09 考えるんじゃなかった

 ちょっと気だるそうな四つん這いで、ショートパンツ姿のは窓際から中央のちゃぶ台前へとごそごそ移動する。


 料理してすぐによそって並べたはずだが、どうでもいいことばっかりいつまでも考えていたものだから、すっかり生暖かい温度になってしまっている。


 温め直すのも面倒なので、このまま食べてしまおう。


「いっただきまあああーーす!」


 ちょっと寂しい感じになっていた気持ちを吹っ切ろうと、無意味にハイテンション気味な叫びを張り上げた。


とりさーん、お声が大きいですよー」


 ボロボロ薄壁の向こうから、お隣さんである老婆の声だ。

 別に怒っている様子でもない普段通りの穏やか口調だが、あまり不意だったので美夜子はびくうっと肩を震わせた。


「あ、は、はいっ、すみませんでしたーっ!」


 見られているわけでもないのに、床に手を置いて、下げた額を畳に擦り付ける。

 そっと頭を上げると、気を取り直して箸を持った。


「いただきます」


 注意されないように、今度はぼそりと。


 なんとなく、テレビなんかつけてみる。

 特に見たい番組ないけれど。

 壁の隅に無造作に置かれた三十二型のテレビに映ったのは、お笑い番組のようだ。

 金色のスーツを着たコンビ芸人が、漫才を披露している。


『なんでやねーん!』


「わはははは!」


 話の流れがまったく分からないけれど、とりあえず突っ込みに対して大笑いしてみたり。


 でも、壁の向こうから老婆がリアルな突っ込みを入れてこないか気になって、笑い声は瞬時にボリュームダウン。

 それがきっかけかは分からないけど、なんだか急速にもろもろが虚しくなってしまう美夜子。

 ならば、とノリマキくんが試作したテレビチューナーユニットのカセットを右腕のスロットにガチャリ挿し込んでみる。テレビ番組の電波を自分の中で直接処理して、大画面大音量でお笑いを脳内視聴してみたのだが、没入感が増すどころかより虚しさが増すばかりだった。


 はあ。

 父親のことなんか、考えるんじゃなかったー。

 寝よ寝よ。

 食べて歯を磨いたらとっとと寝よう。

 担任のがわに出された山積みの宿題なんか知るか。

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