08 あたしは人間だ!

「……と、大臣が頭が固くて少し大変ではあったのだけれど」


 イリーナ・グラディシェワの、綺麗かつ流暢な声が通路に響く。

 と向き合い座っている、ディアナ・レジーナ財団日本支部の特派員のロシア人女性だ。

 日本語堪能な、金髪碧眼の美女である。


 その彼女の所属する財団からの資金援助や、法の下を潜らせる権限の行使によって、美夜子に機械化手術を施すことが出来たのだ。

 といった美夜子が奇跡的に生きている経緯を、今度は研究所ではなく財団の立場から語っているのである。


 ここは応接ルーム。

 低い椅子に座る二人の間には、普通ならテーブルが置かれていそうなぽっかりとした空間がある。

 実際に、つい先ほどまで分厚い大理石のテーブルが置いてあったのだが、美夜子が叩いて割ってしまい、片付けられたのである。


 ブロンド髪の美女イリーナは既に白衣を脱いでおり、現在はグレーのスーツ姿だ。

 スタイルも着こなしのセンスも抜群で、タイトスカートが腰や脚のラインを実に綺麗に見せている。


 反対に、薄ボロなのが美夜子である。

 目覚めた時からまだ着替えておらず、ベージュの貫頭衣のまま。胃の検査を控えた患者のようである。


「要約すると、恩に着ろということですか?」


 斜に構えた美夜子の言動。

 その割には、まだこの女性への言葉遣いがどうにも定まらずに、つい敬語など使ってしまったが。

 のりまきさぶろう青年に対しては、最初から最後までぞんざいな感じで通していたのに。

 単なる相性?

 それもあるかも知れないが、しかしこの女性に対しここまで構えてしまうのは何故だろうか。

 外国人だから?

 だというのに日本語がとんでもなく流暢、かつ丁寧だから?

 あまりにも美人だから? 吸い込まれるような青い目をしているから?

 それとも、この研究所へ莫大な投資をしているということから、腹黒いものを美夜子が勝手に想像してしまうだけか。


「いえ、前々から機械の医療発展に繋がる分野には関しては、財団は諸々と投資をしているのよ。ただし、もしも少しでも恩に着ているというのなら、着た分だけは協力して欲しいというのが正直なところね」


 微笑んだつもりだろうか。

 精密なセンサーでなければ分からないくらいに、イリーナの顔が微かにやわらいだのである。


「協力、って……」

「そのまま普通に、人間として暮らすこと」

「あたし人間だよ!」


 言葉に突っ込みどころを見つけて声を荒らげてみる美夜子であるが、受けてイリーナの表情に少しの変化もない。


「ごめんなさい。訂正するわ。そのまま生身の人間と同様の暮らしを送ること」

「それが協力になるんですか?」

「充分過ぎるほどに。そしてそれが、人類の未来のためにもなる」


 大袈裟な、と美夜子は思ったが黙っていた。

 ここでなにをいっても意味なんかないと思うし。

 変なこといっても、それをぺらぺら饒舌な日本語で巧みにやり込められたらなんだか惨めな気がして。

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