暗黒色の門

 目を開ける。照明の殆どが切れた薄暗い空間。砂埃の舞っている異国の路地裏のような淡くどんよりとした色。数世代前のゲームセンターによく似た色彩に、それとは裏腹に見慣れたボウリングやトランポリン、ロデオなどが並んでいる総合遊戯施設の面影を感じる輪郭。どこかちぐはぐで懐かしいようなそんな風景。またか、そんな気分がじんわりと押し寄せる。前にもこんな夢を見ていた気がする。今回で……5回目? それも覚えているだけで、なのだから本当はもっと多いかもしれない。きっとまた、なのだろう。そう思い、周囲を見回すとそこには以前と同じ仲間がいた。趣味の悪いことに自分が知っている友人に面影が似ている物だから大変だ。だって、僕らはこのゲームセンターから逃げ出さないといけないのだから。逃げる、というよりはここから帰る、そっちの方が正しいかもしれない。ここにいると足元が急に抜けるかのような恐怖感と焦燥感があるのだ。ここに長居をするのはいけない。まぁ、僕だけ逃げる、というのなら簡単だ。でも、みんなを連れて、となると面倒で。

「なぁ、祐太一緒にボウリングしようぜ!」

ほら、言わんこっちゃない。こうなるのだ。俺に話しかけてきたのは少し太めの男子。その他にも向こうのほうでは細身の男子と元気系女子が射的を興味深そうに眺めている。ここに来るとみんな小学生か中学生かのようにこの楽しそうな物たちに夢中になってしまう。リアルではれっきとした高校生らしいんだがなぁ。いや、あいつらとコイツらは別もんだな。夢なんだから。

「ん?どうしたんだ、ぼーっとして。早くやろうぜ。」

あぁ、めんどくさいな。でも、いきなり帰ると言っても聞いてくれないのは実証済みだ。取り敢えず適当に遊んで、疲れたから帰るとか、そんな風に言い出さないといけない。まぁ、ある程度満足しないとダメって事だ。まぁ、遊びすぎてもダメ、らしいがな。

「ああ、分かってるよ、やろうか。」

俺はボウリングの球を手に取ると勢いをつけて投げる。そのボールはまっすぐピン達の中央を捉え、全てのピンを薙ぎ倒した。チープな電飾と賑やかな効果音が鳴り、倒れたピンは頭についた紐の様なものに引き上げられてその場で立ち上がり、リセットされる。

「おぉ、すげぇじゃん。ボウリング得意なんだな。意外。」

「いや、そんな事ないよ。僕運だけはいいんだよね。」

いや、偶然じゃないが。だって何回もやっているからな、最初は現実ともまた違う感覚で苦戦したりしていたが、俺が覚えてるだけでもう6回はやってるんだから。

「まぁ、そんなこと言っても夢、見始めちゃったら仕方ないよね。」


「おーい、次裕太の番だぞー。」

もうコウスケは投げ終わってしまったらしい。スコアを見ると8本ピンが倒れていた。僕がさっき10本倒しちゃったから、今回はあんまり倒さないほうがいいな。こういうのは、長引かせた方が満足感が高くて、早く帰りやすいから。じゃあ、と。

「あ、うん。……よっと、それ。」

僕は重たい球を持ち上げてレーンに放る。すると球は初めは真ん中を進んでいたものの、だんだん左の方へとずれて、3本のピンを弾き飛ばした。もう一度ボールを放るがそれも2本しか倒さない。合計5本。

「上々かな。」

チラッとコウスケの奥。射的コーナーに目をやる。そこでは先ほどの二人が楽しそうな表情でおもちゃの銃を構えて紙の的目掛けてBB弾を撃っている。うん、夢中になっているうちは大丈夫だね。この間少し目を離した隙にどこかに行っちゃったことあったから。どうもこの夢にはゲームセンター以外にも面白そう?な場所があるらしい。僕には底冷えする様な危機感に溢れた空間なことには変わりがないんだろうけど。


 しばらく、時間が経つ。僕は上手く点数が拮抗する様に球を投げ続けた。はぁ、どうせなら勝っとけばよかったな、俺ばっかり疲れるじゃないか。まぁ、勝ってもらってエネルギーを消費してもらったほうがね。ほら、とっても喜んでるし。さてと、1回目のチャレンジと。喜んでいるコウスケの方に近寄り、まるで疲れ切ったかのように口を開く。

「あのさ、僕結構もう、疲れちゃったんだけどさ。ちょっと、もう、帰らない?」

「ん? なんだ体調悪いのか。」

「あぁ、うん。ちょっとね、ごめん。」

「そっか、うーん……しょうがないな! まあ、ここにはまた来れるしな、今日は帰るか! おーいお前ら、裕太がちょっと調子悪いらしいから今日はもう帰ろうぜー」

コウスケがセオとミソラに声をかけに行く。今日は最短コースか。アベレージ3回遊んだら、ぐらいな気がするから運が良い。よし、さっさと帰るぞ。

「じゃあ帰るか〜」

コウスケがセオとミソラを回収してやってくる。俺は少し体調の悪いフリをしながらゲームセンターの出口へと向かう。大丈夫? なんて話しかけてくるセオとちょっと不満げなミソラに曖昧な笑みを浮かべて外に出た。褪せた色合いの室内とは違い外は白い光が差しており明るい。しかし気分が妙に晴れないのはこの一面真っ白な空のせいだろう。何度も見てきたが、俺は空が晴れているのを見たことがない。だから太陽というものがそもそもあるのかすらもわからない。もしかしたら、ないのかもね、なんて考えてたりするらしい。門の方へと進んでいくと段々周囲から物が消えてゆき、段々と荒廃した様な雰囲気を漂わせている。舗装されていた道は知らないうちに舗装されていない細かな砂利道となっており、時折砂埃を巻き上げている。砂が目に入らない様に目を細めつつ、そのまままっすぐ進むと大きな西洋風の門が聳え立っていた。その門の柵は真っ黒でいつも半分だけ開いている。門の左右にある柱の上には門の扉と同じ、光を吸い込む様な暗黒色の、ガーゴイルとカラスを足して2で割った様なクリーチャーが一体ずつ鎮座してこちらを向いている。一歩ずつ、砂利道を門へと向かっていく。地面を踏みつけるジャリジャリと響く音だけがやけに脳内に響く。友人の話し声が段々と遠ざかってゆく。………またか。門に近づくと視線を感じる。……あーうるせぇ視線だな、そんなに見るなっての。だが、この視線に気づいていると気づかれるのはダメらしいのでそのまま体調の悪いふりをしながら門の外へと向かう。門の向こう側に足を踏み入れた瞬間、その気味の悪い視線は溶けていくかの様にスッと消えた。段々と白く褪せた光に包まれた空間が視界の端からブラックアウトしてゆく。……それと同時に意識も暗闇の中に消えていった。


……目がゆっくりと開く。時計を見れば6時28分、目覚ましが鳴る2分前だ。今日も帰ってこれた。心の中に温かい水が注がれていくかの様な安心感が染み渡る。しかし、いつか帰ってこれなくなるんじゃ無いか、なんていう不安感が拭えなかった。アラームを止めるためにスマホを開く、すると一件の通知が来ていた。LINEで友達登録しているニュースサイトの通知だ。いつもなら親指をスライドして消してしまうそれに今日はなぜか目が止まる。


“相次ぐ眠り姫 クライネ・レビン症の新タイプか?”


……いつか、帰ってこれなくなるんじゃないか。そんな、ね。……画面を一度タップする。……およそ3ヶ月ほど前から眠った患者がそのまま起きて来ず、ずっと眠ったままになってしまうという事例が増えているらしい。しかし、精神科医も脳神経科医も特に原因を突き止めるまでには至っていない。そして、この病の危険なところは突如として起こる心停止及び呼吸困難。通常なら、ずっと寝ていて起きる事がないだけだが、突如として心停止、呼吸停止の状態になることがあるらしい。この発作は突発的に起こり、また、発作が起きても患者が起きることはなく静かなまま死んでしまうため、気がついたら……なんていうことも……


ピロリンピロリンピロリンピロリン……


ビクッと小さく体が跳ねる。あぁそういえばアラームを消し忘れてた。素早く画面をタップしてアラームを止める。……ふう。そう、一つ息をついた。……あいつら元気かな。そうして、僕は夢の中とは少し違う彼らのことを思い描いた。

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とある遊園地の話 ikai @ikai_imaginary-solution

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