新生首都東京編 『東京』




戦略罠ブービートラップに警戒して進行しろ。 廃墟を拠点にしたただの略奪者バンディットかもしれない」


 姿勢を低くして瓦礫から瓦礫へ進んでいく。


「ユリ、何か見えるか?」

「十一時方向に地下へ続く階段があります。 『都市シェルター』かもしれません」

「代わってくれ」


 アギトが覗いた先にはユリの言う通り階段があり、その階段の脇の壁には赤い塗料が塗られているのが確認できる。


「総員、周辺の廃墟に警戒しろ。 十一時の方向の地下階段へ向かう。 ノブユキ、弓を構えておけ」


 周囲の人気ひとけの無さに翻弄されながら、アギトを先頭に小隊は階段へ近づいていく。


「アギト、やはりここは『都市シェルター』らしい」


 先に石刃をくくりつけた刺股を片手にしたクチキが、階段の脇のアスファルトに刃を向けてそう語る。

 そこにはまた、赤の塗料で眼球のイラストと、今度は漢字が殴り描かれていた。


「僕やユリの世代は、漢字や『外』の言葉なんて学んだことはない。 だから、アギトほど文字を読み書きできる者を見たことがない。 けれど、アギトに聞かなくたってあの文字はなんて意味か知ってる。 これまで昔話で散々聞かされてきたからね」


 その時確かに、アギトの耳にはクチキが息を呑む音が聞こえた。


東京とうきょうの大戦で失われた、日本の首都の名だ」


 この世界には、ルールは存在しない。

 『大和』であれば、国民は国民に危害を加えてはならない、国民同士で物資を奪い合ってはならないなど規則が定められているが、一歩でも領土から出れば、そこはルール無用の無法地帯だ。 それに、他国には他国なりの規則や生活があり、死生観も宗教観も違う。


 しかし、暗黙の了解としてどの国でも知られている領土主張のやり方がある。 それが、国章だ。

 自身の国の象徴となるものを設置したり、壁や床などに描いておくことで、それが旗でも、壁画でも、何であっても効力を発揮する。


 とどのつまり、この赤ペンキの眼球は「ここはオレ達のエリアだから近寄るな」という合図であるわけだ。

 そしてこの東京という文字は、恐らく『東京』と名を冠する国であることを意味している。

 彼の大戦における日本の首都の名を語ることには、当然大きなリスクが伴われる。

 東京を神の炎から日本人を守った聖地と捉え、東京復興を促進する思想集団は『大和』にもいた。 彼らは再び神が出現した時、街を復興した功績を称え、第二の東京を神の園として迎えてくださるだのなんだのと語っていた。

 そんな彼らにとって、勝手に東京の名を語られることは面白くはないだろう。 もしも同様の思想が拡大している国が存在し、この偽東京を発見した場合、攻撃の対象に選ばれるであろうことは容易に想像出来る。


 そんなリスクを背負ってまで東京を名乗る国なんていうのは、『大和』ほどの中規模以上の国であり武力と人的資源を有しているか、相当な思想家が国王を務めているか、実は中身は"ものけのから"で人を誘き寄せて罠にかけるだけの罠都市トラップベースか、ただの馬鹿の集団くらいなものだ。


「……アギト隊長、いかがいたしましょう。 この一帯を避けて隣の廃墟区画へ移動してもいいですが、そちらは以前、他国同士の抗争があった地域と聞いたことがあります。 『大和』にとっては未開拓地ではありますが、正直、これまでの経験上、望み薄かと」

「この国に侵入する」


 小隊は驚いた様子でアギトへ顔を向ける。

 クチキがアギトの傍まで寄ってきて、


「流石に危険だよアギト、侵入するっていったって、この廃墟区画は瓦礫の山だらけで探索は困難、何処に敵が潜んでいるかもわからないんだ。 恐らくここから見えているあの地下への階段は、都市シェルターへの入口のひとつだろう。 この辺りの瓦礫は意図的に積まれている形跡があった。 山型の地形を作って、遠目からじゃ階段を見えなくしていたんだ。 つまり、だ。 当たりだからこそ、少人数、物資枯渇、疲弊気味の僕らには危険なんだ、それくらいわかるだろう?」

「ああ、全てクチキの言う通りだろう。 でもな、オレ達には帰る場所はもうない。 『大和』の状況を確認するために戻るためには一日以上かかってしまう。 食料も有限だし、オレ達のエネルギーも有限だ。 つまり、今のオレ達には補給と安全地帯の確保が必要だろう? ユリ、先ほど話していた他国同士の抗争ってのは、いつの話だ?」

「はい、三年ほど前のはずです」

「この隣の区画は戦地だった、そして活発だった時期から既に三年が経っている。 このことから、この地下の都市シェルターは一時的な駐屯地として利用され、既に使い捨てられて空っぽである可能性も高い。 周辺はコンクリートだらけだからな、農作もできないし、資源が枯渇しきって移住していった跡地かもしれないってことだ。 もし空の都市シェルターなら、オレ達は一時的な休息地を獲得することになる」

「もし、まだ敵が住み着いていたら?」

「殺し、強奪する。 食糧と装備が潤う。 どちらにせよ、この廃墟群を避けて別のエリアに移動しても、エネルギーを消耗するうえ、これ以上の好機に出会えるとは限らない。 見たところ、あの階段がある位置はもともと多層居住施設のあった位置のようだ。 それなら、地下の都市シェルターの規模もそこまで大きくはないだろう。 オレたちで充分、制圧できるはずだ。 手を打てるタイミングで、必ず手を打っておきたい」


 小隊の方へアギトが振り向くと、不安混じりではあるが、こちらをじっと見て目線を外さない隊員たちが耳を向けていた。


「『大和』のため、蜘蛛への反撃のため、此処は命を張るところとオレは考える。 頼む、共に戦ってくれ」

「これまで着いてきたんだ、どうせ前に進んでも後ろに引いても、どこかで勝負しなくちゃいけなくなる。 アギトに賭けるよ」


 クチキに続き、他の隊員たちも決意を決めた様子だ。


「ありがとう、では夕方までこの周辺を探索を続けよう。 敵兵の出入りや、監視者がいないか確認するんだ。 罠には気をつけろ、それと、他に都市シェルターへの安全な入口がないか探してくれ」


「「「了解」」」






 アギト達は廃墟の一室で侵入準備を始める。

 かつての繁栄の逸話を残す伝説の街、東京。その名を語る眼球国章の国から希望をかすめとり、憎き蜘蛛の化け物へ反撃するために。



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アギトの第三次世界大戦『核から石と棍棒へ』 JACK @jackkingslave

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