10 精霊マジック

「めかまじょ、だとお」


 突然現れた未知の存在に、ゼログラで空中を浮遊している凶悪犯二人の顔色に明らかな困惑が走っている。


「さああああ、ついについにつーいにいいいっ変身っしましたあ!」


 さいきようテレビの女性レポーターもとはらえつが興奮気味に叫ぶ。


「正義のヒロインめかまじょ参上! 果たして彼女は、この世のブサイク全部注ぎ込んだような凶悪ヅラの悪党にどう挑むのか、精霊魔法の力でどんな戦いを繰り広げるのかあ! チャンネルはそのまま、そのままあ!」


 もしもここが住宅街ならば昼間でも苦情が来そうなくらいうるさい元原悦子氏とは正反対に、ゼログラに乗る二人の凶悪犯たちはなにがなんだか分からず呆然とした表情でただふわふわゼログラで宙に浮いている。


 やがて兄貴分が、夢から覚めたように首を横に振る。

 そして、怒鳴り声を張り上げて、明快な行動方針と自分らの脳のレベルとを盛大に主張した。


「なんだか知らねえが、やっちまうぞ!」


 と。


「おうよ兄貴いっ! 所詮は女だあ!」


 急加速斜め急降下、二台はお互いがぶつかり合わないよう時間差で、赤い金属の少女へと体当たりを仕掛ける。


「ごめんねえ、所詮は女でえ」


 赤い金属の少女、めかまじょ美夜子はノリ自虐で相手をおちょくりながらも余裕の笑みを浮かべ、ゼログラによる体当たりを最小限の動きでなんなくかわし続ける。


「畜生!」


 弟分がぎしりぎちりと歯軋りをする、が、その顔に僅かな笑みが浮かんだ。

 兄貴がこっそり少女の後ろに回り込んで、ゼログラの機体先頭に取り付けられているアームの一撃をみまったのである。

 だが、その攻撃も通用しなかった。少女は、まるで背中に目がついているかのようにすっと横へ動いて楽々とかわしたのだ。


「さあ、今度はこっちの番だからね」


 めかまじょ美夜子は、ちょっとワクワクした顔で、左右の腰にあるケースホルダーの右の方に指を入れてがさごそ。自身と同じ赤色の、カロリー●イト大の長細いカセットを抜き出した。


「覚悟しろよお。けえっこう意表ついちゃう感じの技を出すからなあ」


 カセットを左手に持ち変えると、右の前腕側面にあるスロットにガシャリ差し込んだ。

 そのまま左腕をすっと前へ真っ直ぐ伸ばして、空中、弟分の乗るゼログラへと向ける。


「ロケットパアアアンチ!」


 甲高い叫び声と同時に、真っ赤な左腕の肘から先が分離して、炎を噴き出しながら飛んだ。


 ぐわんと重たい衝撃音、破壊音。


「意表つかれたあ!」


 そして弟分の叫び。


 ぐっとグーに拳の握られた赤い金属の腕が、ゼログラの胴体を紙でも破くかのように簡単に突き抜けていた。

 動力源を失い、浮力を保てない重機は当然あっさり墜落したのである。

 どっごん。

 

「ちくひょう……」


 弟分が激痛を堪えて慌てて這い出した直後、機体が大爆発した。爆風でゴロンゴロンゴロンゴロン転がって、なんたる原始的経済的そして効率的なオートメーションか、無数の警察機動隊員の待ち構えている真ん前に。

 はい、御用。


「まあずは一人、っと」


 ゼログラを一瞬でスクラップに変えた赤い金属の腕が、炎を噴き出しながら持ち主へと戻っていく。

 ぶつかる寸前に、横からの制御用炎でくるんと回転して、元の状態にくっついた。


「くそお、ふざけやがって! こんならどうだあ!」


 残った一機、兄貴のゼログラが機体を縦にしてぐうんと急上昇、空気を掻き分け上っていく。


「てめえみてえな妙チクリンと、やりあう気はねえんだよ。あばよ!」


 威勢と裏腹に、逃げる気満々のようである。

 まあ確かに警察車両はあらかた破壊しているわけで、逃走するにあたりめかまじょと戦う必要もないだろう。


 めかまじょが見逃してくれれば、の話であるが。


「空中かあ」


 夜の摩天楼をぐんぐんぐんぐん上昇していくゼログラを、真っ赤な金属の少女、めかまじょ小取美夜子は微笑みながら見上げている。


 すん


 不意に少女の真っ赤な姿が消えていた。


 空中だ。

 二棟構成の本社ビルの間を、壁を蹴ってはふわり蹴ってはふわり、たん、たん、と心地よくジグザグに、妖精が舞っている。

 高みへと逃げる、ゼログラを追って。

 いや、もう追ってはいない。

 夜の摩天楼をぐんぐん全速力で上昇するゼログラの、その遥か上に、真っ赤な金属の少女、めかまじょの姿はあったのである。


「なんなんだあああああ、てめえはあああああああ!」


 蒼白になった兄貴の、開いた大きな口から漏れるは絶叫。


「通りすがりの、正義の味方かな」


 ごうごうと吹く上空の風の中、小取美夜子はにこり笑みを浮かべながら、左腰のカセットホルダーから赤いカセットを取り出して右前腕の側面にあるスロットへとガシャリ差し込んだ。

 精神集中のため呪文めいた言葉をもごもご呟くと、呼応するかのように無骨な右腕がごんごんごんごん低く唸り、そして隙間から漏れる青い輝きがゆっくり回る。


「おおおりゃあああっ!」


 雄叫び張り上げながらも力まず軽く右の拳を突き出すと、海原うねる波のごとく空間が歪み進んで、数メートルの距離に浮かぶゼログラを一瞬にして分子レベルで崩壊させていた。


 操縦レバーを握り座っている時の姿勢のままで、なんだか虚しく寂しく空高くビルの間に浮かんでいる兄貴。

 引力働いて、どっひゅん落下。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


 一瞬にして小さくなって、つまり地面から見ると一瞬にして大きくなって、あとほんの少しで路面にグロテスクなペイント画が描かれるであろう寸前直前あと数メートル、というところで不意に兄貴の落下にブレーキが掛かって、ふわり、ふわふわん、揺れながらゆっくり尻から着地した。

 自身になにがあったのか、唖然呆然としているところへ警察機動隊員たちがどどっと飛びかかり、はい二人目御用。


 少し遅れて、ふわりすとんと真っ赤な金属の少女が着地すると、おおおお歓声が爆発した。

 悪漢相手にスカッと爽快な活躍を見せた正義のヒロインへの、包囲網の外から見物していた市民たちの声と拍手であった。

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