09 はじめての変身

「な、なに……これは」


 とりは呆然とした表情で、手のひらを見つめていた。

 茶色の皮手袋をはめたかのような、自分の手のひらを。


 視線を少し移動させて、気付く。左腕が、右腕と同様に真っ赤な金属装甲になっていることに。

 のみならず、胸も腹も、すね、足もだ。

 つまりは美夜子の全身が、真っ赤な金属に覆われていたのである。


 そっと手を持ち上げて、自分の頭に触れてみる。

 ヘッドギアが装着されているようだが、それ以外は普通の皮膚の感触で、鼻や口もあるようだ。

 ん、感触?

 どうして、皮手袋を通してこんなにしっかりした感触があるの?

 右手でそっと、真っ赤な金属の左腕に触れて驚いた。

 触れた指先だけでなく、左腕にも触れられた感覚があったからである。


 防具を着ているのではなく、これがわたしということ?

 あらためて美夜子は、視界に入る自分の四肢や腰などをまじまじと見ながら、ごくりツバを飲んだ。


 貰った鍵の使い方は何故か知っていて、そして使ったわけだけれども、まさかこのような姿になるだなんて……

 なんなんだ、これは。

 赤い金属の身体、これが、わたしだなんて……


 状況の理解が出来ず混乱としているのは、美夜子だけではなかった。

 二人の若者も、リコちゃんも、母親も、小太り眼鏡のひったくり犯も、あらたにやってきた何人かの通行人も、騒ぎに家の窓から首を出している主婦もである。

 栗色髪の少女が全身炎に包まれ爆発した、と思った瞬間には、まったく違う姿になっているのだ。全身真っ赤な金属の、人間型ロボット的なボディになっているのだ。本人も含めみな狐につままれたように呆けてしまうのも当然だろう。


 この場で驚いていないのは、ただ一人であった。


「ミヤちゃん、それがめかまじょだ! 戦える。君は誰よりも強いんだ!」


 典牧青年だ。


 だが、その叫び、その呼び掛けは、美夜子よりも先にひったくり犯の方を呆然から覚醒させた。

 ぷるぷるっと首を振った小太り眼鏡の男は、目の前に現れた得体の知れない者つまり姿を変えた美夜子へと奇声を張り上げ高熱ナイフを突き出していた。


 ここでようやく美夜子は、はっと我に返った。

 自分の顔へとひったくり犯がナイフを突き出したことを認識したが、この段階で認識したところで武術の達人であろうとも回避は不可能だろう。

 ましてや美夜子はつい先日までは鍛錬などしたことも興味もない、ただの女子高生だったのだから。


 だが、これはどうしたことか……

 ふん、と風を切って唸る迫りくる高熱ナイフの動きが、美夜子にはビデオのスロー再生に見えていた。

 楽々と、少し身を引きながら男の腕を軽くはたいて、ナイフを叩き落としていた。


「きひっ!」


 小太り眼鏡は痛みと驚きに顔を歪めつつも、また奇声を張り上げて、もう一本の腕をぶうんと振るった。

 顔面を狙ったフック気味の一撃であるが、虚しく空を切りバランス崩してととっとよろける。美夜子が、瞬時に右へステップを踏んでかわしたのだ。


 美夜子は驚いていた。

 不思議な感覚であった。

 身体が、異常なほどに軽いのだ。

 今の動きにしても、相手からすれば美夜子が瞬間移動したかのように見えたのではないだろうか。


 攻撃をかわしたついでに美夜子は、軽く足を引っ掛けてやろうと膝を伸ばした右足を前に出した。


「がぐあっ!」


 どう力の加減を間違ったか。

 小太り眼鏡は、ぐるりん回転しながら宙を舞って、肩から地面に叩き付けられていた。


 必死であるが故に痛みを感じていないのか、小太り眼鏡は素早く起き上がるや、よろけながらも逃げようと走り出す。

 だが、痛めつけられ弱っている上に丸腰である、若者二人にあっさりと取り押さえられた。

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