番外編 カリナはずるいと思うのだった
あたしは、愛されるために生まれたと信じていた。信じたかった。
なのに、牢屋に入れられて、あたしは故郷を離れることになってしまった。
(どうして?)
物心ついた時にはやかましい
その人が連れてくる男の人たちも、怖かった。
男の人が来ると家から追い出されるんだ。
寒かろうが暑かろうが、夜だろうが昼間だろうが。
行く当てなんてない。
そんな日々をいやだなあと思っていたら、ある日、どこかに連れて行かれることになって……あたしはとうとう、売られるんだって思った。
そうしたら、あたしが暮らしていた小さな部屋なんて目じゃないくらいでかいお屋敷に連れて行かれて、そこにあたしの本当の父親がいるって聞いた。
それからあたしの生活は、一変した。
優しそうなおじさんと、困ったように笑うおばさんと、あたしよりちょっと年上の男の子がいた。
そしてあたしは、あたしがこの家の子供になったのだと知った。
(どうして! どうして! どうして!)
お父さんはあたしのお父さんで、
だから困った顔で笑う奥さんは、あたしのことが邪魔に違いない。
だけど、根が優しい人なのかあたしを娘として受け入れた。
でも当然だと思う。
あたしは悪くないもの。お父さんが愛人を作って、しかも愛人に裕福な生活をさせないのが悪いのよ!
アトキンス男爵家の暮らしは、幸せそのものだった。
これまでの苦労なんて嘘みたいに、誰からも殴られないし怒鳴られない。
ごはんはたくさん食べられたし、綺麗な服が着られて、ふかふかのオフトンでも寝ることができた。
「にいさまはずるいわ、あたしはずっと酷い目に遭っていたのに。あたしが辛い時も、にいさまは幸せだったのでしょう?」
兄はそんなあたしの言葉を、いつしか不快そうな目を向けるだけで何も言い返さなくなった。
あたしが辛い時も、お父さんも、奥さんもこの生活を送っていたのだと思うとずるいとしか思えなかった。
(なによ、ずるいのは本当のことじゃない!)
段々とこの生活が当たり前になってくると、あたしは他の人もずるいと思うようになった。
あたしは苦労したのに。辛かったのに。
家族になったんだから、もっとあたしを大切にするべきなのに!
そうやって過ごしていると、貴族の令嬢と子息は学園に行くものだと言われて行かされた。
家は退屈だけど、学園はそれなりに楽しい。
あたしは可愛いから、男の子たちがチヤホヤしてくれるし……でも勉強は嫌い。
愛人の子供だって話をすると、みんなからちょっと距離を置かれるので言わないことにした。
そんな中で、上級生にいっとう煌びやかな人がいると気づいた。
「ロレッタ様だわ、今日も美しいわねえ」
「さすがワーデンシュタイン公爵家のご令嬢だわ。あの方が王妃ならば、安泰ね」
公爵家のご令嬢。きっと苦労なんて何一つ知らない。
偉い貴族の家に生まれたってだけで、チヤホヤされて幸せいっぱいで、何もしなくたって王妃になれるだなんて
あたしは、あの人から奪ってやろうと心に決めた。
アベリアン殿下は同級生だったから、近づきやすかった。
彼は他の生徒と身分で距離を作りたくないと普段から言っていて、お坊ちゃんの戯れだなって思ってたから敬遠してたんだけど……話してみると、あの公爵令嬢のことが嫌いらしくてとても気が合った。
その頃、あたしは嫌がらせを受けていた。
きっとアベリアンを奪われたあの女の仕業だと思った。
いろいろ、
でもアベリアンや、アベリアンの取り巻きたちが守ってくれたから全然へっちゃら。
むしろいい気分だった。
そんな中、あたしは暴漢に襲われた。
こんなことまでしてくるなんてサイテー!!
そう思って、あの女の卒業式を狙って、あたしたちはあの女を断罪することにしたのだ。
結果は、おかしなくらい勘違いだった。
あの女は――ワーデンシュタイン公爵令嬢は怒るでもなく、泣き喚くでもなく、あたしに対して『引き継ぎ』なんて言って無茶ぶりばかりしていくのだ。
それどころか、アベリアンはそれを否定しない。
えっ、お妃様ってお茶飲んで着飾って、赤ちゃん産めばいいんじゃないの?
そんなの話が違う!!
あたしは捕らえられ、お父さんたちに叱られて、いろいろと真実を知った。
あたしを襲わせたのは、
売り飛ばすつもりだったらしい。
なんて人だ。
それから、お父さんはあたしの本当のお父さんじゃなくて、叔父さんだったこと。
あたしの本当の父親は家出して貴族じゃなくなっていたから、本当はあたしも平民だけど……父親もそんなで、母親も
どうして。
そんな、おかしい。
じゃあ、あたしは?
「お前は、人の親切を親切として受け取れない。なんでもずるいって言って、我が儘を言えばいいと思ってる。自分だけが不幸だと思って、大切にしてくれる人に感謝の気持ちも持てない心が貧しいやつなんだ」
兄だと思っていた人に、そう言われた。
そんなことない。
あたしは、アベリアン王子にも愛されて、王子の妃になって、みんなに羨まれて……そうなるはずだ。そうなるはずだった!
だけど現実は、その事実を受け入れて学園でしっかり勉強して、身の程を知らなくちゃいけなかった。
あたしは勉強が難しくて嫌いで、貴族はでも最低限できなくちゃだめだって言われて。
アベリアンもイザークも、助けてくれない。
ウーゴはいつの間にかいなくなっちゃってた。
味方が誰もいない。
あたしは、性格を直すべきだって言われてしまったのだ。
(あたしは、不幸だったし今も不幸なのよ?)
どうして『可哀想』って拾い上げてくれないの?
そう思っていたら、出家していたらしいウーゴがやってきて『よその国に行こう。誰もぼくらを知らないところなら、きっとやり直せるよ』って言ってくれた。
そして船で移動して、あたしは騙されたと知る。
もうあたしは平民だから、働かなくちゃいけないんだよって、ウーゴがいるのとは違うお店で働かされた。
といっても、パン屋さんだけど。
朝早くから夜まで働いてくたくたになる生活。
でも、勉強しろとか言われなくてそれは気楽だった。
着心地の良いドレスや、豪華な食事が懐かしく思うこともある。
だけど大声で笑っても叱られないし、走っても変な顔されない。
(あたしは、根っからの平民だったってことなのかな)
でも、今でも周りの人を見ると『ずるい』って思ってしまう。
兄が言っていたように、あたしはどこかずれているってことは理解できた。
それはパン屋のおじいさんとおばあさんが、いつもあたしにお礼を言ってくれるからだ。
なんてことないことにお礼を言ってくれる二人に、心が温かくなる。
でも、これまで『ずるい』って思うのが当たり前だったあたしは急に変われない。
「……いつか、あたしも普通にありがとうって言えるのかな」
そんなことをおつかい帰りにふと思う。
だけどふと横を見ると、雑貨屋で可愛い小物を買う女の子たちがいて『いいなあ、ずるいなあ』ってまた思ってしまった。
(……あたしは、心が貧しいのかな)
兄に――兄じゃなかったけど、言われたことがいつまでたっても頭の中をぐるぐる回る。
よく考えれば、アトキンス家の人たちはいつだって優しかった。
あたしはそれを当然のように受け取っていたけど、本当はあたしに受け取る資格はなかったんだろう。
可哀想ってだけであそこまでしてくれたのに、あたしは結局、一言もお礼を言わなかったんだなと思ってびっくりしてしまった。
「あっ」
買い物袋の底が破けて『ついてない』と思う。
周りを見れば夕暮れ時の、家族やカップルばっかりで。
あたしはまた、ずるいなあと思ってしまう。
(あたしは、独りぼっちなのに!)
周りが幸せそうなことが、ずるい。羨ましい。
だけど、これは初めと違ってあたし自身せいで独りぼっちになったんだ。
その現実に、思わず膝を抱えてしまった。
「カリナちゃん?」
しゃがみこんだまま動けなくなってしまったあたしを、パン屋のおばあちゃんが迎えに来てくれた。
あらあらまあまあ、なんて困ったように笑いながら、破けてしまった紙袋から落っこちたものを拾っていく。
周囲の人はあたしを知らんぷりなんてしてなかった。
拾って、紙袋の代わりになりそうなものを渡してくれていた。
(あたし、何見てたんだろ)
もしかしなくても、きっとあたしには手を差し伸べてくれる人がいっぱいいたんだ。
不幸だって嘆いてたくさんの人にそうされるのが気分が良かっただけだ。
でも、本当にその差し伸べてくれる手が、嬉しかったんだ。
嬉しかったんだよ。
「……ありがとう、おばあちゃん」
ずるいなあ、と思うのだ。
あたしはなんにも知らなかったのに。
みんな、この当たり前の気持ちを、知っていたんだから。
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これにて完結となります!
カリナはアベリアンとはまた違った幼稚さでした。
果たして『不幸せになるより幸せになってくれていたら』と主人公が願った通りかはわかりません。
幸せはいろんな形があるよね!
その『悪役令嬢』は幸せを恋い願う 玉響なつめ @tamayuranatsume
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