05 嘘だ……
ぼんやりとではあるが、光を感じていた。
そう認識した瞬間、絶叫と同時に跳ね起きていた。
どこかの部屋の、中央に設置された台の上に、自分はいた。
ベッドの上? でもなんか硬いな……どこだ、ここ?
どこかの誰かの普通の部屋、ではないようだ。
知らないところで目覚めるというと、病院くらいしか想像が出来ないが、ここはそうではないようだ。
自分が横たわっていた台の周囲には、様々な計測器具が置かれている。
周りだけでなく室内全体が、得体の知れない装置計器だらけだ。
研究や開発を行うための設備であろうか。
ここは、そういう施設ということか。
でも、だとして、どうして自分はこんなとこにいるのだろう。
なんだか怖い思いをしたことは覚えている。
だからこそ目覚めざまに叫んでしまったというのに、なのにそれが思い出せない。
なにが、あった……わたしに……
なにが起きて、何故、ここにいる。
脳から賢明に記憶を辿ろうとしていると、不意に、しゅいと微かな音を立てて部屋のドアが左右に開いた。
タイトスカートのスーツの上から白衣を着ている女性が入ってきた。
「ようやく目が覚めたようね」
温かいのか、冷たいのか、それだけでは判断のしようのない、でもどちらかといえば冷たく感じられる、女性の声質、口調であった。
美しいブロンド髪。
肌は透き通るほどに白く、目は青い。
どう見ても外国人だろう。
「ここは……」
台の上で上体を起こしたまま、美夜子はぼそりとした声で質問の言葉を発した。
「ここは、
外国人女性の日本語があまりに流暢であるがため、むしろ聞き流してしまってもおかしくなかったが、でも美夜子は聞き逃さなかった。
「志木島?」
いぶかしげな顔で、小首を傾げた。
「そう、あなたのお父様の研究所よ」
「お父さんの……。どうして、あたしが……」
そんなところにいるのか。
会いに行こうとしていたような、そんな気もするけど。
でも、そんな、急に……
「生命を助けるためね。……あなたは、札幌から乗った飛行機の……」
女性は、言葉を最後までいうことが出来なかった。
わあああああああ! という美夜子の金切り声にも似た大きな叫びに掻き消されたのである。
「飛行機! そ、そうだっ、お母さん、お母さんはっ! ど、どこっ!」
青ざめた顔できょろきょろ見回すが、入ってくるのは無機質な計測機材ばかり。
それでも美夜子はなおもきょろきょろ、さらには身体を大きく動かそうとして、襲う激痛に呻き顔を歪めた。
「無茶しないで。……気をしっかり落ち着けて、話を聞いて欲しいの。分かった?」
その言葉に、美夜子の顔色がさらに悪くなっていた。
落ち着けるはずなどなかった。その言葉を聞いて落ち着けるはずがなかった。
むしろ、血液を凍らせて心臓をえぐり取るに充分な言葉であった。
何故ならば、もしも母がまったくの無事であるのならば、そうはいわないはずだから。
でも……
おかげ様でと感謝するつもりもないが、ある種の覚悟に似た思いが生じたことも間違いではなかった。
落ち着いたわけではないが、ともかく美夜子が話を聞く姿勢を見せたことで、外国人女性は小さく頷くとまた口を開いた。
「いい? あなたの、お母さんはね……」
話し始めた。
泣き出しそうに瞳を震わせている、栗色髪の少女へと。
少女の乗っていた旅客機が、どうなったのかを。
少女の母が、どうなったのかを。
少女、美夜子は瞳を震わせながら、瞳を潤ませながら、小さく口を開いている。
そのままの顔で、完全に硬直していた。
嘘だった。
覚悟など、まったく出来ていやしなかった。
そんな美夜子に、聞いた話を事実であると受け入れられるはずがなかった。
女性が手短に話し終えて口を閉ざす。
それから、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
「嘘……」
少女のぼそりとした声が、しんと静かな室内に響いた。
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