06 夢から覚めて、笑うんだ

 どこだか分からない場所で目覚めた

 白衣を着た外国人女性に、母のことを聞かされる。

 母がどうなったのか。

 自分と母が乗っていた飛行機がどうなったのか。


 語られるのは残酷な真実。

 しかし美夜子に信じることが出来るはずもなく、ただ口を半開きに呆けていた。


「嘘だ……」


 どれだけ経った頃だろうか。

 時が動き出したのは。

 しんと静まり返った部屋に、美夜子の小さな声が響いたのは。


「本当のことよ。あなたのお母さんだけじゃなく、乗客の全員が……」

「嘘だ! 嘘だ! だって、だっておかしいじゃないか! さっきまで一緒にいたんだ。元気だったんだ!」


 頑張って否定の言葉を吐くことに意味などない。そう分かっていても、いわないわけにはいかなかった。認めるわけにはいかなかった。


「さっきじゃない。もう一週間が経っているわ」


 その言葉に美夜子はきょろきょろ、日付の判断出来るものを探そうとする。


「ほら、見て」


 女性が、自分の腕時計型スマートガジェットを美夜子へと見せた。

 確かに、今日だと思っていた日付よりも一週間が過ぎている。

 わざとズラしていない限りは、嘘ではないということか。

 認めたくなんか、ないけれど……

 一週間前に、自分と母が乗っていた旅客機が墜落しただなんて。

 機体は大破して、自分以外はただ一人として助からなかっただなんて。


「なんで……あたしだけ、生きてんの……」


 項垂れたまま美夜子は、貫頭衣の裾から出ている自分の膝小僧をパシリと叩いた。


「あなたも虫の息だったわ。奇跡が起きたのか即死は免れたけれど、奇跡が起きてもその程度。翌日か、せいぜいが翌々日までの生命だった」

「一週間、経ってるんでしょ?」


 なにを適当なことをいっているんだ。

 鼻で笑い、ずっと鼻をすすると、腕で目を擦った。


 次の言葉を受け、その笑みが硬直する。

 女性は、美夜子に次のようにいったのである。


「手術でね、肉体のほとんどを機械に置き換えたの」


 澄んだ声で。

 そういったのである。


「ほとんどが、機械?」


 美夜子の問う声に、女性は小さく頷いた。


「そう。肉体を稼働させる動力源に関しては、現在の医学では使用が禁じられているものを強引に工業法を適用させて、機械化手術をしたの。……その上で、さらなる奇跡が起こるのを待ち、そして奇跡が起きた……」

「嘘でしょ、それ」

「いいえ。いずれ分かることだから、ここで隠さず教えてしまうのだけれど、あなたは脳と肉体のごく一部以外のすべてが機械なの」

「つまんないよ、そんな冗談は……」


 美夜子はそれきりぽかんと口を半開きにしていたが、やがて自分の両腕を小さく持ち上げて、貫頭衣から出ている肌をじっと見つめた。


 普通の腕じゃないか。

 普通の人間じゃないか。

 機械なんかじゃない。

 どこがどう機械だというんだ。


 右腕だけは、ギプスだか分からないが作業重機のロボットアームに似た真っ赤な金属にがっちり覆われている。


 でもきっと、その下は生身の腕だ。

 絶対に、機械なんかじゃない。

 機械なんかじゃない!


 美夜子は左手でがりがり引っ掻いて、右腕を覆っている金属を外そうとする。

 生身であることを、確かめようと。

 人間であることを、確かめようと。

 すべて自分を騙そうとしているつまらない嘘であることを、確かめようと。


 じゃないとお母さんが……

 お母さんが!


「やめなさい! 小取さん! その右腕が動力源なのよ。もしも壊れたら、生命活動をたもてない!」

「知らないよ! だって、だって……」


 なおも、腕を覆っている金属を引っ掻いて強引に外そうとする美夜子。


 つ、と頬を熱いものが伝っていた。

 涙である。

 気付いた美夜子は手の甲で乱暴に拭うが、拭った先からもうボロリ。


「涙だって出る。ほら、涙だって出るじゃないか!」


 なのに、脳以外はほとんど機械?

 嘘ばかり。

 嘘ばかりだ!

 もう……わけが分かんないよ!


 わたし、お母さんのために、変わるんだ、変わらなきゃ、って思ってた。

 ずっと、ずっと思ってたんだ。

 一緒に暮らす件を切り出されて不安たっぷりだったけど、でもお父さんに会おう、頑張ろう、自分を変える決心をして、飛行機に乗って。


 どうなるのかな、変われるのかな、って思ってたら、いきなりガクガクこの世の終わりみたく揺れて、みんなパニックで、わたしもわけが分からなくなっちゃって。

 気が付いたら、目が覚めたら、こんな身体になっていて……

 この人が大嘘を付いていないんだったら、機械の身体なんかになっちゃって……


 誰も望んでないよ、こんなこと……

 違うんだ。

 わたしはただ、心が変わりたかったんだ。

 それだけで、お母さんも幸せになれて、そうすればわたしも幸せになれるんだ。


 なのに心が変わらなくて、それ以外がすべて変わっちゃうってなんなんだ。


 お母さんも、もういなくて。

 本当に、わけが分かんないよ……


 やっぱり嘘だよ。

 きっと、これは夢なんだ。

 夢だ。

 最悪な、夢だ。

 わたしに意気地がなくて、悪いことばかり考えていたから。

 だから……


「お母さん、お母さん! お母さん!」


 美夜子は、右腕の無骨な金属を、なおもガリガリガリガリ爪で引っ掻き続けた。

 この変な赤い金属をひっぺがして右腕の肌を確かめることが、それが、すべてが夢であることの証明になるんだ。


 笑うんだ。

 はやく夢から覚めて。

 うなされているわたしをきっと心配そうに見つめているお母さんに、大丈夫だよって笑うんだ。


 お母さん!

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