第41話 くまどり列車

無人駅で停車したくまどり電車の車内に、チャリンチャリンと小銭の音が響く。


「まったくお主らは…。前代未聞よ。」


「あの~!山神様!ちょっとよろしいでしょうか?」


電話の向こうから、聞き馴染みのあるいつもより大きな声が聞こえてきた。


「ん?その声はコイジイか。どうした?」


前の駅では、紫電車の異変を動物達が外から覗き込み、人だかりならぬ動物だかりができていた。

その動物だかりの後方から叫ぶコイジイに、動物達は驚いて道を開ける。

コイジイは、溢れ出た硬貨を踏まないように気をつけながら紫電車へ入って行った。

ギンはその様子を遠くから眺めている。


「そちらの人間が持っている財布ですが、持ち主は先程捕まったモトクマの物でございます。」


「だから何だ?」


山神様の声が少し不機嫌になった。


「大金を注ぎ込まれても、くまどり電車の切符は発行せぬぞ?この神聖なくまどり電車に罪人を乗せる訳にはいかん。一から修行をし直すか、他の神をあたるのじゃな!」


「いえいえ、山神様のルールを変えようなどとは思っておりませんよw」


普通の動物だったら、不機嫌になった山神様に萎縮してしまい、逃げ出すだろう。

さすがコイジイだ。

笑っている…。


そしてもう一匹、この会話に参加してくる猛者が現れた。

紫電車を運転していた、ネズミ車掌である。


「姫様。これだけの金額であれば、私の車両を“貸切電車”として出す事が可能でございます。」


「!!」


山神やオコゼをはじめとする鉄道関係者の他、会話を聞いていた大人の動物達数匹が、あっ!と息を呑んだ。


「コイジイやべぇwその手があったか。」


ギンは改札口の方で捕まっているモトクマを見た。

ベチョベチョになっているモトクマが檻に入り、どこかへ連行される所である。

姿はやはり白いが、男性と切り離された事で他の動物霊と同じ様に足が生えていた。


「まあ…ルール上はそうじゃな…。致し方あるまい。本人の希望次第ではあるがの。」


!!!

動物達の半数がガッツポーズをする中、コイジイは山神様にお礼を言うと、すぐにギンを読んだ。


「ギン!こちらへ!」


ギンはすぐに動物走りで紫電車へ入った。

そして、スマホを持ったネズミ車掌を背中へ乗せると、天国に強制送還されそうになっているモトクマの所まで急いだ。


「おーい!ちょっと待ってくれー!」


通常サイズに戻ったオコゼ達とモトクマが、何事かと振り返った。

追いついたネズミ車掌は、モトクマに向かってスマホをかざす。


「モトクマよ。聞こえるか?」


「え!山神様!?」


事態を把握していないモトクマとオコゼ達は少し動揺した。


「モトクマよ。お主、貸切電車を希望するか?」


「えぇっ!?貸切電車ですか?そんなお金は…。」


動揺するモトクマはギンを見た。

ギンとネズミ車掌が笑っている。

というか、向こう側の動物達がこちらを見て拍手をしている。


よく分からない。

よく分からないが、何か素敵な事が起きていると言う事は分かる。


「はい!貸切電車、希望します!」


「良かろう。オコゼ隊、そこにおるか?」


「はっ!」


オコゼ隊の隊長っぽい魚が前に出た。


「モトクマを天国に送還した後、私の事務所に寄りなさい。…もしかしたら一般幽霊からの貸切電車申請書が届いているかもしれぬ。それを持ってくるのじゃ。」


「はっ!」


「それと、もし天国で鉄道利用希望の一般のお客様に会ったらご案内してあげなさい。」


「かしこまりました。最終電車に間に合うよう、最速で戻って参ります。」


「うむ。よろしく頼む。」


そう言うと山神様はスマホの画面を押し、電話を切った。

切りぎわに電話の向こうから聞こえる、歓声やありがとうの声に山神はくすりと笑った。


「あの~すみません。どういう事でしょうか?」


状況をいまいち把握できていない男性が、山神様に説明を求めた。


「このユメノ鉄道は、人間界にある鉄道会社を参考にしておってな。一両貸切にして、通常運行の車両に牽引(けんいん)させるプランがあるのだ。」


「はぁ…。」


「つまりだ。神聖なるこの車両の乗車券は発行できないが、あやつが乗る普通車両なら引っ張って走れるという事じゃよ。」


「じゃあ、モトクマと一緒に人間界へ行けるという事ですか!?」


「そうじゃ。」


「ありがとうございます!!」


男性は自然と床に正座をし、三つ指をついてお辞儀をした。


「顔をあげよ。我は決まり通りの事をしたまでじゃ。お主らを特別扱いしているわけでは無い!」


「はい……。」


申請後すぐに電車運行が叶うとは…。

人間界の常識で言えば、貸切電車の申請は数日前までに行わなければいけないが、この世界ではどうなのだろう。

やはり特例で動いてくれているのではないだろうか。


男性は少しそう思ったが、余計な事は考えずに山神様の言葉を信じる事にした。


「じきに七車両のトラブルがおさまり、貸切電車の準備も整うだろう。それまではお主もゆっくりしていると良い。」


そう言うと山神様はドアから外に出ると、くまどり電車の屋根に登り腰をかけた。

狭い電車内にいては、人間の男性はリラックスできないだろうという配慮をしてくれたのだ。


「ありがとうございます!」


男性は外にいる山神様に届くように、大きな声で言った。






それから準備が整うまでの間、くまどり電車の運転手はスマホを男性に貸した。

男性はスマホのテレビ電話アプリを使い、お世話になった動物達へお別れの挨拶をした。

どうやらモトクマの他に、転生資格二級以上を持っている動物がこちらへ来るらしい。

彼らも切符は持っていないが、「せっかく何人乗っても良いのだから」とモトクマが招待したようだ。


「ギンさんもこっち来るの?」


「いや、俺は行かねーよ。資格持ってないし。てか、取ろうとしてないし。コイジイやチビ助と一緒に、お前らをこっから見てるよw」


「そっか。それじゃーまたね!」


「おうよ!またな。」



ファーーン!

ガタンゴトン…ガタンゴトン…。


男性がギンと話していると、軽快な音を立てて電車が一台こちらにやってきた。


「!!…来た!」


男性はすぐに、くまどり電車から無人駅のホームに飛び降りる。

かわいい紫色の電車が、なんだか賑やかな歓声を上げる一団と共にやってきた。


「兄ちゃん!!!」


紫電車の扉が開くと、一頭の黒いツキノワグマが飛び出してこちらに向かってきた。


「え?モトクマ!?」


驚く男性の事はお構いなしに、モトクマはそこそこある巨体で飛びついた。


「バカお前、大きさ考えろよ!!」


尻餅をつく男性が、嬉しそうに怒る。


「ウェーイ!!」


一緒に紫電車で来た動物達もテンションが上がり、転がる男性の上へさらに乗ってきた。

乗って来ない動物は、周りで拍手をしてフォー!と叫んでいる。


「ちょ、待てって!潰れるだろうが!離れろ!」


電車の上でにこやかに拍手をする山神や、スマホの中でゲラゲラ笑うギンを尻目に、男性は動物達を引き剥がしまくった。


数分後……。


体力を使い果たした男性は、くまどり電車の座席で寝そべっていた。


ガッチャン!


「おーすごい!繋がったーー!!」


電車の外から動物達の声が聞こえる。

どうやら、くまどり電車は紫電車と連結し“くまどり列車”となったようだ。


「とうとう出発よ!」

「楽しみだな!」

「早く列車に乗ろうぜ!」


ドタバタと動物達が二両目に乗り込む音が聞こえる。


「兄ちゃん!兄ちゃーん!ねーねー出発するよ!?」


一両目に乗れないモトクマが、大声で声をかけた。


「おう…。」


男性は椅子に寝そべったまま答える。

顔を声のする方へ向けたが、モトクマの姿は見えない。


「兄ちゃん今までありがとう!転生したらもう会えないけど、寿命が終わったらまた会おうね!天国のふもとの駅集合だよ?」


「オッケー…。モトクマ、頑張れよ。」


「もちろんだよ!人間になるの超大変なんだから!めいいっぱい楽しむんだから!!」


そう言うとモトクマは、またね!と二両目に走って行った。



ガタンゴトン…ガタンゴトン…。


ガタンゴトン…ガタンゴトン…。



……。



「お客さん、お客さん!終点ですよ?」


「……?」


いつの間にか眠っていた男性は、車掌らしき人にポンポンと叩かれて起こされた。


「あれ?…ここは?」


「終点です。荷物を持ってお降りください。」


「荷物…?」


男性は、自分の座席の横を見て驚いた。

自分が車にひかれた時になくした荷物がそこにあったのだ。


「夢…だったのかな?」


男性はメガネを外して目をこすろうとした。


ガツン。

ポタッ。


しかし、いつの間にか手に握っていた物が顔に当たり、上手く目をこする事が出来なかった。


「何だろう?」


男性は落ちている物を拾った。


「うっわ!報告書のペンだ!!」


ただのペンを見て異常に驚いている男性に出くわした車掌さんは、とても困惑した。


「あの…大丈夫ですか?」


「あ、すみませんwちょっと…寝ぼけているだけです。」


「そうですか…お疲れ様です。」


優しい車掌さんは“可哀想に”という表情をし、下車する時も段差を気遣ってくれた。


こうして男性は無事人間の駅に着き、不思議な電車の旅は幕を閉じたのである。







「あ!パパだー!」

「あなたお帰りなさい!」


小さな木の駅を出た男性に向かって、車の中から女の子と母親が出てきた。


「ただいま!なんだー、迎えにきてくれていたのか。」


「そうよ!私たち、パパに重大発表があるのよね!?」


そう言うと母親は、娘の背中を押した。


「ん?何かな?」


男性は、愛娘の頭を撫でて微笑む。

女の子はその5倍の笑顔で微笑み返し、紙を広げて似顔絵を父親に見せた。


「かぞくのにがおえだよ!」


「おー!どれどれ?…ん?」


男性は首を傾げた。


「うちは3人家族だけど、これは誰かな?じいじの顔?」


「ちがうよ!w」


母親と娘はニヤニヤして言った。


「うちは4人家族なのよね?w」


「4人って……。え?うぇー!?!?」


娘は父親のリアクションに大爆笑が止まらない。


「ドッキリ大成功ね!」


母親はそう言いながら、手をお腹に当てた。

男性は娘を抱き上げ、妻と娘を一緒に抱きしめた。


「そっかー、4人家族かぁー!」


男性は娘が描いた絵を広げ、もう一度じっくりと眺めた。


「じゃあ、これが赤ちゃんの顔かな?」


「そうだよー!これがくまのあかちゃんだよー!」


「えっ?熊??」


男性の動きが止まった。


「そうなのよ!この子ったら、お昼寝から起きてからずっとそう言うのよ。白い熊の赤ちゃんが産まれてくるんだって言って聞かないのよ…w」


母親が笑って話す横で、娘は「ホントだよ?」と口を尖らせている。


「うそだろwww」


笑いが止まらない父親に対し、途端に怒り出した娘が涙目で抗議した。


「うそじゃないもん!!」


「ごめん、ごめん!パパは嘘をついているなんて思ってないよw嬉しくて笑ったんだ。」


「……。」


父親の言葉が信じられない娘は、ほっぺを膨らませ続けている。


「こんぐらいの大きさで、目が大きくて、頭の毛がぴょこんと出ている熊だろ?きっと食いしん坊な熊の赤ちゃんが産まれてくるだろうな?」


「!?!?」


娘は、夢で見た特徴をピッタリと言い当てた父親に驚き、空いた口が塞がらなくなった。




おわり



※このお話はフィクションです。

秋田にあるものを参考にしてはおりますが、実在する人物・団体様とは関係ございません。

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乗り鉄けもニキ 鷹尾 @TAKAO-KAKU

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