前にことごとく負けたんや」
宮本早苗は恥ずかしそうに俯いた。
「え、あたし喧嘩なんか生まれて一回もしたことないよ!」
だから初めてめかまじょになって、あんなに自分が強いのだと知った後だって、しばらくは男の人を街で見るだけで怖かったくらいなのだから。
警察の手伝いをさせられ戦わされるようになり、段々と男性に啖呵を切ったり戦ったりが平気になっていったけど。
「喧嘩ちゃうわ。剣道や剣道! それと、柔道、フットサル、国語、数学、家庭科、跳び箱。ドッヂボールでは突き指もさせられたわ!」
「あたしかなあ、それ。まあ数学以外は、苦手ではないけれど。仮にあたしだとしても、それ逆恨みじゃないかなあ」
「やかましい! それだけならええんや! 『あなたじゃ、あたしに絶対に勝てないよ』とか、小バカどころか大バカにされたんや! この汚泥に全身まみれる屈辱が分かるか? うちは有明海のムツゴロウか!」
「分かるかといわれれば、気持ちの想像はなんとなく付くけど、でもほんとにあたしなのかなあ」
うーん。
美夜子は腕を組んで小首を傾げる。
「その名前といい、ふてぶてしいツラといい、こっちが忘れへんわ。悔しさ惨めさから、いつか負かしたる泣かしたる這いつくばらしたる思うていたら、いなり転校してしまって、気持ちおさまらんから、ずうっと打倒小取美夜子で特訓しとったんやあ!」
ドバーンと宮本早苗は右腕を突き上げた。
「あの……ひょっとして、ただそれだけの理由でめかまじょになったとか?」
落ち着いた美夜子の表情であるが、バカジャネーノといった感情が隠せず滲み出てしまっていた。
めかまじょだという話が本当であれ嘘であれ。
「ちゃうわ! めかまじょは、つい先日や。交通事故で瀕死の重症を負うてな、三途の川を渡るの決定的だったんやけど……うちのおっちゃん、さっき弦楽器を鳴らしてたあれな、性格はあの通り狂っとるんやけど実は知る人ぞ知る天才科学者でな、
宮本早苗がぐっと拳を握りながら叫んだその瞬間、おっちゃんいや黄明神博士がバンジョーの弦を掻き鳴らしながらすいすいすーいと三度目の乱入だ。
チャカチャカチャカチャカ
チャカチャカチャカチャカ
チャカチャカチャカチャカ
チャカチャカチャカチャカ
チャカチャカチャカチャカ
チャカチャカチャカチャカ
チャカチャカチャカ……
「早苗っ、なに黙っとる! ほれっ、このリズムに合わせて、まくしたてるように口上をいわんかあ!」
「いやや、恥ずかしい」
教室中、どっとはらい。
「おもろい漫才」
「次のネタを見せてくれー!」
「このまま授業の最後まで頼むぞー!」
「関西の星!」
「動画上げてもいいですかあ!」
はやしたてる男子たちに、宮本早苗はブッツン人工血管が切れた。
「笑うなあああああ。このボケカスどもがああああ!」
牙を剥き出しそうな顔で、タレ目を少しだけ水平に近い感じにして怒鳴ったのである。
水平というとたいして怒ってないように思えるが、元が元なので相対的にはとてつもなく釣り上がっているのである。つまり大激怒しているのである。
「漫才なんか誰もやっとらへんわ! もう勘弁ならん! うちと戦え、小取美夜子!」
「い、意味が分からない! あたし一人だけ、笑ってなかったじゃん!」
「やかましい。同罪や! 五人組や! 外に出ろ外に! 決着つけたる!」
こうして出会ったばかりの二人は(片方は面識があると主張しているが)、何故か戦うことになった。
「授業どうするつもりなのかなー」
気怠そうに頬杖を突きながらぼそり呟く寝屋川先生を無視して、生徒みんなでわいわい校庭へと出たのである。
巌流島の戦いを見届けるために。
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